自称掘り下げ回

「ありがとう」


 老紳士はその腕に猫を抱きながら、四人に感謝の言葉を述べた。


「いえいえ、この子たちは当然のことをしただけです」


「なんで伏見さんが言うんですか。見つけたのは俺なんですけど」


「にゃぁ~」


 猫はスルリと老紳士の腕から降りると、伏見に文句を言っている史家の足元にやってきた。


「史家、お前随分と懐かれてるな。マタタビでも持ってるのか?」


「ははは。この子、どうやら君たちのことを好きみたいだね」


 老紳士はお礼に、となぜか史家に招き猫を渡してから感謝の言葉を述べ、その後伏見に対しても感謝の言葉を何度も述べた。


 それから老夫婦の家を後にすると、公園に戻ってきた。

 時刻はちょうどお昼、公園で遊んでいた子供たちはお昼ご飯を食べるために帰ってしまったのか、公園の真ん中に設置されているベンチに腰掛けて空を眺めている一人の女性を残して他には誰も居ない。


「あれ? シュミット先生?」


 と公園に入ってすぐにロッテがその女性の正体に気が付いて声を上げると、シュミットはその声に反応してベンチから立ち四人の方へとやって来た。


「やっと来たか。……って何それ」


 どうやら公園でしばらく待たされていた様子だったが、それに対して文句を言うよりも先に史家が持っている招き猫に目が行ったようで、じっと招き猫を見つめて問いかける。


「これ、猫探したらお礼にって」


 その黒い招き猫は大体ボーリングの玉ぐらいの大きさだが、重さもそれぐらいある代物で、シュミットの問いに答えた史家は重そうに両手で抱えていた。


「猫の彫刻?」


「招き猫って言うんですよ。運やお金を呼び込む伝統的な飾り物で……っす」


 伏見の説明にシュミットはへぇ、と聞いておいて特段興味なさげに答えると手に持った袋を差し出した。


「なんですか? これ」


 一番近くにいた正多が袋を受け取り中を確認すると、その中にはプラスチック製の弁当箱が三人分重なって入っている。


「キミたちのお昼ご飯に、と思って」


「わざわざ買ってきてくれたんですか?」


「作ったんだ」


 とシュミットは軽く答えたが、その言葉に抱えていた招き猫を置きにベンチまで行っていた史家は反応し、勢いよく戻ってきてから、


「ってことは、これはシュミット先生の手料理!?」


「だから作ったって言っただろう」


「アレ? 私の分は?」


 正多、史家、ロッテがそれぞれ受け取った後、伏見が空っぽになった袋を見ながら問いかける。しかし、シュミットは「お前の分は無い」とあっさりと答えた。


「料理しないから知らないだろうけど、弁当なんて三人分作るのはすごい手間がかかるんだ。そもそも、三人は雇われたんだからこれはその報酬。雇い主の分は最初から無い」


「「「雇われた?」」」


「あっ、ちょ、シュミットさん」


「まさか言ってなかったの?」


 シュミットは呆れたように伏見は昨日老夫婦と会っていて、猫探しの依頼を探偵として受けた事と、ひとだすけ部の三人は助手と言う事に勝手にさせられていたことを告げた。


「私たちを騙して使った挙句、老夫婦からお金をむしり取るなんて!」


「ご、誤解です! いや仕事を受けたのは本当なんですけど、お金は貰ってないです、タダで受けました!」


「それでも騙してたんじゃないですか!」


「ひぃ~私は三人が探しやすいように~」


 ロッテは伏見を非難するように声を上げる。

 それを傍から眺めていた正多と史家は自販機で飲み物を買ってくる、とだけ言ってその場から一時離脱した。


「ロッテちゃん怒ると怖いタイプだな」


「ともかく無事猫は見つかったし一件落着ってことで。ついでに言えば、なんだかんだ漫画みたいな事も出来たし」


「あぁ。今日の部活動を漫画で例えるならさ、掘り下げ回って感じだな。物語の前半にキャラのイメージを付ける奴」


「掘り下げ? 伏見さんの?」


「いやいや、俺のに決まってるだろ」


「史家について分かったことと言えば、猫に好かれる体質って事ぐらいだろ」


「別にそれで十分じゃないか。……って、あ! スーパージンジャーガラナ置いてる! ラッキー!」


「なんだそれ」


 史家は自販機に置いてあった「スーパージンジャーガラナV4」と呼ばれる緑色の飲み物見つけるや否や嬉しそうに選択して、二本買った。


「これは北海道の知る人ぞ知る伝説的ご当地飲料だ。中々売ってなくてな。ほれ、飲んでみろ」


 嬉しそうに言う史家の両手には透明なボトルの中に、緑色と黄色と紫色の混じったような飲み物が合って、「ほら」とその内一本をひょいと正多の方に投げて渡した。

 その飲み物は明らかにヤバそうな色をしているが、もらった手前飲まない訳にも行かずに、正多は覚悟を決めて口に含んでみたが、


「うっ」


 その瞬間に吐き出した。


「ちょ、お前! もったい無いだろ!」


「この味はマジで無理、返す」


「いや、俺、他人が口を付けた奴飲めないタイプの人間だから」


 んなもん渡すな、と正多は抗議の声を上げたが史家は美味しいだろ、と聞く耳を持ってくれずじまいだった。


 ベンチまで戻ってきた二人はロッテの猛攻を前に二度こんな事はしないからぁ、と謝ってへたり込んだ伏見を眺めつつ座ってお弁当を食べ始めた。

 もちろん、正多の隣には飲みかけのスーパージンジャーガラナが置いてある。


「シュミット先生の手料理かぁ~」


 公園内にベンチはまとまった位置にいくつか設置されているが史家はその内の一つ、先ほど招き猫置いたベンチに座り、膝に弁当箱を置いて期待に胸を弾ませている。


 白い弁当の蓋を開けると、そこには綺麗に作られたハンバーグやソーセージなどの肉類と卵焼きに白米、それと少量の野菜で構成された弁当が顔を覗かせるが、お弁当という物を作り慣れていないのか、一品一品は美味しそうなのに配置や飾りつけはいまいちな感じだった。

  

「おーおいしそう! 先生、弁当も作れるんですね」


「まあね」


「おいしい!」


 史家はシュミットに感想を一言だけ言うと、無心で食べ始めた。


「それは良かった。弁当箱は返さなくてもいいよ。家で使うなり捨てるなりご自由に」


 そう言うと、シュミットはへたり込む伏見を引っ張るように公園を後にして、ロッテも弁当を食べている二人に合流した。


 そんな三人が弁当を食べ終わった後、気が付けば公園には子供たちの姿が戻ってきていて、遊具で遊んでいる。


「美味しかった~。私、今日はこの辺で帰るね~」


「ロッテちゃん、何か用事?」


「うん、家の掃除をするから手を貸してくれって姉さんが」


「ロッテ、お姉さん居たんだ」


「法律上は従姉いとこだけどね。子供の頃から一緒にいるからそう呼んでるの」


 ロッテはそう言うと、ベンチからひょいと立って帰路についた。


「あ、そういえばずっと気になってたんだけど、どうして伏見さんのヒントをあんなに意固地になって拒んでたんだ?」


 ロッテを見送った正多は残されたスーパージンジャーガラナを渋々、少しずつ口に含んで減らしながら問いかけるが、それに対して史家はそれ聞いちゃう? と言った感じの表情を浮かべて、ポケットからデバイスを取り出すとその画面を正多に見せる。


 その画面にはメールの履歴が残っていて、内容を軽く見ればそれが史家の両親とのやり取りであることがすぐに分かった。


「俺さ、わざわざ札幌に出てきたの、なんというか、反抗期に親元から離れたかったからなんだ」


「反抗期で家から飛び出すついでに札幌の高校受験したってこと?」


「そういう事」


「すごい行動力だな」


「まあ、それで合格して、一人暮らし初めて、バイトしながら今日まで生きてきた訳なんだけど」


「史家ってバイトしてたんだ」


「あれ、言ってなかったか? とにかく、この前久しぶりに母さんに連絡したんだ。高校二年目も上手くやってるよって」


 そこまで言うと、史家はメールのログを再度見せた。

 そこには恐らくは史家の父親であろう人物から届いたのメールが表示されている。


 [うちに帰ってきてくれないか?]

  

 母さんも俺も心配してる。

 クソ。本当はこんな事、お前には言いたくないんだが、

 五月から給料が減ったんだ。もしこれ以上減ったら掛け持ちで俺

 はバイトでもしようと思ってるが、ギリギリな家計がさらに厳しくなる日は

 近いかもしれない。お前も帰ってきて仕事についてくれないか?

 いくつか、こっちの学校に通いながら働ける場所を紹介できる。


 俺がこれ以上家に居ない時間が増えると母さんの世話ができなくなる。

 頼む。俺の事が嫌いなのは知ってる。でも、お前の母親の為に帰ってきてくれ。


「久しぶりの連絡がこんな調子じゃ、やんなるよ」


 正多はなんと言っていいのか分からなかった。

 もちろん、なぜそのメール見せたのかも分からなかった。


「俺は学費は免除されてるし、生活費だってバイト代で十二分に、自由に生きて行けるぐらいには入ってきてる。そんな状況で親父に将来を強制されるようなメールが届いて、腹が立ってて……」


「それで、伏見さんに手を差し伸べられたときに断っちゃったと」


「冷静になりゃ、随分幼稚な考えだよな」


 正多の言葉に頷いて返す史家は、反抗期なんてとっくに終わったと思ってたのになぁ、と顔を覆い隠しながら続けた。


「言いにくい事なら、別に言わなくてもよかったんだけど、大丈夫か?」


「大丈夫さ。言ったろ? 掘り下げ回だって。……まぁ、冗談はともかく、別に隠す事でも無いからな。背景込みで素直に答えただけだ」


「掘り下げっていうか、勝手に過去を採掘してるだけの様な気もするけど。まぁ、それでどうするんだ?」


「どうするって将来の方? 招き猫の方?」


 そう言って史家は左手を上げている黒い招き猫の頭を撫でた。


「猫の方だ」


「うーん。部室にでも飾っておくかな」


 そう言うと史家はベンチから立ち上がって、招き猫を両手で重そうに持ち上げる。


「なあ、コレ見た目よりも重いからさ、学校まで交代交代で持たないか?」


「断る」

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