始動編

始めの一歩

待ってるだけじゃ始まらない!

 気が付けば、部活動設立から二週間が経過しようとしていた。


 三人は部室の窓に寄りかかり、春の訪れ告げるような五月の暖かな太陽に照らされながら外の景色を眺めている。

 この間、依頼とかお悩み相談とか、そういう三人が期待していたようなイベントは何も起きなかった。


 原因と言えば三人が慢心していた所にあるだろう。特に正多と史家の二人は、一年生の間でも”話題のあの人”になりつつあったロッテが居れば誰かしら興味本位でも訪れてくれるだろう、と考えていたのだが結局誰も訪れる事無く今日に至る。


「探偵ものの定番と言えば、売れない探偵に舞い込む大仕事だけど……」


 落ち込んだように言う史家の視線の先には、すっかり雪が解けてカラカラになったグラウンドを駆けずり回るサッカー部員の姿があった。


「小説に例えるのやめない?」


 その隣の窓で雲一つない満開の青空を眺めつつ言う正多がふと更に隣を見ると、そこに同じような姿勢で居たはずのロッテは何故かその窓からすっかり身を乗り出していて、


「ちょ、ロッテ危ない」


「あと、ちょい、ちょいだから……あ! 止まった!」


 身を乗り出して梁に止まっているスズメを指に止めようとしていた彼女が身を起こすと、その人差し指の上には一匹の小さなスズメが止まっていた。


「スズメを部室に入れたって相談はしてくれないと思うよ」


「正多の言う通りだ。スズメの依頼なんて所詮、雀の涙ってな」


「……」


 今の面白くなかった? と肩をすくめながら史家が言う丁度同じぐらいのタイミングで、部室のドアが少し古びたような音を立てて開く。


「わっ」


 と突然開いたドアに驚いたロッテが声を上げると、更にその声に驚いたスズメが勢いよく羽ばたき全開の窓から逃げ逃げ去った。

 視線がどこか遠くに飛び去るスズメに集まる部室の中で、ドアを開けたシュミットは思わず困惑しながら、


「えっと、何やってるの」


「す、スズメさんとお話でもしようかと……」


 暇つぶしです。なんて答えられないので、思わずメルヘンな事を言ってしまったロッテは苦笑いを浮かべるが、シュミットはそんな様子に大きくため息をつきながら、部室に置かれていた長椅子に腰かけて話し始める。


「全く、部活動ひとだすけをサボって何してるのさ」


 部の設立以来、顧問として時折様子を見に来ていたが一向に人助けらしい行動を見たことが無いシュミットは、今日と言う日はさすがに注意しないといけないと思い訪れた。が、当然そんなことなど理解している三人の内ロッテが即座に、


「だってだって、相談事も猫探も、何も来ないんですもん!」


 と訴え、残り二人も頷いて同意する。


「はぁ、待ってるだけじゃ何も始まらない、っていうのはキミたちみたいな若者の常套句って物じゃないのかい」


「でも、さすがに一人ぐらい来てくれると思ってました……」


 シュミットの座っている椅子のちょうど対面に有る同じ形の長椅子に正多は腰を掛けながら言い、その隣に座った史家も正多に同意するように首を縦に振る。


「で、このまま待ってるつもり?」


「そう言われてもポスターは張りましたし、他に何をすればいいのか」


 正多はうーんと考えながら言うと、史家も悩みながら口を開く。


「ロッテちゃんのファンを騙してこの部室に連れてくるか?」


「私にファンなんているの!?」


 二人の隣に座ったロッテは驚くが、その様子を見るシュミットは生徒はおろか教師ですら知っているのに当人が知らなかった、というその鈍感さに呆れながらも話を続ける。


「そもそも、活動は学校内だけに限定されてないんだけど」


「「「え?」」」


「校内に居ないなら外に行って困っている人を見つければ、って」


 その発想は無かった、と三人は顔を見合わせて、


「部活と言ったら校内でする物だと思い込んでました」


「別に学校外でも人を助ければそれが活動になるのか。ひとだすけ部って名前便利だな」


 灯台下暗しなアイデアに正多も史家も驚いていると、ロッテが「だったらさっそく行動しよう!」楽しそうにそう言いながらひょいっと立ち上がると、その手を動かして早く椅子から立つよう二人を急かした。


 部室の隅っこに置かれている学校机の上にに置かれた鞄を取る正多は二人の方に向かって「それで、どこに行くの?」と尋ねる。


「それはー、えっと~」


「まあ、歩きながら考えればいいんじゃないか?」


 行く当てを特に考えていない様だったロッテに代わり史家が答える。それから、部室内で少しの議論を行った後、三人はとりあえず学校を出てその付近を歩いてみることに。


 しかしながら、道に迷っている人も、重い荷物を持っているおばあさんも、まして迷子の子供も都合よく三人の前には現れず、仕方ないので三人は人が多ければ困っている人も多いだろう、と急遽札幌の中心部である中央区へと向かう事になり、地下鉄の駅を目指して歩き始めた。



 三人の家や桜鳥高校がある琴似ことに区から見て、中央区は人工河川である新琴似川を挟んで南東の方角にある。


 同じ市内ではあるが琴似区は所謂ベッドタウンであり、住宅街として戦前の景色が比較的残っているので比較すれば、たった一本の川を越えた先の街並みは半世紀ほどタイムスリップしたかのような錯覚に陥るほどに発展している。

 

「やっぱりここはすごいね。歩いてるだけで目が回っちゃいそうだよ」


 ロッテは中央区にあるメインストリート、国際平和記念通りの歩道にあるベンチに腰掛けながら言った。

 彼女を含む三人の周囲は観光客やスーツを来たホワイトカラー、あるいは制服を着た学生などでごった返していて、そんな人波に揉まれた後、三人はまだ何もしていないのに疲れ果ててしまって、今は休憩を取っているのだ。


≪……PacifiTOパシフィト。我々の活動は軍事部門だけに留まりません。北米東海岸での除染活動、南ドイツでの戦災復興支援、インド大飢饉における食料支援など……≫


 街中に大音量で流れる広告に耳を傾けつつ、ロッテがベンチから車道を見ると――有人トラックに慣れている彼女からすれば、ヘンテコな形に見える――運転席の無い、無人貨物車Self-Drive-Truckや、対照的によく見慣れた形をしている電気自動車たちが列を作っていた。


 道路を埋め尽くしている車たちは、要人を乗せている様な威厳を放つ黒色だったり、黄色い車体のタクシーや緑や赤の自家用車、あるいは白い車体にIPASの文字が入ったパトカーだったり。きっと空から眺めれば綺麗なんだろうな、と思うぐらいにカラフル。


≪……ノイマン工業の新車発表会が行われメルセデス設計局やBM設計局で開発された、次世代の車たちが……≫


 少し顔を上に向けば、視界一面には超高層ビルが飛び込み、それはまるで城壁の様に佇んでいて、大都市に相応しい壮大さを誇っている。


「相変わらず、ここは何もかもデカいなぁ。広告なんて飽きるより先に目と首が疲れる」


 史家は首を抑えながら、三次元的投影3Dホログラムや巨大な電子看板デジタルサイネージがビルに映し出す広告たちを見渡した。


「なぁ、正多。ここの風景って新都と比べると、どうなんだ?」


「ぎゅうぎゅう詰めに建てられるから、新都あっちよりも威圧感を感じるかな」


 このビルの群れは札幌駅から、この三人が休憩している国際平和記念通り――かつて、大通公園と呼ばれていた場所――まで続いているが、数年前に未完で終わった中心部の再開発計画で、駅前に先駆ける形で超高層ビルの建設ラッシュが始まった結果、この周辺の高さはまるで街中にそびえる山の様に突出している。


 地震の脅威と日々戦ってきた日本の建築物と言うのは十数年前まで厳しい建築規制があった物だが、今は技術革新によって高さ200mクラスの超高層ビルが規制に縛られず建設されるのが普通になった。しかし、そんな現在においても高さ300mを超えている物すらザラと言う街並みはやはり都会の特権だ。


 幾多もそびえ立つビルたちは形こそ違えど、皆等しく再生建築素材ネオ・コンクリート粒子塗布硝子ナノ・ガラスで造られているので、本来その見た目は無機質で味気ないだが、映像やホロによって映し出される広告たちがそれに息を吹き込む様に色鮮やかに、そして煌びやかに飾っていて、


≪……今、話題沸騰中! 札幌出身アイドル、美咲ライカの新曲が本日リリース! 新曲の楽曲提供には……≫


 そこら中に設置されているスピーカーたちがそれに合わせて車、家具、不動産、旅行などの多種多様な広告やテレビニュース、そしてアニメ主題歌やアイドルの音楽などを大音量で流している。


「特に困ってる人も見当たらないし、観光しに来ただけだな。これじゃ」


 都会の喧騒を眺めて観光気分に浸る二人を横目に、こういった風景には馴れている正多は呟く。ふと空を見上げると、そこにはビルとビルの間を宅配ドローンが忙しそうに飛び回っていて、さらにその上ではVTOLが縦横無尽に駆けていた。


「ねぇねぇ。あの、大きなビルの名前はなんて言うの?」


「あの馬鹿デカい消しゴムみたいなのはノース・ホワイト・タワー。んで、その隣がセントラル・スクェア。IPASの本部が置かれてる場所だ」


「じゃあ、あっちのビルは?」


「あっちはライラック・センタービル。見ての通り札幌で一番高いビルだ」


「へぇ~、アレが……」


「雑談もいいけどさ、これからどうする? 早めに決めないと日が暮れちゃうよ」


 正多は話し込む二人に対して心配するように言った。


「小説なら、こういう時は街中で起こるひったくりとかをパパッと解決する~、って展開があるけど、やっぱ現実はそう甘くないな」


「また小説か。そもそも、こんな街ド真ん中で簡単にひったくりが起こったら困るだろ。治安どうなってるんだ」


「まぁ確かに」


 都市の中心部と言うだけあって札幌の行政庁舎以外にも、この周辺には東アジアの心臓部ともいえる幾多もの組織が軒を連ねている。


 IPAS本部、アジア国連銀行、国連東アジア最高裁判所、太平洋条約機構PacifiTO代表部、EX.O.エクソ社アジア支社、ノイマン工業アジア支社、各国の大使館、あとその他沢山。エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。


 この周辺にはそこで働くお偉いさんが大勢いるので、市民生活に影響を与えない程度に程度に警察による警備は厳重で、元々治安のいい札幌の中でもこの辺りではひったくりはおろか、スリすら起き得ないだろう。


「土地勘のない俺たちが中央区で動ける場所なんてどうせこの辺ぐらいだし、琴似に戻るか?」

 

 札幌市中央区という場所は戦災からの復興以来、非常に複雑な造りになっていて、この通りから一本奥に入れば、そこは無数の高層ビルと入り組んだ道路で作られた迷路のような物で「困っている人を探す」なんていうフワフワした目的で移動していたら、地図が有っても日が暮れる前に琴似に帰れるかどうか、とても怪しかった。


「迷って家に帰れなくなっちゃうよね」


「ここまで来たのに収穫ゼロかぁ」


「まぁまぁ、街を歩いて仕事を探すっていうのも体験だよ!」


 ロッテは少し落ち込む史家を励ますように声をかけ、動くなら早い方がいいと帰宅を決めた三人は地下鉄の駅まで通りを歩き始めた。


「とは言え、せっかく交通費払ってここまで来てる訳だし、上手い事言って部費で落としたかったなぁ」


「うちの部長はがめついな」


「いいだろ別に。今時見返りも求めず人を助けるぞ! って意気込む若者なんて俺たちぐらいなんだから」


「いや思いっきり見返り求めてるじゃん」


「……ねぇ、二人とも。あれ見てみて」


 一人歩みを止めていたロッテは正多と史家をひょいひょいと手で寄せるようにして、少し先にあるベンチの方を見るように促す。

 そこには項垂れている六歳かそこらの少年が一人でベンチに腰かけていた。


「あの子、もしかしたら迷子かも……。私、ちょっと行ってくる!」


 二人が迷子? と首を傾げた頃にはすでにロッテはベンチの方に走り去っていた。

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