青年たちは家具語る?(前)
あの大雪からほんの数日だというのに、急に暖かくなった四月半ばの土曜日。
ひとだすけ部の三人は部室に入れる家具を買うべく、予算を握りしめて繁華街にある大手家具店へと来ていた。
「お、おまたせぇ~」
三人の待ち合わせ場所は溶け残った雪が水たまりを作っている歩行者専用道路。
そこに一番最後に来たロッテは息を切らしながら挨拶するが、待ち合わせの時間からすでに三十分以上が経過し、二人は待ちぼうけ云々よりもロッテのことが心配になっていたので、安心と心配が入り混じるように、
「よかった、ちゃんと来れたんだね」
「ロッテちゃん大丈夫だった?」
と声を掛け、ロッテは遅れてごめんと謝りつつ今日は災難続きだった、と愚痴を漏らす。
「災難ってロッテ事故にでもあったの?」
「事故には合ってないんだけど、友達と買い物に行くって言ったら、着せ替え人形にさせられたり、色々あって……」
愚痴っぽく言う彼女は制服と大して変わらない服装の男子二人とは違って、年頃の少女らしい装いだったが、どうやら本人が選んだ物では無かったようだ。
「ロッテって、洋服とか自分で選ぶのが苦手なタイプ?」
「うん。制服を着て行こうとしたら『年頃の女の子がそれじゃダメでしょ』って言われてさ~」
私オシャレなんて興味ないのに、と付け加える。
「そりゃ災難だ」
「ほんとだよ~」
「とりあえず二人とも、おしゃべりもほどほどにして店に入ろうか」
正多の声にハッとして、三人は店内へと入って行く。
見渡す限りどこまでも続いていそうなほどに広く落ち着いた雰囲気の店内には、家具特有な木材の香りが漂っていて、休日なので子供を連れた夫婦の姿などもちらほらと見える。
そんな店内に入った三人は一階入り口の近くにあるディスプレイに表示されている店内図を見て、何階に行こうかと話し合っていた。
「で、まず何買うんだ?」
「椅子だよな、やっぱり。先生のソファーを借りっぱなしって訳にも行かないだろ」
「椅子って、どんなのがいいのかな?」
この店の一階部分は駐車場が占めており、他は三人が入った場所を含む歩道に面したいくつかの出入り口だけで売り場は二、三、四階にある。
机や長椅子などが置いてあるのは二階だったので、どのような椅子を買うのかを話し合いつつエスカレーターで二階へと向かった。
「家具、家具、家具。椅子ってどっち?」
「あっち」
部屋を模した展示スペースや、家具ごとに分かれて在庫の箱や仮組され家具が並べられているエリアなどが道を挟んでずらりと整列している二階をキョロキョロと見渡すロッテに正多は椅子の置いてある方を指した。
長椅子や椅子の並ぶコーナーには店内にある沢山の家具の中の沢山の椅子が置いてあって、それこそ目が回りそうなほどに見渡す限り椅子が置いてある。
種類は革製の高そうな物からゴワゴワとした布に覆われたリビングに置いてありそうな物、変わり種であれば”イスモドキ”などなど。
「イスモドキ……新素材? これってティッシュとかに使われてる奴だよね?」
ロッテは見た目こそ普通の椅子と対して変わらない”イスモドキ”に座って、その表面を覆う白い
「それ、この店の新作らしい。――軽金属骨格を防水加工を施した新素材を数枚重ねで物で覆った、新時代の長椅子――だそうだ」
正多がパネルの商品説明を見ながら言うと、その説明を聞いた史家はロッテの隣に腰かけてみる。
「モドキって名前の割に、座り心地は普通だな」
てっきりキャンプや釣りなどに使う折りたたみ式の椅子みたいに固い座り心地かと思っていたが、予想に反しその柔らかさは普通の長椅子と対して変わらず、強度もそのどこか頼り無い見た目に反し、しっかりとした造りで頑丈そうだ。
「だよね。これいいんじゃないかな。新時代の長椅子なんて、何だかかっこいいし」
「イスモドキは軽くて、設置場所を変える時にも困らないらしい。史家、ちょっとあっち持ってみて」
二人がイスモドキからひょいと降りた後、両端を持って持ち上げてみるとイスモドキは一般的な長椅子に比べれば半分以下の軽さで、
「おぉ、かっるい」
「確かに先生のソファーと比べるとだいぶ軽く感じるな。値段も高くないしこれ二つ買う?」
「二つも必要か?」
イスモドキを持ち上げながら言う史家に対して、
「お悩み相談もするんだろ? だったら、こう対面に置いて、向き合えるような感じにすればいいんじゃない?」
「だったら、イスとイスの間に置くテーブルも必要なんじゃないかな」
ロッテは正多の話を聞いて嬉しそうに提案し確かにと二人も頷く。
「机を買うとして、その他には何か必要な物ってあるかな」
正多は考え込むようにして二人に問いかけるが、聞かれた二人も他に何が必要か分からなかった。
それもそのはず、三人とも部室の家具を揃えるのなんて初めての経験だし、そもそも部屋はめちゃくちゃ広いし、主に史家とロッテがお手本としているような部活動系の漫画でも流石に部室の家具を買い揃える話などは入っていなかった。
「あーえっとぉ、椅子とテーブルだけじゃ……ダメだよね、流石に」
「あの広さの部屋でそれだけだと、待機室と同じで悲しい感じになっちゃうんじゃないかな」
「だよね~」
「ロッテちゃんは家具を買ったりしないのか?」
「私は、うーん、買わないなぁ。テーブルとかベッドとか鏡とかそういう基本的な物以外置いてないし……二人はどう?」
「俺は全部備え付けの物使ってる。部屋にあった家具は全部実家に置いてきたからな」
と、まず史家が答え、
「俺もベッドに椅子に机ぐらいかなぁ。たぶん史家の部屋の備え付けの家具と対して変わらないと思う」
「家具の量がまんま俺の部屋と同じじゃねぇか」
「っていう事はつまり……」
ここに来て発覚した衝撃の真実。
ひとだすけ部の三人は家具に全く興味がなかった。
「……えっ、ここからどうするんだ?」
「どうするって言ったって……あ、家電とかどうだろう?」
「「家電?」」
正多の提案に史家とロッテは首をかしげる。
「ほら、冷蔵庫とかさ。これから夏になるんだし、アイスとか飲み物を入れておいたら便利なんじゃない?」
「確かに」
「それいいかも!」
「家電は三階に売ってたはずだけど、手分けする?」
「そうだな。じゃあ俺、買ってくるから、ロッテちゃんと正多は机見てくてくれ」
「一人で大丈夫か?」
正多は史家を心配するが、心配された張本人はむしろ二人家具センスの方が心配だと言って意にも介さぬように三階に向かい、エスカレーターを使って登っていく姿を見送ると、二人は机が置いてあるコーナーへと向かった。
「テーブルだらけだね~」
「ロッテはどれがいいと思う?」
「うーん、どうしよう」
椅子のコーナーと同じで、ここにも大量の机が並べられている。
鉄とプラスチックで構成されるいかにも工業製品と言った感じの机から伝統工芸的な木製の物、子供用の勉強机から中華料理屋に有りそうな大きな物まで、とにかく多種多様な品揃え。
二人は机の博物館の様な広い展示コーナーを一度ぐるりと回り、どれが一番いいかと考えていたが、如何せん量が多い上にイスモドキの様にピンと来るものも無く中々決まらずにいた。
「おーい二人とも~、机は決まったかぁ~」
そして結局決まらないままに、しばらく時間が経ってしまった。
「あ、史家。冷蔵庫の方は見つかった?」
「いやさ、店においてある奴、全部デカいし高いしで。流石に過剰だから別の店で買わないかって言いに来たんだけど」
「こっちも中々決まらなかったんだ~。どうする? お店変える?」
「無いなら仕方ないし、イスモドキだけ買って別の店に行こうか」
三人はイスモドキを買って学校に送ってもらう様に頼んでから店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます