顔に笑顔を、心に愚痴を

「じゃーん! ここが私たちの部室だよ!」


 翌日の放課後、ミソラはロッテに連れられて初めてひとだすけ部の部室を訪れた。

 初見とはいえ、殺風景な部室なので一目見ただけで全容はつかみ取れる上にロッテは既に部室の物事やこれまでの活動を一通り話し終えていたので、熊の頭が部室の壁に飾ってある理由とか、招き猫が机の上に置いてある理由とか、初見であれば確実に意味不明な物もミソラは見たままにすんなりと受け入れられていた。


「ずっとね、みっちゃんを部室に連れて来たかったんだ~」


 アイスをつまみ食いされたあの日に知ったミソラ一つ目の秘密。あの後から、二人の距離は急速に縮まった。それは秘密を知ったからと言うよりはその翌日から”なぜか”ロッテはミソラから「遊びに行かない?」とお誘いをほとんど毎日のように受けるようになったからだ。


 映画に行ってみたり、買い物に行ってみたり、ファミレスで昼食を食べたり。それはロッテが求めていた漫画みたいな日本の高校生らしい休日の過ごし方だったので断る理由もなく、気が付けばすっかりミソラと「友達」になっていた。そうした中、自然と始まる会話でロッテはついつい、正多の事、史家の事、シュミットの事を話をしていた。昨日もロッテはその流れの中でミソラに誘われて行くことになったのだ。


「何もない部室だけど座って座って!」


 ロッテは入口からミソラの腕を引っ張ると急かすようにイスモドキに座らせる。


「えっーと、これからどうしよう? 部室の案内は終わっちゃったし。うーん、あ、そうだ! 一つ聞きたいことがあったんだった!」


「どうかした?」


「昨日のさ、あんなにすーっごく大事な秘密をどうして知り合ったばかりの私に話してくれたのかなって、気になってたの」


「えっ!? えーっと、それは……」


 ミソラは言葉に詰まる。

 何せ実のところ昨日の秘密大暴露は散々自分の居ないところで行われた部活動の話を思い人が楽しそうに話すものだから、このままではマズイと思い「二人だけの秘密を増やして外堀から埋めよう大作戦」というかなり突発的な思いつきで行動した結果だった。


 ちゃんと会話するようになってから僅か数日で突然「皆には隠してたけど実は人気アイドルでした」なんて、どう考えても唐突すぎる上に、会場となる場所が女の子と行くには最悪に近い場所という事ぐらいは彼女だって分かっていた。しかしながら、それでもこのタイミングを逃すわけにはいかない理由が彼女にはあったのだ。


「まぁ、その、色々ね? それはそうとあの二人組、史家と正多はどこにいるの?」


 結局回答に困ってミソラは話を無理やり変えた。そんな様子を見たロッテは彼女の秘密に比べればその暴露理由を隠す必要が思い当たらずに首を傾げたが、言いたくないのであれば別に無理やり聞くほどの事でも無かったので特段それ以上は詰めずに彼女が逸らす話に合わせることにした。


「二人ならね、さっき教頭先生に呼ばれて――」


(今度正直に話そう……って、教頭? もしかしてあの二人何かしでかした? という事はもしかして、しばらくはロッテと部室で二人っきり?)


 その話は一旦置いておくとして、突然現れてダイナミックに二人だけの秘密を妨害をした二人組――と伏見とかいう謎の女――に対する印象は、そこに現れた経緯を含めて良い奴らであることは理解していても、タイミングと空気の読めなさという点だけはマイナス百点満点だった。しかし、今の状況を考えると偶然であれなんであれ二人には感謝しないといけないな、と感謝の念から思わずミソラは無言で頷いた。


「――っていう事が有って、みっちゃんを連れてくる少し前に出て行ったの」


「……あっ、そ、そうなんだ。あの二人にも会いたかったな」


「昨日は自己紹介程度であんまりお話できなかったもんね!」


「う、うん。いや、本当に残念。残念でたまらない」


 ミソラは特段興味も無かったので何一つ聞いていなかったが、とりあえず話を合わせるように、適当に心にも無い事を言う。


「二人はもうすぐ来るだろうし、その事を聞いたら喜ぶだろうな~」


「えっ?」


「ん?」


 同じ部活の部員として、あの二人に興味を持ってくれた事が嬉しいロッテは笑みを浮かべているが、一方で二人がすぐに戻ってる事を知ったミソラは(やっぱり空気の読めない奴らだった……)と心の中で悪態を付きながらそれを気取られぬように、


「ううん、なんでもない。ただ二人に会えるのが楽しみだなって」


 そう言ってミソラは彼女がアイドルとして売れた秘訣の一つである作り笑いをロッテに向けた。


(私とロッテの仲を邪魔するようだったらあの二人、ただじゃ置かない)


 気取られぬように思っていると、廊下から何やら声が聞こえてくる。その声はミソラが昨日聞いた眼鏡と眼鏡じゃない方の二人組の声だった。

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