未来的な古い人間

 ――その昔、電柱にはそれぞれの電柱同士をつないで、電話回線や電気を供給するために電線と言う物があった。あれ、電線があったから電柱が立ったのか? ……とにかく電波も電気も無線ソラで飛んでる今時、電線なんて見かけない。


 ――にもかかわらず、どこからか無線で飛んでくる電気を家々に供給するための中継基地として電柱は今日も立っている。本当なら二つセットな物のはずなのに片方だけでも案外上手く生き残れる物だ。


 ――まて、なんでこんな事考えてるんだ? いや、そうだった。これは現実逃避だ。余りにも暇すぎるから気を紛らわそうとしてたんだ。


 正多が周囲を見渡しても、見える物と言えば道を埋め尽くす雪か、頭に雪の積もらせる金髪少女か、雪化粧で真っ白になった電柱ぐらいしか無く、そこら中真っ白だから景色で紛らわす事もできない。そして、付け加えるなら今は、


「寒すぎる」


 正多はボソリと呟いた。


 部活動の名前が決まった翌日の天気は大雪。

 道路の上には雪が積もっていて、通行人の足跡と車の轍を残している。

 そんな、四月にしては極寒ともいえる中で正多は白い息を吐き、呼吸の度に体内に入ってくる冷たい空気に体を震わせながらバスを待っていた。


「あと少しで五月だっていうのに寒すぎるよな、まったく」


 彼の隣に立つ史家も同じく白い息を吐きながら愚痴を言う。


「早く来ないかな~」


 さらにその横に居るロッテは屋根付きのバス停からチラリと顔を覗かせていて、金色の髪には降りしきる雪がすっかり積もってしまっていた。


「ロッテ、頭冷たくないの?」


「冷たいけどバスがどの辺に居るか気になっちゃって」


 ロッテは頭とマフラーに積もった雪を払いつつ言う。


「ロッテちゃん、これ見てみて?」


 そう言って史家はバス停の中にあるディスプレイパネルを指さした。


「この展開どっかで見たような」


 正多は既視感デジャヴ、と言うより確実に史家とロッテが昨日と同じことをやっている事に気が付く。


「え、ここにもあるの!?」


「学校も役所もバス停も市内ならどこでも設置されてるモンだ」


「へぇ~まさかバス停にもあるなんて」


 そういうとロッテは嬉しそうにパネルの前に来ると操作してバスの位置を確認するとすぐそこまで来ていることが分かり、ロッテは改めてバス停の外を見る。


「定時ピッタリ、さすが無人バスだぁ」


 外から見ると窓一切が無いように見える純白の、消しゴムみたいなボディに緑のラインが入った市営バスはロッテがそう言い終えた時にちょうど滑り込んできて、その車体中央にある両開きのドアが開いた。

 さっそくバスに乗り込んだ史家は馴れた手つきで手元の携帯電話型デバイスをバス内のパネルにかざす。


「わ、バスの中にも有るんだ」


 史家に続くロッテは本当にどこにでもあるパネルの存在に驚きながら、その下に有るプラスチック製の乗車券を取り、さらにその後ろからバスに乗り込む正多は史家同様にパネルに腕時計型デバイスをかざして料金を支払って、三人は一番後ろの席に並んで座った。


「あれ、乗車券取ったの私だけ?」


「まぁ、これで払えるからな」


 そう言って史家はロッテにデバイスを見せる。


「ロッテもデバイスは持ってるよね?」


「持ってるけど標準電子決済通貨スタンダード・クレジットは入れてないんだよね」


「入れておいた方が便利じゃないの?」


「現金至上主義者じゃないけど、現物を持ってた方が安心するの」


 そう言うと恐らくは財布が入っているであろうカバンをポンポンと叩く。


「確かにそういう人も居るよな……ふる、いやなんでない」


「ふ、古くないから! ミュンヘンでは現金が中心だっただけだから!」


 史家の言いかけた古いという言葉に反発してロッテは古くないと猛アピールをする。


「冗談冗談、ロッテちゃんは古くないよ」


「そうそう、ロッテは古くない、古くない」


 そんなこんなでロッテを二人がフォローしてると、バス内にあるディスプレイに学校最寄のバス停名が表示され一番近い位置に座っていた史家が降車ボタンを押した。


「そういや、正多の家はバス停から近いらしいけどロッテちゃんの家って遠かったんじゃ?」


 昨日の晩、お互い住んでいる場所が近い事が判明した史家と正多は同じバスで登校する予定を立てロッテも二人と合流することになった。

 しかし今朝合流した際、一番最後に来たロッテの上にはどっさりと雪が積もっていて、正多と二人がかりで雪を払ったほろった事を史家は思い出す。


「うん。あのバス停の近くじゃない無いけど――」


「別に無理しなくても良かったんだよ?」


 正多は心配そうに言う。


「でもさ、こうやって三人一緒に登校するのって漫画みたいで青春っぽいなって思ったから」


「ロッテが言いたいことも分からないことは無いけど……」


「俺たち青春……何だっけ。まあとにかく青春する部活を作ったんだから、積極的に部活動をするなんてさすがロッテちゃん」


「活動はいいけど風邪は引かないようにね」


「はーい。あと部活名は青春・探偵・人助け部だったはずだよ」


「改めて聞くと語感はいいけど長いな」


お前セイタが名付け親だろ」


 史家がツッコミを入れると、ちょうどバスが停車する。

 ロッテだけ現金で料金を支払うと、三人は一路学校へと向かって歩き出した。



 二日目の学校には昨日のような特別感は無く、ごく普通にSHRで始まり授業もごく普通に進んでゆく。

 転校生である正多も前の学校に比べて時間割の配分が少し違う事を除けば、わざわざ慣れるような事も無く順応できていた。


「遅筋と速筋は名前通り役割が違う事に加えて、その大きさが違い――」


 宗谷が教壇に立つ体育。


「これにingを付けると現在完了進行形になるので――」


 シュミットの英語。


「こうして1984年の11月にベルリンの壁が崩壊すると――」


 通信派遣教師の世界史。


 世界史の授業が終わると、教壇の上に立っていた世界史の講師の姿が薄れて行き、光の中へと消滅する。


 比喩ではなく文字通りに。


「すごいな」


 正多は驚きながら隣に座る史家に話しかけた。


「だから言ったろ?」


「あんなに綺麗なホロ投影は初めてみたよ」


「最新の三次元的投影装置3Dホログラムらしい。まだ発売されてないモデルらしいけど」


「なんでそんな物あるんだ?」


「さぁ。何処から持ってきたんだろうなアレ」


 そんな会話をしている二人の間に教室に軽快なチャイムの音が響いて昼休みの始まりを告げた。


「この学校さ、あんなホロを出せる機械が有るのにノートも教科書も紙なんてなんかチグハグじゃないか?」


 正多は授業が終わった後も白色の電子黒板タッチパネルディスプレイに授業以降表示されたままの年表図を見ながら言った。


「珍しいっちゃ珍しいのか? 俺はずっと紙だったからあんまり実感無いけど」


「今時、紙の本だって珍しいのに。教科書もノートも紙なんて史家も大概古い人間なんだな」


「うぐ、確かにロッテちゃんの事言えないな。てかそういうお前はどうなんだよ」


「紙のノートなんて小学校以来だよ」


「ほう。ではそんな電子機器に慣れた都会っ子の正多に一つ雑学を教えるとだな? どんな技術でも維持するために最低限は需要って物が必要なんだ。特に紙みたいな代用できるけど無くなると困る物とか」


「なるほど、製紙技術を維持するために生産されてるのがこの紙製の教科書とノートって事か。そんな雑学よく知ってるな」


「親父が製紙工場で働いてるし地元アサヒカワも製紙業が盛んな場所だからな」


「あ、これもしかして卒業したら稼業継いで紙を作るって話?」


「いや違うが?」


 昼休みは食事や会話に興じているとすぐに終わってしまう。

 その後生徒たちを待っているのは億劫な授業、しかし残りの授業を乗り切ればSHRで終わりだ。


 まだ慣れないシュミットに代わって奈菜が主導するSHRでは、彼女が黒板の前に立って連絡事項諸々を話している。


「まあ、そんな訳で次部活ね、朝も言ったけど今日から部活動開始。それに先立って部活事に連絡があるから部長は顧問の所に行ってね。私も宗谷先生も待機室にいるから忘れないように」


 連絡が終わるが終わるとすぐにSHRも終わり生徒たちは解放された。

 奈菜が教室を後にするのに対してシュミットはロッテの席へと歩みを進めて何やら声を掛けている


「あれ、シュミット先生がロッテと話してる」


「ほんとだ。て、こっち来たぞ」


 正多と史家がロッテの方を眺めていると話終えたシュミットがその足で二人の席の方へと進む。


「キミたち二人がシャルロッテと部活を作る子だよね?」


 シュミットは正多の席の隣に立つと二人に話しかけ、その言葉に二人は頷いて見せた。


「確かナミキとロクタチ。で、どっちがどっち?」


「こっちが波木であっちが録達です」


 正多は自分と史家に指をさして答える。


「わかった。それで、まあ二人に話がある訳だけど」


 そこまで言うとシュミットは振り返りロッテの席の方を見る。

 それに合わせて二人も視線をシュミットからロッテの方へと移すと、彼女がすたすたとこちらに向かってくるのが分かった。


「お待たせしました~」


「これで三人。四人いるって聞いてたんだけど、センザキって子の席はどこかな」


 三人はミソラの席の方を見るが、そこには彼女の影も形も無かった。


「あれ、もう帰ったのか? 参ったな……」


「えと、先生。ミソラちゃんはユーレー部員らしいので」


「ユーレー部員? 何それ」


「名前だけ参加して、活動には参加しない人の事らしいです」


「居ないなら仕方ないか」


「あのー」


 正多がシュミットに声をかける。


「部活の話だって事は分かるんですけど、具体的にどういった要件で……」


「あぁごめん、時間も惜しいし歩きながら話そうか。ついてきてくれるかな? 荷物は持たなくていいから」


 そういうとシュミットは廊下の方へと歩みを進める。

 三人は結局何の話か分からないままついて行くことになった。

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