自業自得
お呼び出し
「なんでキミが呼ばれたか、分かるかい? ロクタチ」
「えーっと……俺の成績が良すぎるから、とか……ですか?」
昼休み、シュミットの待機室にあるソファーに縮こまるように肩をすくめながら座る史家に対して「それは無理があるだろ」と、ソファーの横に立つ正多は呆れたような表情を浮かべている。
二人の様子を見ながらシュミットは大きなため息と付いた後、紙の束を自分のデスクの上に置き、その中の一枚を史家の方へと渡す。
「あっ」
それはこの前英語の授業で出されていた課題だった。
「次」
そう言って山の中から更に一枚、史家の方へと渡す。
「……」
「次」
「わ、分かりました! ごめんなさい! 全然できませんでした! 何なら家でも自習してきませんでした!」
「自習はして来いよ」
正多のもっともな言葉に史家はしゅんとしながら俯いた。
録達史家という男が、とんでもないぐらいに英語ができないのは、既に誰もが知るところであるが始業以降、彼の英語力に改善の兆しが見えず、ついにシュミットは待機室へと彼を連行――学力が原因で待機室に連行されるのは彼かロッテぐらいなもので、他の生徒には口頭で伝えるぐらいで済ませている――してきたのだ。
「さすがに放ってはおけない、この調子で行くと、今後の授業にも付いてこれないだろう。手は早く打っておくべきだ」
シュミットは手に持ったままの課題を片手でひらひらと揺らしながら「補習だ」と、一言きっぱりと短く言った。
「えっ!?」
驚きながらも史家はどうにか上手く誤魔化せない物かと思考を巡らせ、何度かわざとらしく「今なんて……」と聞き返してみたが、彼女はその分何度も「補習だ」と続ける。そんなごり押しで通そうとする史家と対するシュミットの問答が続きそうだったので、正多は相変わらず呆れたような表情を史家に向けて、
「なんど聞いても変わらないぞ。補習だ、ほしゅう」
「そんなぁ」
「英語が苦手な生徒は多い。何も君一人だけで補習をする訳じゃないさ」
「え~いっそ、シュミットとふたりっきりの個人授業、の方がよかったのに!」
「欲望丸出しかよ」
シュミットは日程は追って伝えるから精々補習を早く卒業できるように自習してこい、と呆れた口調を隠さぬままに言ってデスクの方へと向き直る。
「さ、教室に帰るぞ史家」
落ち込んだようにソファーに座り込む史家と彼の腕を引っ張って教室に連れて帰ろうとする正多だったが、先ほど背を向けたばかりのシュミットがクルリとまた二人の方に向き直った。
「そういえば、教頭先生が呼んでいた」
「「え?」」と二人の声が同時に響き「ロクタチの方だ」
「また俺!?」
「今度は何やったんだよ」
「な、何もやってないわ! ……え? 何もやってないですよ? 俺?」
勢いのある返しから、何とも不安げな声に変って史家は自分は本当に何もやっていないですよ……と訴えかけるような視線をシュミットの方へと向けた。
「別にキミが何かやらかして彼が怒っている、なんて言っていないだろう?」
「じゃぁ……?」
「キミ宛に荷物が届いているらしい。心当たりは?」
「荷物? 何も買ってないはずだけど」
「あぁ、そもそも部費は先生に没収されてるようなモンだし……って、あれか!」
「どれだよ」
「ほら、前に言ったろ、本棚だよ、本棚。実家から送ってもらうって」
「ロクタチ、実家から仕送りを送ってもらうのは結構だが、学校に送りつけないでくれ。今度やったら本当に怒られるぞ」
「いやぁ、アパートに送られても学校まで持っていく手段がなかったので……」
「昼休みはもう終わる。放課後でいいから教頭先生のとこに行って回収してきなさい」
「はーい」
史家が補習のことをすっかり忘れたように軽い返事をすると、二人は待機室を後にした。
「っていう訳で、俺らはこれから教頭先生のとこに行ってくるから。お留守番よろしくな、ロッテちゃん」
「了解! お留守番は任せて!」
「なんでさらっと俺まで行くことになってるんだよ」
放課後になって三人は部室に集まっていた。
「そういえば、ミソラちゃんは幽霊部員を続ける感じなのかな」
今日は猫探し、犬との追いかけっこに続いて行ったミソラ捜索の翌日だ。
昨日の事がありながらも三人はいつもと変わらぬ朝を迎え、いつも通りバスに乗って登校した。唯一、何か変わったところがあるとすれば、それはミソラに対する三人の視線だろう。世間に正体を隠している以上当然昨日の事は禁句であるが、ついついその目はミソラの方を向いてしまうのだった。
「もう正体は明らかになったんだし、俺らにボロを出す心配なんてしなくていいだろうにな」
「うーん、みっちゃんが部活に来てくれないのって、ボロが出る云々よりもお仕事が忙しいからなんじゃないかな」
「いうほど忙しいのか? あいつ今日も教室で自習してたけど」
「ミソラちゃんって放課後は自習してる事が多いよね」
正多が思うミソラのイメージと言えば、授業が終わって部室に向かう際に他の生徒が帰宅の準備を進める中で、逆にノートや筆箱を出して勉強を始めるような、勉強大好きっ子と言う感じで、あまり音楽のイメージは――どこかでそれっぽい話を聞いたことがあったような気もするが――なかった。
「よし、わかった! お留守番しているだけじゃ暇だから、私、みっちゃんを部室に連れてくるよ!」
ロッテは意気揚々と言って、たぶん途中から部活に参加するのが恥ずかしいんだよ、と付け加える。
「ミソラが恥ずかしがる?」
「えーっとね、みっちゃん、意外と恥ずかしがり屋さんなの。あっ、これ内緒だからねっ!」
「恥ずかしがりって、ミソラちゃん実は仕事向いてないのでは?」
「それでもアイツはあの――っと名前は禁句だった――として活躍してるわけだし、人間分からんモンだな」
仕事もそうだが、クールで群れるのが嫌いな一匹狼気質な少女という頭の中のイメージからかけ離れたミソラの意外な一面を聞かされた正多と史家は、納得と理解が上手くできていない様に首を傾げた。
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