日常編
ありがちだけど、実際無さそうな展開
回想は簡潔に
犬を追いかけた翌日の放課後。
「た、大変だ正多!」
部室のドアが勢いよく開くと、史家は息を切らしながら焦るように言った。
「いきなりどうした」
「さっき大事件が起こったんだ! 今から過去回想風に説明するから聞いてくれ!」
「は?」
……あれは二十分ほど前、コンビニにおやつを買いに行った時の事。並木道には木々が吹きすさび、その葉と葉の間からは暖かな日光が俺を照らし……。
「まてまてまて」
イスモドキに座ってデバイスの画面を見ていた正多は部室に入ってくるなり突然回想を始めた史家を止める。
「どうした?」
「いや、どうしたじゃないけど、なんだよその語り方」
「いやだから過去回想だって」
「微妙に文学に被れててわかりづらいんだけど」
「えー? じゃあ……」
……コンビニから出た俺は、ふと飲み物を買い忘れたことに気が付いた。ちょうどその時、コンビニ内が混んでいたから俺は学校内の自販機で買おうとした。でも校内の自販機にはスーパージンジャーガラナV3は置いていない。しかし、どうしてもそれを飲みたい気分だった俺は、仕方無く俺が住んでいるアパート近くの自販機までバスに乗って行くことに……。
「だから待て」
「なんだよ二度も」
「なんだよはこっちのセリフだ。背景描写が無駄に長い、いつ事件が起こるんだ」
「これから本題なのに」
「じゃあさっさと要件を伝えてくれ」
正多は呆れながら言うと、史家は少し考えるような動作を取り、一度息を整えてから真剣な表情で話始める。
「えーっとだな、要件だけ纏めると、道でミソラを見かけたんだけど、怪しいスーツ姿の成人男性と一緒に路地裏に消えていった。しかもミソラは嫌そうだった」
「なんだ、そうなこ……え?」
史家がさらりと言った内容を正多は必死に頭の中で整理してみるが、それかなりやばい事なのでは、と驚愕して顔が青ざめていった。
「だから大事件っていっただろ! 俺は気になって、あ、木に擬態した訳じゃなくてな?」
「いいから!」
大事件と言いながらも冗談を交えようとする史家に怒るように強く言うと、今度は真面目に話始める。
「それで聞き耳を立てた訳なんだが、ミソラは相手のことを何とかさん、って呼んでたんだ。つまり父親や兄じゃない。これはまずいんじゃないか?」
「いや、単に年上の彼氏って可能性も」
「可能性はある。でももし違ったらどうする? 俺らの部活四人ぎりぎりしかいないんだぞ? 不祥事で退学にでもなったら部活の危機だ! そうだろ!」
「素直に心配っていえばいいのに」
「ち、違うわ!」
史家はあくまでも部活存続の危機と言う点をアピールするのだが、実のところミソラのことを心配しているのはその言動からもバレバレ。
そんな彼を少し呆れるような表情で見る正多だが、実際面識がない無いとはいえ、同級生であるミソラの事は心配だし、犯罪的な意味で何かやばい案件な可能性も十分にあるので、とりあえず動けるようにイスモドキから立って鞄を手に取った。
「それで、どうする?」
「えっ、どうって言われても……その……えっと」
「とりあえずミソラちゃんから話聞く?」
「そ、そうだな! それがいい」
「史家はミソラちゃんの連絡先とか」
「……」
「まぁ、分かってた。消えた路地裏ってどこなの? さっきの話って事はまだ近くに居るかも」
「いや、もう十分以上経ってるから、同じ場所に居るかどうかは……」
「どちらにせよ、向かう以外に方法は無い訳だし、急いでその場所に行かないと」
そうだな、と史家の声に合わせるように二人は焦るようにして部室を出ると学校付近のバス停で琴似駅行きのバスに乗り、ミソラを見かけたという場所である繁華街へと向かった。
「あれ、ミソラちゃんを見かけたのって、家の近くの自販機に行ったからじゃなかったのか?」
繁華街とは琴似駅周辺にある商業区画を指す。しかし、その琴似駅は正多住むのアパートや、その近くにある史家の住むアパートから近いとは言えない位置だった。
「だっから、話は最後まで聞くもんだ」
正多と共に駅前のバス停に到着した史家は、話を最後まで聞かなかったお前に原因がある、と言いつつさっきの話の続きを歩きながら始めた。
「どこまで話したんだっけ」
「お前が家の近くの自販機に行くところだ」
「あぁ、そこか……」
……しかし運が悪いことにアパートの一階に設置されてた自販機は壊れてたんだ! 管理人さんに聞いたらなんでもちょうど今日壊れたらしく、修理業者が来るのは明日だという……。
「相変わらず背景描写が長い」
「っだから、話は最後まで聞けって言ってるだろ!」
「はいはい」
……ここで問題なのはスーパージンジャーガラナというジュースは売っている場所が限られている点だった。俺はおいしいと思うのだが、どうやら世間一般での評価は芳しくないらしい。そこで俺はスーパージンジャーガラナが販売している店を考えてみたんだが、数少ない場所の一つに琴似駅の売店があった……。
「なるほど。それで駅まで行ったと」
「駅のバス停は通ってる本数が多いからな、アパート近くのバス停から一度駅を経由して、そのまま学校に戻ろうと考えたわけだ」
二人は繁華街の一角にある歩行者専用道路を歩いていた。
この周辺は商店街のように道の両端に大型スーパー、ファミレス、ショッピングモールなどが軒を連ねており、前にロッテを含めた三人でイスモドキを買った家具店や、ハンティングトロフィーを買ったリサイクルショップなどもここにある。
「そんで、ここでミソラを見かけたんだ」
史家が足を止めて、ミソラが居たであろう方向を指さす。
二人が立っている場所は道の端、そこはショッピングモールの入り口で、ガラスの自動ドアが何枚も並ぶ場所。そして、史家が指を指している方はそこから歩道を挟んで反対側にある大型スーパーの隅だ。
「こんなに人の多い場所で、怪しげな密会はしないんじゃないか?」
正多はこの道は繁華街の中でも昼夜問わず人で賑わう場所で、道の端には幾多もの街灯が並んでおり、とても怪しい事を行うには人目に付き過ぎて、向いていないと考えた。
「そんなこと分かってるって。あくまでも見かけた場所がここで、ミソラはこの後に移動した、あっちだ」
史家が歩き出したので正多もついて行く。
二人が進んだ場所は、先ほどの歩行者専用道路から枝分かれした小道を進んだ先にある、店の裏手。ここにも表を同じように歩行者専用道路があったが、こっちは表よりもずっと狭く正しく「裏道」と言った感じの印象を強く受ける場所で、駅から伸びる高架線路と表に建つ背の高い店の影も相まって、全体的に暗い印象だ。
「こっちは怪しい雰囲気がする。店挟んだだけでこんなに雰囲気変わるなんて」
「なんだ、お前こっち側に来た事なかったのか?」
「逆に何の用があってここに来るんだ、こんな場所」
正多は周囲を見渡してみる。そこに広がっていたのは、別にスラムの様なジャンク小屋では無く、影を照らすように明るい電光看板を掲げた店たちだった。
とはいえ、表の道のような大型でも、まして全国展開しているチェーン店でも無く、店主の苗字が店名に付いていそうな個人営業の小さな店で、しかも外見はどれもだいぶ古めかしい感じがする。
「ここにはうまいラーメン屋があるんだ、旭川ラーメンの。故郷の味ってやつだ」
「あぁ、なんていうか、確かにラーメン屋とか在りそうな雰囲気」
「いやいや、ラーメン屋にどんなイメージ持ってんだ? デカい店だってあるだろ。……まあいいや、それで消えた路地裏っていうのは高架下を通って、あっちだ」
二人は道を歩いて、柱が伸びる高架下へ向かう。そこにも歩道は続いていて、先ほどと同じように小さな店が軒を連ねている。しかし、相変わらず店が並ぶこの周辺は、電気が付いているとはいえ、薄暗く怪し気な雰囲気を出していた。
「なんで明るい通りの裏にこんな場所があるんだ?」
「ここらの店はどれも戦前まで別の場所にあったんだけど、空襲で店が潰されてここに避難してきたらしい。ラーメン屋のおやじ曰く、表の繁華街ができるまではこっちが真の繁華街だったらしい」
「へー。なんと言うか、店のスラムだな」
「あぁ、大体そんな感じ――と、雑談してるうちに付いたぞ。消えた路地裏っていうのはあそこだ」
高架下を通って反対側に出た史家は、二人の前を横切る細い車道を挟んだ先に並ぶコンクリート製の壁と壁の間を指さした。
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