理不尽
「招き猫の時は手伝ってくれなかったし、今度は運ぶの手伝ってくれるよな?」
「お前の荷物だろ……」
所変わって教頭室の前。
明らかに嫌そうな返事をする正多だったが、教頭室=八山の待機室に着くなり、彼から荷物を早くどかしてほしいと言われてしまい、結局二人協力して運ぶ羽目になってしまった。ただ、荷物が置いてある一階から部室の在る四階まで二人だけで運び出すとなると、怪我や事故の元になりそうだったので困っていたところ、偶然通りかかった宗谷が協力してくれることになった。
「ほぉ、紙の小説なんて随分と古風な趣味してるな」
大型のドローンが学校の着陸スポットまで運んできた宅配用の軽量輸送箱を、室内の集積所まで運んできた宗谷は箱の中を覗きながら言う。
「言うほどですか?」
「俺が学生の頃はまだギリ生きてたけど、近頃はみんなデバイスで漫画読んでるだろう。そういや、しばらく紙製品なんて買ってないなぁ。近頃はケツ拭くのだって新素材のトイレット”ペーパー”だしな」
「そもそも内地じゃぁ紙なんて古い物売ってすらなさそう」
「録達、収紙令を知らないのか?」
「知ってますけど、あんな布告マに受けてるやついるんすか」
「本州じゃどこも州法で法令化してるんだ。まぁ確かに、道産子にゃ馴染みないかもしれんな」
宗谷の解説に「へ~」と史家は頷く。
「……ロッテといい、史家といい、紙の本が好きなんだな。俺にはそういうの、よく分かんないよ」
正多は宗谷の開けた箱とは別の箱を開封していた。その中には分厚いコミック誌や単行本がぎっしりと詰まっている。
「なんだ正多、お前はアンチ・ペーパー派か? 紙はデバイスで見る時とは違う味があるんだ、味が。それにほら前に言ったろ、紙みたいな代用できるけど――」
「はいはい、旭川と製紙工場の話は覚えてるって。お前はさっさと実家の家業でも次いでこい」
「録達の実家って製紙工場だったのか?」
「違います」
話をしながら三人で集積地に置かれた箱の中から本を取り出して、人の手で運びやすいぐらいの量に分ける作業をしばらく続けてると、着陸スポットに更に宅配ドローンがやってきて、中ぐらいの宅配箱を置いて行った。
「今度はなんだ?」
宗谷は立ち上がって確認しに行く。
「おーい、これも録達宛ての荷物だー!」
「またぁ? お前どんだけ本もってるんだよ」
「い、いや、たぶんここにあるので全部だと思うんだけど……」
史家が首を傾げると先ほどと同じように宗谷が箱を集積地まで運んできた。
「これ、本じゃないっぽいぞ」
彼は箱に表示された宅配物の中身が書かれているシールを指さす。そこには中型家具との文字がある。
「って、これ本棚の本体じゃん。こっちが主役だ」
「本の量に圧倒されて完全に忘れてた、本の方はおまけだったな」
一旦本棚の方は置いておいて、三人は本の開封作業を続けそれから十数分が経って、とりあえず本を全て箱から出し切った。
話し合った結果、本を運ぶ方法としては一度に沢山運ぶのではなく、両手でしっかりと持てそうな数に纏め何回かに分けて運ぶことにした。
本棚の方は開封して箱から出しこそした物の、その重量はとてもひ弱な男子高校生二人組が運べる物では無かったので、宗谷に一任することになった。ただ、流石に筋骨隆々な彼でも本棚を担ぎ階段を使って軽々と運べる訳もないので、ネジを外して何点かに簡単に分割して運ぶことにして、宗谷はドライバーを取りに自分の待機室へと向かったのだ。
「よし、じゃあ運ぶぞ!」
両手で積み上げた本を抱えた二人は部室へと向かって歩き出す。部室の前の廊下に着くと、部屋からロッテが「おかえり!」と顔を覗かせ、そのまま廊下に出てくると続くように後ろからミソラも廊下へとやってきた。
「あ、ミソラちゃん。来てたん……」
「……」
(なんで俺ら睨まれてるんだ?)
(知るかよ! 正多、お前なんかしたんじゃないのか?)
ロッテの少し後ろに立つミソラの表情は昨日とは明らかに違って、さっさとどっかに行け、と言わんばかりだ。
「わー! それ漫画?」
後ろにいるミソラの事などつゆ知らずに、ロッテはさっそく二人が抱えている本に興味を示して、スタスタと近寄ってくる。
「あぁ、俺が集めてた奴だ。ロッテちゃん漫画好きなんだっけ」
「うん!」
ロッテが漫画好きという事を知らなかったミソラは、彼女が史家と楽しそうに話す様子が何とも気に食わないようで、今度は史家の方をじっと見る。
蛇に睨まれたなんとやら、とミソラから放たれる謎の圧を一身に受けた史家はロッテとの会話どころではなくなって、一度本を部室の置くと「残りの本も持ってくるわ」と逃げるようにその場を後にした。
「なんか、今日俺の扱い理不尽じゃない?」
「ほとんどは自業自得だろ」
残りの本を取りに向かう途中で、史家は愚痴をこぼす。
(ふぅ、いくら仲のいい友達とは言え、男だし、ロッテとの距離感は今のうちに分からせておかないと……)
一方のミソラは今後の――彼女が勝手に起こると思っている――ロッテ争奪戦に向けて、覚悟を新たにするのだった。
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