探偵要素
「こう、すっごい怪しい感じが漂ってるだろ?」
二人は車道を超えて路地裏の入り口まで来ていた。そこに佇むコンクリートの壁はどうやら雑居ビルの裏側らしく室外機や裏口、小窓などが並んでいて、史家が言う路地はその店と店の間にある薄暗く、人が一人通れる程度細い道だ。
「確かに怪しい感じがするな……。で、これからどうするよ。進んでみるか?」
「進むしかないだろ……怖いけど」
史家は嫌そうに言いながらも、一列になって進み始める。
外から見て分かる通りに路地は建物と建物の影になっているので薄暗く、少しジメジメしている。当然こんな路地にそれを灯す電灯なども無かったので、二人はそれぞれが持つデバイスのライトで足元を照らして進んで行った。
「ここ一人で進むの怖かったんだよな」
「だから部室まで戻ってきたのか」
「まぁ、うん」
「でもさ電話かけてくれれば良くない? わざわざ部室まで帰ってこなくても」
「え?」
「え?」
史家は連絡先を交換していたことを忘れていたかのように、驚きながら反応する。
「部員が危ないとか言っててそれかよ」
「うぐ、俺もテンパってたんだよ! いざとなったら出ていこうとは思ってたけど、急に路地に消えてくし、見たらこんな暗い場所だし……わかるだろ?」
「まあ、混乱してたのは分かるけど。せめてバスに乗ってる最中に気が付いてほしかった」
「それは……悪かった」
史家の連絡忘れがは天然やど忘れではなく、純粋に心配しすぎて盲目になっていたことが伝わるように謝る。
「別にミソラちゃんが無事ならそれでいいんだけど……あれ? お前そんな状況であんな長ったらしい回想しようとしてたの?」
「俺は回想なんてしたこと無いんだよ! アニメとかだと、こう時間が止まったりするだろ」
「テンパっても現実と時計は見てくれ」
怖さを紛らわす様に話ながら二人が歩く路地を挟み込む壁には、先ほどと同じく所々に室外機や勝手口が置かれている。どうやら、この壁の内側にある建物はそこそこ大きいようで、路地の入口からしばらく歩いても出口はまだ先だった。
「なぁ、史家、この建物ってどこに面してるんだ? 正面があるなら、そこは繁華街とは反対側だろ?」
「こっちは歓楽街の方だな、脇の店もそこに面してるんだろう」
「歓楽街? 繁華街とは何か違うのか」
「『ススキノ』って知ってるか、昔札幌に在った夜の街なんだけど」
「ニッカの看板だろ? 昔の写真で見たことあるよ」
「そう、それ。本家の方が放射能でまともに復興できなかったから、琴似に移転して出来たのが歓楽街だ。この辺、その前までは普通の住宅地だったらしいぜ」
「へー。でも、そんな場所ならミソラちゃんは入れないんじゃないか?」
「別に検問が有る訳じゃなしに出入りは自由だ。警備の方も昼間は営業時間外の店が多いから緩くて、お盛んな学生はよく出入りしてるって噂だぜ。ほらラブホって昼も営業してるだろ? 俺は行ったことないけど」
「じゃあやっぱり……」
「真面目そうな奴だし無いと思いたいが、嫌がってたし、何か弱みを握られてるのかもしれん……」
話ながら小さな道を歩いていると、やっと路地の出口が見えてきた。
そこからは何やら人の声が聞こえ始める。それも一人は二人ではなく、ガヤガヤとした感じで少なくても数十人以上は居る感じだった。
「な、なんだ?」
それまで人の気配などしなかったのに突然集団の声がするので二人は足を止めた。この時間は営業時間外の店も多い、とついさっき聞いたばかりでまだ人は少ないと思っていたため、正多は驚くようにつぶやく。
「夜の街に昼間っから大勢の人が集まるなんてことあり得るか?」
「もしかしたら、何かあったとか――」
ふと、よぎった考えを口にした史家に対して、正多は驚くような表情を向け、顔を合わせた二人は焦るように細い道を走る。そして、路地を進んだ先に待っていたのは――救急車でも消防車でもパトカーでも、まして野次馬でもなく、路地から数軒先の雑居ビルに並んでいる人の行列だった。
しかもただの列ではない。その店に入ろうとする列は歓楽街の通りをずっと先まで埋め尽くしてしまいそうなほどに長蛇の列だ。
「え、えっと、何が、何なんだ?」
「全然わからん……」
路地から顔を出した二人は困惑しながらもとりあえず状況を探るために周囲をぐるっと見渡してみる。そこには話に聞いていた通り、R18のネオンを掲げた店やご休憩と掲げられたホテルなどが並んでいる。しかし、どの店にも、どの看板にも電気が点っておらず、二人の居る路地の目の前にある店ではシャッターが閉められて、そこには本日臨時休業という看板が掛かっていた。
「ミソラはここに進んだんだよな。別の道も無かったし」
史家は後ろを振り返ってみるが、そこに有るのは二人が通ってきた薄暗い路地だけで、とりあえず二人はそこから出た。
「しかしどうする?」
「ここにたどり着いたんなら、別に心配することも無いのか?」
「これは史家の杞憂だったってことでいいのかな。これだけ警官が居るんだし」
「確かに。でもさ、警官がいっぱい居るってことは、一周回って危ない通りなんじゃないか?」
そこには周囲を警戒するように見渡しながら歩くIPASの警官が五、六人ほど居て、彼らはこの列の周辺を重点的に巡回しているらしく、二人の視界から警官の姿が消えることはない。その中には路地からひょっこり出てきた制服姿の二人を警戒するように見ている警官もいた。
「なあ史家、ミソラちゃんって桜鳥の制服は着てたんだよな?」
「あぁ。だから一目でわかった」
「これだけ警官が居るんだし、制服を着た女の子を連れて店に入ろうとしたらすぐ止められるじゃない?」
「確かにそうだな。俺が心配性なだけだったか……いや、そもそも心配なんてしてなかったのかも……」
史家はミソラの心配よりも、その結果起きる何かしらの事件を期待していた様な気がして、なんだか後ろめたい気持ちになり肩を落とす。
そんな様子に気が付いた正多は、
「心配してなかったらこんな事しないだろ。路地の先がこんな場所だったら、誰だって心配するって」
と、肩を叩きながら言い、
「それにこうやって路地裏を探検なんて探偵っぽかっただろ。青春探偵人助け部の『探偵』要素は達成ってことで、前向きに考えよう」
「確かに。既に人助けもしてるし、これで名ばかりの部活じゃないと胸を張って言えるな。でもさ、ここで帰るのも正直、味気なくないか?」
「味気ないって言われても」
「俺あの列がなんでできてるのか気になるんだ、もしかしたらミソラが並んでるかも。どうだ、調べてみないか? 探偵活動の続きとして」
「俺たちがやってるのは探偵”ごっこ”な。そもそも、調べるって言っても話を聞けば一発じゃないか」
正多は何の躊躇もなく列の方へ歩みを進め、彼の思い切りの良さに驚きながら史家もついて行く。二人が列が始まっている店を少し離れた位置から眺めてみると、そこはライブハウスであることが分かった。
「誰か有名人のライブでもやってるのかな」
「あの人に聞いてみよう。人柄がよさそうな感じがする」
正多は列に並んでいる中年ぐらいの男性に声をかける。
「すいません。この行列って何の列なんですか?」
「君たち知らないのかい?」
「知らない、と言うと」
「
「えっと、美咲ライカって誰?」
正多はその名前をどっかでは聞いたことがあったが、少なくとも彼の聞く音楽の歌手ではなく、頭の中でイメージができなかった。
「正多、お前知らないとかマジかよ。人気アイドルだぞ? 最近新曲を出したって広告、よく見るだろ」
「あー、どっかで見たような気がする」
「君たちはライブを聞きに来た訳じゃないんだね。だとすると、どうしてこんな場所に。学生が来るには少し大人びた場所だろう?」
心配そうに問いかける男性に対して、誤解が無いようにこの場所に来た友達を探してるんですと説明した。
「まぁ、結局は杞憂じゃないかって話に落ち着いたんですけど」
「なるほど。詳しいことは分からないからあまり大口は叩けないけど、見ての通りそこら中警官だらけだし危ない事にはなっていないんじゃないかな?」
「「ですよね」」
「もしかしたら、その友達もライブを見に来たのかもしれない、若い世代のファンも多いから」
「やっぱ、その可能性大だよな。よし、俺ちょっと見てくるわ」
史家はそれを聞いて一度列の最後尾の方まで走ってみた。
確かに中年男性から高校生ぐらいの女性まで、老若男女とは言わずとも幅広い年代の人が列に並んでいる。ただ、その中にはミソラの姿は無かった。
「外れだ。でも普通に女子高生とか居たわ。あとこの行列だいぶ後ろまで続いてるな。さすが人気アイドル」
「この会場っていつから入れるようになったんですか?」
「入場開始はもう一時間前ぐらいになるかな。私も一時間前に来たんだけど既に最後尾でね、今さっきやっと入口が見えたんだ」
「なるほど。史家が路地の入口で見かけたのは何分前だっけ」
「バスとか、ここまで歩いた時間とか考えたら一時間ぐらいか」
「じゃぁ最初の方に並んで、今はもう会場に入った可能性は十分にあるな」
「だったら怪しい男の方はどうなるんだ」
「それはこんな感じの場所だし、ファン仲間に付き添ってもらってたとか」
「まぁうん、それなら合点がいくな。確証はないけど、これ以上の確認のしようも無いし……」
「おっと、もうすぐ順番だ、どうやら私は力添えができたみたいだね」
話しながら移動していた二人と男性は気が付けばライブハウスの少し入口前で、議論を交わして仮説ではあったが、答えを導きだした二人に男性が声をかけた。
「ありがとうございました」
二人は男性に感謝の言葉を述べる。
「いやいや、気にしないでくれ。あぁ、そうだ、暗くなる前にはこの辺りから出た方がいいよ。君たちは高校生ぐらいだろう? 保護者の付き添いが無いと補導されちゃうからね」
二人は順番が来て会場に入って行く男性に改めて礼を言って見送ると、列からすこし離れた場所に移動した。
「優しいおじさんだった。正多って結構人を見る目があるんだな」
「まあね」
「これで探偵活動は終わりか。答えは曖昧ではあるけど、これが俺たちにできる限界だし」
「そうだね……他にできる事と言ったら、あの列に並ぶ事ぐらいだけど」
どこまでも続いていそうなほどに長い列を眺めながら言うと、デバイスで何かを調べていた史家が口を開く。
「それも無理そうだ。これ見てくれ」
正多がデバイスの画面を見ると、美咲ライカのライブについての公式ホームページが開かれていた。
そこにはあのライブハウスでの公演がつい今朝ゲリラ的に発表されたこと、入場できる人数には制限があり、優先入場券を買わなければ早めに並ばないと会場に入れない可能性がある、などが書かれており、ページの最後には追記として予定よりも多く人が並んでしまった為、入場できる人数を少し緩和することが書かれていたが、それもあの行列を見れば無理そうなのは一目瞭然だった。
今から列に並んでも会場には入れないだろう、と二人の意見は一致しモヤモヤが残る状態ではあったが、帰路につこうとする。
しかし、
「あれ! 史家君に正多君じゃないっすか!」
そんな二人をどこかで聞き覚えのある声が引き留めた。
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