怪しい人
三人は猫が居なくなったという現場である、琴似第三公園へとやって来ていた。
住宅街の真ん中にポツンと佇む大きいとも、小さいともいえない公園の中では数人の子供が遊んでいる。
いざ猫探し! と言っても何をやっていいのか分からなかった三人はとりあえず手分けして公園の周りを探してみることにした。
しかし、やはりそう簡単に見つかるものでは無く、何の発見も無いままにただ時間だけが過ぎていった。
「猫でてこねぇー!」
すでに子供たちが帰って三人だけになった公園。そのド真ん中で史家は寝そべりながら叫んでいる。
「まだ公園とその周囲を一通り探しただけ、探すところはまだまだ沢山あるぞ」
と容赦なく追い打ちをかける正多は、だから簡単には見つからないって言っただろ、と付け加えた。
「この数時間公園の周りを探してもうクタクタ。はぁ、上手くいかないモンだなぁ」
そんな彼の言葉など意にも返さぬ、と言った感じで史家は寝そべったまま話し、今度はちゃんと待たずに行動したのになぁ、とすっかりと茜色に染まった夕日を眺めて呟いた。
「きっと俺たちには何かが足りてないんだな。ほら、事件には必ず証拠と推理があって、いきなり犯人にはたどり着かないだろ?」
「猫探しには関係無いと思うけど、仮にそうだったとして史家は具体的に何が足りてないと思うんだ?」
「やっぱ運か?」
「いや、証拠も推理も関係ないじゃん」
静かな公園の中に響く音は、正多が座っているブランコから発せられる錆びた鉄の軋む音か、カラスの鳴き声か、あるいは公園に面した道路を通る車や自転車の音。
どれも、空から大地を茜色に照らす夕日と合わせれば、なんとも物悲しい気持ちになる音ばかり。
「運も必要だとは思うけど、それだけじゃネコちゃんは見つからなさそうだよね」
自販機で飲み物を買ってきたロッテは正多と同じようにブランコに腰かける。
赤く染まる春の空はどんどん夜闇に飲み込まれ、徐々に街頭が明かりを灯す。そんな時間が目前に迫っていて、三人の気力はすっかり奪われていた。
「もう帰る?」
「それじゃ、この前と変わらないじゃないか!」
正多がブランコを軽く漕ぎながら言うと、すぐに史家が反発する。
発言者の正多自身だって、ここで帰ったら中央区へ行ったときと同じと言う事ぐらい分かってはいたが、かと言ってここで油を売っていてもこの状況が変わらないし、この前のように帰りがけに何かが起きる、という可能性も無くはないと思っていた。
「「「はぁ」」」
三人のため息が公園に響く。
しかし、この事態を打破するきっかけは今度は待っていたら訪れた。
「ん? ねぇ、あれって……」
項垂れて地面を見ている正多と、空を見上げる史家にそれぞれ訴えかけるようにロッテが言う。
「どうした? ロッテ」
「ほら、あそこに居るのってシュミット先生じゃない?」
「シュミット先生!? ど、どこに」
ロッテの口からシュミットの名が出るや否や、史家は地面からひょいと飛び起きて彼女の指さす公園の入り口の方を見た。
するとそこには買い物袋を手に下げたシュミットが居て、隣を歩く女性と何やら口論している様だった。
「先生、何話してるんだろう?」
ロッテはブランコから立つと公園の入口へと近づいて行き、それに続くようにして史家も入口の方へと向かい、二人にひょいひょいと手招きされた正多も付いて行くことにした。
「……だーかーらー、今日は絶対和食がいいです、って!」
「米は昨日食ったろ。今日はシチューとパンだ」
「お米って言ったって、リゾットは和食じゃありません。洋食ですよ!」
「あれがイタリア料理な事ぐらい知ってる。僕はただ二日連続で米を食べたくないって事をだな……」
公園の入り口付近にある茂みに隠れた三人は聞き耳を立てている。
その内容から、どうやら今日の夕食で揉めている事が分かった。
(あの人誰だろう?)
ロッテが小声で問いかける。
(さぁ。でも晩御飯の話ってことは……もしかして恋人とか?)
(えっ、恋人!?)
驚いた史家はシュミットにバレない様に茂みから少しだけ顔を出して、謎の女性の姿を確認する。
女性の外見は黄色のメッシュを入れている黒い髪に、服装はフォーマルな黒いスーツとズボン、なのに履いている靴は革靴でもヒールでもなく運動靴。
そんな姿を見た史家は髪はヤンキーみたいなのに、やけにキッチリした服を着ているな、とそのチグハグな見た目に何とも言えない違和感を感じた。
「……でも今日買った材料があれば和食だって作れるでしょう!」
「そうだけど」
「だったら…………誰か居ます」
シュミットに声を荒げながら和食を推していた女性の声音は急に冷静になる。
(あっ)
(やべっ)
(ばれちゃうっ)
女性の言った”誰か”が自分たちである事は丸分かりであり、三人は茂みの裏に隠れて声を潜めた。
「痴話げんかを隠れて盗み聞きとは、余り良い趣味とは言えませんよ?」
女性の声は先ほどよりも明らかに低く、大人しく出てこなかったら殺すぞ、と言わんばかりの声音だ。
盗み聞きがバレてしまった三人は大人しく出るか、隠れるかと小声で議論するが、その議論はシュミットの言葉によって意味を無くした。
「恋人じゃないんだから痴話げんかでは無いだろ。あと、そこに居るのは僕の生徒だ。怖い声で脅さないでやってくれ」
「へ? 生徒?」
「ナミキ、ロクタチ、シャルロッテ。別に取って食おうって訳じゃないからさ、出てきたら?」
シュミットは呆れた様に見事に茂みの裏に隠れている三人を言い当て、さすがに名指しされては出ざるを得なくなり三人は茂みの裏から気まずそうに出てきた。
「こ、こんばんわぁ」
葉っぱまみれのロッテが気まずそうに挨拶をする。
それに続いて同じく葉っぱまみれの正多と史家が出てきて苦笑いを浮かべつつ挨拶をした。
「ほら」
「ほんとに三人だったなんて、良く分かりましたね」
その口ぶりからはどうやら女性は三人の事を知っている様でシュミットは僕は耳が良いからね、とだけ答えて三人の方に向き直る。
「キミたち何やってたの? 突然部室を飛び出したのは知ってたけど、まさか公園で遊んでたとか?」
「実は、その」
三人はシュミットと女性に今日あったことを説明した。
「なるほど、あれからずっと猫を探してたんだ」
シュミットに三人は落ち込んだように頷いて答える。すると突然、シュミットの隣にいた女性が近寄ってきて、何故かロッテの手を握りしめた。
「うえぇ!?」
「わ、私、
伏見はロッテの手をブンブンと振って、自身の感情を表す。
三人はまず突如として変わった口調、特に語尾にツッコミたかったのだが、そんな暇などは与えないとばかりに、
「人助けをする部活を作ったバカが居るって話は聞いてたんですけど、こうやって実際に活動してることを見て確信しました! あなた達は正しく次世代の
マシンガンのように話す彼女の口からさらっと出たバカとか、やけに大事の様な言い方など、とにかく彼女にはツッコミどころしかなく、三人はその勢いに押されて呆然とするしかなかった。
「腕が取れるぞ」
シュミットが頭を抱えながら言うと伏見はハッっとした様な表情を浮かべ、やっとロッテの腕を解放した。
「ご、ごめんなさい! つい感動して」
「あ、あはは、大丈夫ですよ」
忙しくへこへこと頭を下げる伏見に相変わらず圧倒されっぱなしのロッテは苦笑いしながら答えた。
しかし、当の伏見はそれだけじゃ謝罪にならない、と言い出すと改めてロッテの手を握り、私に猫探しを手伝いをさせてほしい! と突如訴えかける。
「は? 何言って」
「シュミットさんは、黙っててください! ……っす」
「……」
先ほどまで対等に話していたシュミットも伏見の勢いに圧倒されるように黙った。
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