長い

 廊下に出るとさっそくシュミットが口を開く。


「部活の設置は認められたんだ、理事会じゃアイデアが面白いって即決だったよ」


 その言葉にとりあえず胸をなでおろす一方で、少し含みのある言い方に三人はその後どんな言葉が続くのかと息を呑んだ。


「人助けってことは、誰かを救う活動ってことだよね。まさか宗教でも作る気?」


「そんなもの作ったら、IPAS アイパスに捕まって一生刑務所暮らしですよ」


 階段を上りながら尋ねるシュミットに対して、彼女の後ろについて階段を上っている正多は今時宗教なんて、と首を振りながら答えた。


「だから心配してるんだ、教え子が居なくなるのは悲しいからさ」


「ホントに違います! 私たちの部活は、猫とか探す緩い感じなんです!」


「猫? まあ、逮捕されならいいけど。それで話には続きがあってさ、設置議論自体はすんなり行ったけど揉めた部分もあるんだ。人助けは文化系なのか運動系なのかって」


「「あっ!」」


 一度議論があったが、部活名で揉めて完全に忘れてた、と三人は踊り場で呆然とするが、そんな事を意にも解さぬようにシュミットは階段を上りながら話を続ける。


「文化系にせよ、運動系にせよ、予算は同じでも顧問を付けないといけない訳だからどっちかに決める必要があったんだけど……」


「「けど?」」


 疑問に答えるよりも先にシュミットと三人は階段を上りきっていて、階段のすぐそこにはD-1第四教員待機室と表記された教室があった。


「一度、座って話そう」


 そう言ってシュミットは待機室のドアを開ける。

 三人は彼女の後ろから部屋をのぞき込むが、そこに広がっていたのは広大な教室の隅にポツンとソファーとデスク、椅子だけが置かれた殺風景な部屋でそれを見た正多とロッテは小さい声で史家に待機室はどこもこんな感じなのか、と尋ねるが史家は首を横に振った。


「僕は家具とかはこだわらないタイプで。とにかく、そこに座って」


 三人は言われた通りソファーに並んで腰掛け、シュミットもデスクの前に置いてある椅子に腰を掛けると教師らしくない歯に衣着せぬ言い方で続ける。


「君たちの部活を押し付けられた。と言うと悪い言い方だけど、結局未分類のまま僕が顧問になるって事で解決した。訳だけど……」


「……」


 相変わらず含みを持たせる言い方をするシュミットに、三人の間には再度緊張が走ったものの、その内容は、


「君たち部活の名前決めてないでしょ?」


 と、それは既に決まっていた事だったので、三人が再度一安心と言った感じにふぅ、と息を吐く一方で、シュミットの表情はその右目に巻かれた包帯のせいで少し分かりづらいが深刻そうな面持ちをしていて、その心配を解くようにロッテが部活名が既に決まっていることを告げた。


「なんだ。それで名前は?」


「青春探偵人助け部です」


「…………えっ、何て?」


「そ、その、青春! 探偵! 人助け部! です!」


 ロッテは聞き返されながらも必死に答えた。

 それを聞いたシュミットは本気で言ってるの? と確認するように左目を見開き、その灰色の瞳で三人の方を見つめられた正多と史家は全力で頷いて見せた。


「この名前じゃダメですか?」


 視線を落としていたロッテは自身なさげにシュミットを見つめると、シュミットはすぐに目を逸した。


「別にダメって訳じゃない。設立は理事会で承認されてるし、後は君たちが好き名前を付けて申請するだけ。でもさ」


 シュミットは大きくため息をついた後に、


「長いとは思わなかった?」


 と少し呆れたように頭に手を当てて呟く。

 それを聞いた三人は納得の理由を前にウンウンと頷いた。


「いや、キミたちが考えた名前でしょ」


「しょーじき、俺も長いと思ってました。あ、名づけ親はコイツです」


 史家は押し付ける様に正多を紹介した。


「おい、みんなで考えた名前って事だったろ」


「長いのは別にいいけど、分かりやすい愛称とか有った方がいいんじゃない?」


 シュミットは奈菜からお悩み相談などの人助けを中心とした部活、という話を聞かされていたため助言する。しかし当の三人、特に男子二人組が考えていた部活動の方針が人助けの部分では無く、まして探偵でもなく、最初の「青春」の部分だったので少しズレていたのだが。


IPAS アイパス とかF.I.S.エフ・アイ・エスとか。シャルロッテに分かりやすく言えば MRMP かな」


 例えとしてシュミットの口から出てくる略称の内、正多と史家は IPAS が国連警察アジア局、F.I.S.は国際国家連合の略称であることを知っていたが、最後の略称は分からなかった。


M R M Pえめえぁえむぴー、って何?」


 正多は首を傾げながら尋ね、同様に史家も首を傾げてロッテの方を見る。


ミュンヘン共和国軍事警察MünchenRepublikMilitärPolizei 。ミュンヘンにあった警察機関の事だよ」


「どこの国のどんな組織か、名前だけで分かるけど、長いし言いづらいだろ? 覚えやすい愛称ってのは定着する物だから有ると無いとでは結構違うと思うけれど」


 シュミットは机の上に置いてあった中型のタブレットを手に取り、ひょいと三人の方へ向けながら、なので正式名称はそれでいいけど、愛称も考えた方がいいんじゃないか、と続けた。


「確かに。人に知ってもらうにはそういうのが必要かもしれない」


 三人の方へと向けられたタブレットを一番近かった史家が受け取りながら答え、タブレットを確認するとそこには部活動申請書が表示されていて、一番上に部活動名が、その下には顧問、部員の名前と確認用のサインを書くスペースあった。


「コレを書き終えれば晴れて部活設立。まぁ、厳密にはセンザキのサインも必要だけど」


「じゃあまず部活名だな」


 史家は付属のペンを使ってスラスラと部活動名前を書いてゆく。


「青春! 探偵! 人助け部! っと」


「なんだそのビックリマーク」


「いいだろ? 勢いがあって」


「部活名に勢いを求めるなよ。ロッテもそう思――」


「ビックリマーク、いいね! 可愛いと思う!」


「部活名に可愛さを求めるの!?」


 書き始めて早々に揉めたが、結局二対一の多数決で部活名には感嘆符ビックリマークが付くことになった。


 続けて史家は部員名を書く欄の一番上に自身の名前を日本語で、確認用のサインをかなり乱雑なアルファベットで書くと、隣に座っていた正多に渡し彼はその下に名前とサインと書き記し、さらに隣に座るロッテへと渡した。


「そういえば、日本人だと名前とサインで言語を分けるけど名前がアルファベットの地域はどんな感じなの?」


 と正多は興味深そうにロッテの手元を眺める。


「人によって色々あるかな。これは日本語の書類だし、私は名前の方を日本語、サインをアルファベットって感じで分けてるよ」


 ロッテは綺麗なカタカナで自身の名前を書くと、続けてサインに「Charlotte N-Brown」と少し崩しながらも丁寧なアルファベットで手早く書き記した。


「綺麗な字だね。カタカナの方も上手」


「えへへ」


 褒められて喜ぶロッテを横目に、チラリとお世辞にも字がキレイとは言えなかった史家の方を見る。


「何見てるんだよ!」


「いや別に。それで愛称の方はどうする?」


「頭文字を取って、青探人あおたんじんとかどうかな? かっこいいと思う!」


 と首をかしげながらロッテが提案する。


「かっこいい……? 奇抜で余計に何部か分からなくなってるような」


「そういう正多はどうなんだよ。ちなみに俺は青春部を押す」


「俺は……」


「じゃあ、人助け部?」


 正多が口を開くよりも先に、ロッテは呟いた。


「あぁ、それシンプルで結構いいんじゃない?」


 史家に聞かれても特段良い愛称を思いつかなかった正多は、ロッテのシンプル且つ無難な”人助け部”という名前にすぐ賛同した。


「確かにそれならどんな部かすぐに分かるな。それいいんじゃないか?」


「えぇ!? いいの!?」


 ロッテからすればアイデアの内の一つ程度の物だったが、正多と史家の反応はかなり好感触で当人は驚いて聞き返す。


「それなら僕も覚えやすいし、じゃあキミら今日から人助け部ってことで」


 驚くロッテの事を気にしない様に、残り二人の賛同を得た「人助け部」という名称をシュミットは手元に戻ってきていたタブレットに記述しようとするが”助”という漢字が何度やっても上手く書けなかったので、仕方なく平仮名で「ひとだすけ部」と書いて申請書を理事長に送信した。


「はい、これで晴れて部活動設立。それじゃあ次は部室に行こうか」


 シュミットは椅子から立つと大きく伸びをしてから、待機室を出る。

 それに続いて廊下に出た三人は部室は一体どこになるんだろうか、と考えていたが答えはすぐに出た。何せシュミットが止まった場所はD-1待機室と同じ四階のD-4教室。つまり、無人の教室を二つしか挟んでいない距離だったからだ。


「この教室、全部使っていいから」


 シュミットがドアを開けて教室の中に入り、三人もそれに続くように中に入るとそこには何もない、だだっ広い教室が広がっていた。


 本当に何もない。


 シュミットの待機室や二年生が授業を受けている教室と同じ四十人前後が入れる大きさだが、室内には椅子や机はもちろん黒板すら設置されておらず、家具という分類に入る物はカーテンぐらいだった。


「何にもないね~」


 教室を見て真っ先にロッテが声を上げると、その声は教室の中で反響した。


「椅子が無いならどこに座ればいいんだろ?」


「やっぱ床か? いやその前に掃除しないとダメかもしれないな」


 正多も史家も殺風景すぎる部屋に当惑していた。


「掃除は昨日したってさ。あと家具は予算を申請して自分で買い揃えてって事らしいよ。椅子だけど……流石に無いのは可哀そうだから僕の待機室にあるソファー持っていっていいよ」


 シュミットは言い終えると上着のポケットからデバイスを取り出しそそくさと廊下に出て誰かと通話を始めた。


「……はい。ちゃんと送れてたみたいで良かったです。こういう電子機器にはまだ馴れなくて。……えっ?」


 教室の中で聞き耳を立てていた三人はシュミットの声から明らかに予想外の事態が起きたことを察し身構えていると、廊下から教室に戻ったシュミットは深呼吸してから口を開いた。


「その、部長って決めてる?」


「部長ですか? ……特に決めてないよな?」


 正多が史家とロッテの顔を見ると二人は頷いた。


「えっとだな、あの部員の名前とサインを書く部分、上二つは部長と副部長の名前を書く所だったらしくて」


「えーと、え? 一番上に書いたのって……俺じゃん!」


「俺は二番目だ……」


「ってことはシカ君が部長で、セータ君が副部長って事?」


「これは確認不足だった僕に非がある。変えたいなら今理事長に連絡するけど……どうする?」


 シュミットはデバイスを手に持ちながら申し訳なさそうに言った。


「別にこのままでいいんじゃないか? 決まって無かったし。まあ俺に部長をやって欲しく無いって言うんだったら譲るけど」


「私はシカ君が部長、セータ君が副部長で意義無しだよ」


「どうせ部長も副部長も必要だし、俺もそのままでいいと思う」


「悪かった。もう一度理事長に電話するから、少し待って」


 シュミットはそう言うと今度は廊下には出ずに通話を始めた。


「大丈夫です。少し説明を忘れていた部分があって……はい。大丈夫です。……分かりました。はい。それでは」


 通話はすぐに終わった。


「センザキのサインは今送ってもらったってさ。つまり、これで正式に部活動が発足だ。えっと、セイシュン……いや、ひとだすけ部。これから頑張ってね」


 シュミットはそれじゃあ、と言って空き教室……もとい部室を後にし、だだっ広い部屋の中には三人が残された。


「これから私たちの部活動が始まるんだよね。なんだかワクワクしてきた!」


「まだ実感はわかないけどね。最初の活動はまず椅子を買わないと」


「部長って何すればいいんだろ。まあいいか、活動してれば分かるだろうし、とにかく今は椅子の予算を申請するためにシュミット先生のトコ行くか」


 ロッテは今さっき別れたばっかりなのにね、と楽しそうに笑いながら言う。


「その前にこう、気合を入れるに掛け声的な物を言った方が始まりらしくないか?」


 正多の提案に史家は確かにと手の平をポンと叩いた。


「お、いいね。それじゃあ……、これから部活動がんばるぞー!」


「「おー!」」


 元気な声が空っぽの教室に響く。

 三人はこれからの部活動への期待を胸に廊下へと歩き始めた。

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