灯台下暗し

 翌日、見学させてほしいと付いて来た伏見と共に、三人は猫探しを継続していた。


 木の上。


 家と家の間。


 コンビニの駐車場。


 学校の庭にグラウンド。


 三人は放課後を使って必死に探索した。

 しかし、やっぱり時間だけが過ぎて行って、昨日と変わらず何も見つからないままに夕暮れを迎え帰宅するしかなかった。


 さらに次の日、この日は土曜だったので四人は朝から第三公園に集合していた。


「今日で猫探し三日目っすね。どうです? 何か手がかりとか見つけました?」


 その問いに答えるまでもない、と言った感じでひとだすけ部三人のテンションは低く、そんな様子を見た伏見はいくらかヒントを出してもいいっすよ、と問いかけるが史家は頑なにそれを拒否し、二人に昨日の続きから探索しようと声をかける。


「なあ、史家、お前なんでそんなに意固地になってるんだよ」


「だって自分の手で解決しなきゃ意味無いだろ」


「猫の命が掛かってるかもしれないんだぞ。そんなこと言ってられるのか?」


 さすがに意固地になりすぎな史家を改めるように、正多は少し強めな口調で史家に語り掛け、ロッテも「猫を早く見つけることができるなら」と優しく説得する。


 しかし、それでもまだ渋る史家の様子を見て伏見は大きく深呼吸をした後にもはや三人が慣れてきた、あの厄介なハイテンションで史家に語り掛け始めた。


「わかります、わかります! 悩める青年! その気持ち分かりますよ!」


 伏見は何もわかってなさそうな感じを漂わせながら続ける。


「史家君。君にも何か事情があるんでしょう。頼りたくない、でも頼らないといけない。そんなことはこれからの人生幾らでもある……っす、まあ大人に反抗する気持ちも分からなくは無いですよ? 私だってまだ22だし、心はまだ君たちと同じぐらいな若さですよ。そりゃあ、上から目線であーだーこーだ、と口を挟まれるのはそれはもう腹が立つことでしょう。それもよくわか……」


「あ、あのー」


「へ? どうかしたっすか?」


 史家の言動の何かが彼女に火をつけたらしく、マシンガントークがいつも以上にヒートアップし怒涛の喋りをぶつける。

 そんな今まさに燃えている銃身のような喋りに正多は小さく息を吸い、


「さすがに長いです」


「あ、……あはは、これは失礼、つい熱が入ってしまって」


 ハッとしたような表情を浮かべた伏見は、頭を軽く押さえながら照れ笑いを浮かべた。しかし、再度深呼吸をするとまた話し始める。


「まあ、何が言いたいかと言うと、別に私が追加のヒントを出しても君のプライドは傷つかないっていう事ですよ。猫を探すのは君たち自身な訳ですから」


 それを聞いて、さすがに史家も渋々と言った感じではあったが彼女にヒントを求めた。


「うん。世の中上手く助けを求められるのも成長って奴っすよ。ほら、RPGとかでも、あるでしょ? 『弱さに気が付くことが真の強さだ』って師匠的なキャラから言われる奴。と、言うわけで、そんな真の強さに気が付いた史家君には、私から青春ポイントを100贈呈しましょう!」


 相も変わらずの意味不明なノリで話を進めていく伏見は謎のポイントを史家に贈呈した。が、さすがにツッコミを入れないのも限界に近く、正多が真っ先に、


「いやいやいや、急に出てきた青春ポイントってなんですか!」


「昨日テレビゲームをしてる時に思いついたんですよ。こういうポイントがあれば三人のやる気もアップするんじゃないかって」


「別にポイント制度無くても頑張りますけど」


「貰っておける物は貰っておいた方が得ですよ?」


「貰ったの史家だし、そもそもポイントに実態無いじゃないですか」


「お、中々痛いとこを突いてきましたね。今度、いや、いつか何かと交換できるようにしますよ」


 伏見の回答に三人は曖昧過ぎる、と内心思いながらも何を言ってもこのノリが変わりそうではなかったため、とにかくポイントの事は置いておいてヒントを聞くことにした。


「えーでは、私からのネクストヒントな訳ですが、日本には”灯台下暗し”という諺があるんですが、ロッテちゃんは知ってますか?」


「え~っと、確か自分の近くにあるものは見えにくい、的な意味だったっけ」


「まあ、そんな感じです。そこでですが、三人はちゃーんとネットを活躍させてます?」


 ネット――正式名称で言うなら新時代型世界通信間通信技術New-Era-global-inter-network-Technology――は大戦以降、核戦争によって物理的に消滅していた旧インターネットを復旧させた代物で、日本では30年代の後半から順次民間でも使えるようになった便利なシステムの事。三人だって当然日常的に利用しているし、それは現代社会では至極当たり前な事だ。


「それで?」


「それでって、もっと興味持ってくださいよ! 猫を探してるなら、その辺の情報をちゃんと調べました?」


「いや当たり前じゃないですか。目撃情報とか、保健所の情報とか調べましたけど」


 正多の言葉に伏見はやっぱりね、と言った感じの表情を浮かべてから自身のデバイスを三人に見せた。


「じゃあ、これはどうです?」


 そこには”迷子になった猫の探し方”と書かれたページが開かれている。


「……」


 その文字を三人は凝視する。

 そして三人の頭の中には、先ほど伏見の話した「灯台下暗し」がグルグルと回り、もしかして、いやまさか、と。


 そのページには「迷子になった猫は自宅か、そのすぐ近くに居ることが多い」と大きな文字で書かれていた。



「うーん。ここじゃないみたいです」


 ロッテは飼い主の家にある古風な縁の下を覗いていた。

 飼い主の家は随分と大きく古い構造をしていて、その気になれば猫が隠れられそうな場所は幾らでもある。

 四人は飼い主の老夫婦と共にまず家の中改めて探してみたが見つからず、次に庭や普段探さないような場所を探し始めていた。


 そういう訳で縁の下となると老夫婦では探すのが難しいだろうと、ロッテは進んで地面に寝転がり、ライトで照らしながら探してみたが外れだったようで猫の姿は無かった。


「お嬢さん、ごめんなさいねぇ」


 飼い主の老婦人が服を庭の土まみれにしたロッテに対して、声をかける。


「いえいえ、大丈夫ですよ。他にどこかまだ探せていない場所はありませんか?」


 ロッテは土などは特段気にせず老婦人と共に庭の捜索を続けた。



「正多君ーどうですー? 上に居そうっすか?」


「何もいないみたいです」


 一方、正多と伏見は屋根裏を調べていた。

 例のページには「まさかここではないと思った場所に隠れている事がある」と書かれていたため、体を張って調べてみたがここも外れ。

 屋根裏から足場を伝って降りてくると正多の黒い髪がすっかり埃まみれになっていて、それを見た伏見は今にも吹き出しそうになっていた。


「ちょっと、何笑ってるんですか」


「ふっ、いえ、笑っては、ふふっ」


 必至に堪えているが、確実に笑っていた。



 はたまた一方その頃、史家と老紳士は飼い主宅のお隣の家に許可をもらって、室外機の下や、家と家の間を探していた。


「うーん。室外機の下にはいなさそうですね。次はどこを探します?」


「あと探していないのは、あっちにある植え込みぐらいかね」


「わかりました、そっちを探しましょう」


 史家は植え込みをガサガサとかき分けて覗き込んだり、しゃがんで下から見てみたりして猫を探していた。そんな中でふと老紳士が、


「いやぁ……本当に君たちには感謝しているよ……」


「まだ、チョコちゃんは見つかってないですよ。その言葉は見つかった後まで取っておいてください」


「まあ、まあ、そう言わんでくれ」


 老紳士も史家と共に長く続く植え込みの中を探しながら続ける。


「あの子はワシら夫婦にとっては、それこそ家族っていうやつでな」


 内心で史家は年寄りの話は長いんだよなぁ、と思いながらも断るという選択肢は無いので捜索の片手間に聞くことになった。


「ワシらには息子が一人いたんじゃが、戦争で死んでしまってのう。あの親不孝者は自ら志願してオーストラリアに行ったそうだった。まあそれを知ったのは、あいつが死んだ後だったんだがね」


「はあ」


「あいつが死んでから、ワシらは悲しんだ。悲しみを生める方法が無くてね。ほら、今じゃ老人と言うのは珍しいだろ? ワシらと同じぐらいの歳の人間はほとんどが死んでしまったんだ。空襲に、戦争に、放射能に、独立闘争に。みんな死んでしまって友達と言う奴ですら居なくなってしまって、話相手も居なかった。でも、そんな家に……」


「にゃぁ~」


 老紳士の話を聞き流しつつ、植え込みをしたから覗き込むようにして探していた史家に小さな鳴き声が聞こえた。


「鳴き声」


 史家は呟いてから声の方へと近づいて、植え込みの下をゆっくりと覗き込んでみる。するとそこには、真っ黒な毛並みに茶色いぶち模様の入った猫がうずくまるように小さく丸まっていた。


「いました、ここです」


 声をかけてから優しく猫に手を伸ばしてみる。

 猫は警戒していたが、ゆっくりと伸ばされる手にちょこんと肉球を乗せた。


「猫でもお手ってするんだな」


 そんな猫を見て史家は小さく呟いた。

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