偶然と必然
ドアの隙間から顔を覗かせる三人と楽屋の椅子に座っているミソラは、お互いをしばらく見つめ合った。
「えっと、えっと……」
ロッテはとりあえず何か言葉を出そうとするが言葉が見つからずに、助けを求めるような視線を正多と史家に向ける。しかし、二人も固まったままだった。
「シャルロッテさんを連れてきたんだけど、彼女の同級生が一緒について来たいと言って。さすがに引き離すのは無理があると思って動向を許可したんだ」
見かねたマネージャーが三人の後ろから語り掛ける。
「あー、どこかで見たような」
「この二人、一応同じ部活の人……なんだけど……」
「えっ、てことは正多と史家?」
ロッテから部活に関する何ならの話は聞いていたらしく、顔と名前が一致したミソラは驚いたように言い、名前を呼ばれて二人も驚いてはっとした。
「あ、俺が正多だ。波木正多、その、よ、よろしく」
「お、お、お、おれは録達史家だ」
「名前は知ってる、よろしくね。本当はロッテにだけ話すつもりだったんだけどまあ、いっか。話を聞く限り良い奴そうだし」
隠していたであろう正体がバレたというのに、彼女は特段動揺することも無く、肩をすくめながらアッサリそう言うと、三人を楽屋の中に入れて長椅子に座らせる。
「ここにいるってことは、もしかして二人って私のファンだったりするの?」
問いかけに対して、正多は説明よろしくと言った感じの視線を史家に向け、「またかよ」と愚痴を言いながらも今日あったことを一から十までミソラに説明した。
「はぁ、もう回想はこりごり」
「つまり、私が心配でここまで探しに来たってこと?」
「あぁ、史家の心配が当たらずに済んでよかったけど、まさか結末が『同級生が実はアイドルでした』なんてビックリ」
「人は見かけによらないってよく言うでしょ」
「それでも根暗な同級生が実はアイドルでしたー、なんて今時漫画でもないぞ」
「根暗で悪かったわね」
史家の言葉にミソラが強めの口調で言った。
「ミっちゃんがあのアイドルさんだったなんて、ホントに驚いちゃった」
「ロッテには隠すつもりはなかったんだよ? だから今日ライブに呼んだわけで」
「一応聞いておくけど、ロッテとははぐれた訳じゃないよね」
「もちろん。本当は始まる前に言うつもりだったんだけど、言う前に準備が始まっちゃって……」
「それでロッテは何も知らないままに一人で特別席に居た、と」
「そういう事。一人しちゃってごめんね……」
「心配はしたけど大丈夫だよ!」
ロッテが明るく言った。
その直後、トントンと楽屋のドアが叩かれる。驚いたミソラはマネージャーに時間稼ぎをするように言って、ウィッグを急いでつけようとしたが、静止を振り切りドアが勢いよく開いた。
「いや~ライカさん! 今日はお疲れ様です! いやその、こういう機会もない物で、実は私、サインが欲しい――って、二人とも!? こんなところでサボってたんですか! 探してたんですよ!」
ペコペコと腰を下げながら現れたのは伏見は、何故か楽屋に居る二人に驚いたように声を上げる。
「あっ!」
その言葉にアルバイトのことをすっかり忘れていた正多も史家も驚いて長椅子から立ち上がった。
「ご、ごめんなさい……その、色々あって忘れてました……」
正多が申し訳なさそうに言うと、伏見は中途半端にウィッグを付けて気まずそうにしていたミソラの顔を見て、
「あ、その顔! あなた千崎ミソラちゃんでは!?」
「え、ちょ、ちょっと、なんでこの人私の本名知ってるの?」
「えっとね、みっちゃん、この人はシカ君の話に出てきた伏見さんって人で――」
「ってロッテちゃん!? どうしてここに!?」
少々わざとらしく何度も驚く伏見に、サボっていたことを忘れわせるチャンスだと思った史家は彼女を言いくるめるべく怒涛の勢いで事情を説明した。
「ぜぇ……ぜぇ……。と、とにかくそういう事があったんです……」
「な、なるほど。それは、それなら、まぁ、仕方ないですね」
史家から一通り事情を聴いた伏見は渋々と言った感じではあったが納得するように腕を組みながら頷く。
「て、すっかり話が脱線してしまいましたけど、会場から観客は全員出ましたよ」
急に冷静になった伏見は手をポンと叩くと思い出したように業務連絡をすると、ミソラとは違い伏見の事を知っている様だったマネージャーは、
「わかりました。準備ができ次第、会場から出ますので周辺の警備は引き続きお願いします」
「了解です。あー、それと、良い子はもうお家に帰る時間ですよ」
その言葉を聞いた正多たちは各々デバイスで時間を確認してみる。すると、とっくに日が落ちている時間で、窓のないライブ会場の中にいた三人は浦島太郎になったように驚いた。
「あ、もうこんな時間なんだ」
「ロッテちゃん、何か用事あった?」
「そうじゃなくて、早く帰らないと、セータ君とシカ君、IPASに補導されちゃうんじゃない? この辺りって、その……いろいろと厳しいんでしょ?」
「そういうロッテは大丈夫なの? 誰か迎えが来るとか?」
「私は一応成人だから。声は掛けられても補導まではされないんじゃないかな」
そうなの、と尋ねる正多にロッテは国籍を置いている欧州連邦での成人年齢は16歳である事、国連都市での成人は一部を除いて国籍基準である事を説明した。
「ちょ、ちょっとまって。ロッテ、一人で帰るつもりなの!? だ、ダメ! ダメだよ! 成人でもなんでも女の子なんだから!」
ロッテの口調から一人で帰ろうとしている事を察したミソラは声を上げる。
「マネージャーの車が有るから、それで家まで送るよ!」
「乗せてもらっていいの?」
「もちろん! ……いいよね?」
ミソラは事後承諾のような形でマネージャー圧をかけ、ロッテを車に乗せる許可をもらう。
「よし、じゃあ俺ら二人も乗せて――」
「わざわざ心配してここまで来てくれた二人には申し訳ないけど、車は四人乗りで色々積む物もあるから、二人分のスペースは……」
ミソラは言葉を遮るように言うと、史家は「ひどい!」と抗議の声を上げた。
「まあまあ。二人は駅のバス停まで私が送りますよ。私みたいな立派な保護者が居ればこのエリアを職質無しに通り抜けられるでしょう!」
「そうかな」
「そうかぁ?」
「えっ、もしかして私、傍から見ると不審者?」
「……」
「誰か否定して!」
すったもんだありながらも、結局正多と史家は伏見と共に駅まで行くことになり、ロッテとは別で帰ることになった。
「あ、そうだ、忘れるところだった。はいこれ、今日のバイト代です」
相変わらずテンションの切り替えが恐ろしく早い伏見は冷静に言うと、ポケットからヒラリと一万円札を二枚出して二人にそれぞれ手渡す。
「一万円!?」
「給料って現金手渡しなんですね」
史家は体感で約三時間ほどの仕事――しかも突っ立ってただけ――で一万新円札、つまり日本紙幣の最高額面を貰えたことに驚き、正多は
「いやぁ、電子通貨の方は持ち合わせが無くて」
頭の後ろを掻くようなしぐさをしながら苦笑いを浮かべた伏見は、
「もう二人の仕事は無いので、これ以上暗くなる前に帰りましょう! それに、ほら! 二人とも学校の制服を更衣室に置きっぱなしじゃないっすか!」
と二人に帰り支度をするように促し、更衣室へと連れて行った。
スーツから制服に着替え終わった二人は伏見と共にライブ会場を後にする。
三人は入った時と同じように会場の正面から出たが、そこには大量のファンが出待ちをしていたので随分と賑やかで、それに合わせるようにIPASも警戒を強めているようで、警官の増員に加え警邏ドローンが数機道の上をフワフワと飛んでいた。
「まだあんなに人がいるんだ。ロッテとミソラちゃん、大丈夫かな」
ファンたちから少し離れた後、正多は不安そうに言うと、
「大丈夫ですよ、馬鹿正直に表から出たりしませんから。ちゃーんと、関係者用の裏口があるんで、そっちから出ると思います」
そう言うと伏見は「ほら、ちょうどあの路地に」とライブハウスから数軒先にある雑居ビルの隙間の薄暗い路地を指さした。
「あの路地って」
「あっ」
正多と史家はその路地に見覚えがあった。
「きっと直ぐに三人が出てきますよ」
伏見の言葉に正多と史家は足を止めて、路地の前で待ってみる。すると、古びたドアがガチャと音を立てて開き、そこからマネージャー、ミソラ、ロッテの三人が順に出てきて、正多たちの存在に気が付いたロッテは三人の方へと手を振った。
「怪しい男……もといマネージャーさんとミソラちゃんがあの路地に入って行ったのは裏口から会場に入ったからだったのか」
正多はロッテに手を振り返しつつ、納得したように言う。
その後、時折警官から訝しむような視線を向けられながらも、なんとか職質無しに駅までたどり着いた正多と史家はまだ仕事が残っているらしく会場に戻る伏見を見送ってからバスで帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます