あり得ない事

「シャルロッテ・ブラウンさんですか?」


 男は特別席入口のすぐ近くで話していたロッテに声をかける。その声に反応して三人は男性の方を見るのだが、史家は男を見て驚きの表情を浮かべた。


「うぇっ!? こ、この人、ミソラと一緒に居た男だ」


「……は!? ロッテ、知り合い?」


「う、ううん、知らない人」


 ロッテは首を横に振り、それを聞いた正多は史家と共に守るような感じで男の前に立ちふさがった。


「えっと、君たちは?」


「俺たちはこの子の同級生です。そういうあなたは?」


 正多は警戒しながら尋ねる。


「私は……その……」


 男は言葉に詰まり、その様子を見ていた特別席に居る観客たちの視線も彼に集まった。


「……とにかく、これを見てくれ」


 このままではマズイとバツが悪そうな表情を浮かべた男は、少し渋りながらも名刺を表示したデバイスを三人の方へと見せる。するとそこには美咲ライカの所属事務所の名前が載っていた。


「「え!?」」


「確認を……」


 二人と共に史家は驚きながらも、自身のデバイスをマネージャーのデバイスに重ねてその名刺についているIDタグを確認する。すると、その名刺は確かに本物で、IDに紐づけされている職場、すなわち芸能事務所のHPに乗っている顔写真もまた、目の前の男性と同じ物。しかも、彼の肩書きは美咲ライカの専属マネージャーだった。


「なっ、えっ」


 デバイスの画面にくぎ付けになった史家は、思わず声にならない声を出す。


「これで信用してくれるかい……。三人で構わない、少しついてきてくれないか」


 驚愕の表情で固まったままの史家に対して正多とロッテが確認するような視線を向けると、あっけに取られながらも、この人は信用していい……、と頷いた。


「えっと、それで私に何の御用なんでしょうか……」


 マネージャーに続いて通路を歩くロッテが小さな声で尋ねると、


「それは彼女自身から聞いた方がいい」


「え? えっと……」


 多少ぼかした言い方とはいえ「彼女」、その言葉の意味は余りにも明白で、ロッテはそれに対して何も返事をできなかった。


(ねぇ、これって……)


(この展開は……つまり……そういう……)


(ま、まさか……。そんな訳ないだろ……ないよな?)


 三人はここまで来て、この先の展開を読めないほど馬鹿ではない。しかしながら、それは余りにも非現実的でとても理解が追い付いていなかった。

 実際、証拠は十分にあるが「あり得ない事」が現実になる可能性はまだまだ低い。


 ライブが始まる前に消え、音信不通になったこと。

 美咲ライカ専属マネージャーと話していたこと。

 さも当然の様に席を確保し、特別席入れたこと。


 これらは十分に説明が付く。例えば、ミソラは美咲ライカの友人だった。や、ミソラの家族が関係者だった、とか。


 ただ、どれも専属マネージャーが名指してロッテを呼び、しかも「彼女から聞け」なんて思わせぶりを通り越して、ほぼ答えみたいなセリフを言うものだから、どれも説得力に欠けてしまっていた。

 

「……ロッテちゃんはスタイルのいい金髪美少女だし、アイドルのスカウトとか……かなっ!」


 大きく深呼吸をした後、史家はまるで現実逃避をするように言う。


「あ、あぁ、それならあり得るな!」


「嬉しいけどそれはちょっと困るかな~。あはは……」


 と、そこまでで会話は行き詰り、沈黙の中で廊下を進み続けた三人はついに「美咲ライカ 様」とプレートのついた部屋の前までたどり着いてしまった。三人の視線がマネージャーに集まると、彼はどうぞ開けてください、と言った感じにドアの方へ手を出している。


「正多、ロッテちゃん、開けるぞ」


「お、おう」


「き、緊張するね」


 別に一人がドアを開ければよいのに三人とも緊張していて、何故か一緒に開けようと横開きのドアに三人で手をかけ、史家の声に合わせてゆっくりと楽屋のドアが開いて行く。



 そして、そこにいたのは今まさにその赤茶色の長いウイッグを外している美咲ライカであり、そのウイッグを外した姿は三人の知っている顔――千崎ミソラだった。


「あ、ロッテ!」


 ライカ、もといミソラはドアの開く音に気が付いて、そこに居たロッテの姿を見て嬉しそうに言う。しかし、彼女の視線の先にはドアの隙間から顔を覗かせるロッテと、おまけに正多と史家の姿があり、三人はミソラの顔を見て驚愕の表情を浮かべつつ隙間で固まっていた。

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