招き猫が招くモノ

出動!

「あ、おかえり~」


 部室に帰ると、長椅子に腰掛けて手元のデバイスをいじっていたロッテが声を掛ける。

 グラウンドの方から時折聞こえるサッカー部の声を除けば、とっても静かな部室には彼女の明るい声だけが響いていた。


 しかしふと、そんな部室の中を見渡してもシュミットの所に行く前まで居たはずの史家が居ないことに正多は気が付く。


「あれ、史家は?」


「シカ君なら、調べたいことがあるって出て行ったよ」


「調べたいことって、刑事か、あいつ。それで何を調べるとかは聞いてない?」


「うん。正多君が出た後、急に出て行っちゃった」


「そういえば、今シュミット先生のとこに行ってきたんだけど――」


 シュミットからの言伝をロッテに伝えようとする正多だったが、彼の声を遮るように部室のドアがガラガラと勢いよく開き、


「二人とも! 猫だ!」


 と、そのドアの先には史家が居て、手元のデバイスの画面を二人に見せつけている。あんまりにも突然の事に二人とも唖然とし、史家が言う事の意味も分からずに困惑したまま、正多は取り合えず言葉の意味を訪ねてみることにした。


「えっと……猫がどうしたって?」


 そんな当然の質問に答えるよりも先に「二人は猫アレルギーとか無いか?」と律儀に聞いた史家はアレルギーが無い事を確認するとロッテの向かい側にある長椅子に腰かけ話し始める。


「さっきネット見てたらさ、この近所で猫が迷子になったっていう投稿と見つけて、確認しに行ってきたんだよ」


「確認って、何を確認しに行ってきたんだ?」


「そりゃ、どこで居なくなったかだよ」


「え、シカ君どうやって確認したの?」


「ちゃんと飼い主さんのとこまで行ってきたんだ。そんでどこで居なくなったとか、どんな猫とか聞いてきたんだ」


 それで……と史家は続けながら再度デバイスの画面を二人に見せ、猫の名前がチョコちゃんであること、失踪場所は琴似第三公園である事を伝えた。


「公園? 猫を散歩でもさせてたのか?」


「チョコちゃんはアウトドア派で、草花とかが好きらしい」


「あ、第三公園ってすぐそこにある公園の名前なんだ」


 二人の会話を聞きつつ、ロッテはデバイスで地図を見て公園の位置を確認すると第三公園は学校からさほど遠くない位置にある公園の名前であることを知った。


「ここまで説明させといてアレなんだけど、つまるところ俺たちはこの猫を探すってことだよな?」


「ほかに何するっていうんだ!」


「いや、猫なんて簡単に見つかる物じゃないだろ? 三人だけじゃ厳しくないか?」


 正多は猫探しをすることには反対ではなかったが、実際見つかるのかどうか不安になって二人に尋ねてみたのだが、舞い込んだ猫探しにノリノリな史家はすぐに反論する。


「正多、なあ、正多。お前はロッテちゃんを誘うときに言ったよな? 猫を探す部活だって」


「それ言ったの俺じゃなくて史家だぞ」


「あれ、そうだっけ」


 史家がロッテの方をみると確かシカ君が言ってたと正多をフォローするが、そんなことは関係ないと言わんばかりに、


「どちらにせよ、そういう謳い文句でロッテちゃんを勧誘したんだから、やらないとダメだろ! 男に二言はないってやつだ!」


「何も言ってない俺は別に二言も一言も無いんだけど」


 中々言いくるめられない正多にぐぬぬ、と声を上げる史家は乗り気ではない彼を何とかすべく、小声でロッテに耳打ちすることにした。


(正多の奴、今は乗り気じゃないけどきっとロッテちゃんがお願いすれば乗ってきてくれるはずだ)


(えー、そうかなぁ?)


(男なんてちょろい生き物なんだよ)


 二人はひそひそ話をしているつもりだったが広く、雑音の無い部室の中そこまで遠くない位置にいる正多には丸聞こえ。そんなわけで、正多はこの状況にツッコミを入れていいのかダメなのか、なんとも微妙な立ち位置に置かれた彼だったが、とりあえず見て見ぬふりならぬ聞いていないフリをした。


「わ、私~セータ君と猫探ししたいなぁ~」


 言葉の端々からなんとも言えないぎこちなさが垣間見えるロッテの言葉に正多は「無理しなくてもいいんだよ」と答えた。

 その言葉の真意は、自分はそこまで反対している訳では無いから無理に説得しなくてもいいよ、と言った感じだったが、その意味を捉えられなかったロッテはマズイ、このままでは余計に彼が反対してしまう、と思って、


「え、えっと、セータ君と猫探ししたいのはホントだよ? 猫探しなんて漫画の中で起きるイベントじゃ、定番中の定番だから私一度やってみたかったの! これはホントにホント! だからお願い!」


 とロッテは正多の肩をがっちりつかみながら、彼の目を真っすぐ見て必死の説得した。

 すると、


「わ、わかったよ」


「やったぁ!」


「そうこなくっちゃ!」


 思ったよりもかなり熱量の有る説得をされてしまった正多は押されるように同意し、返事を聞いた二人は嬉しそうに笑みを浮かべ、浮かれたようにハイタッチしてから、


「意見もまとまったことだし、ひとだすけ部、早速出動だ!」


「おー!」


「あ、そういう掛け声を毎回していく感じ?」


「いや、今回だけだ」


 正多の疑問に対して史家はやけに冷静に答えた。

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