名前と方針

「ナナ先生の待機室ってどこにあるの?」


 史家の後ろに付いて正多と共に廊下を歩くロッテは首をかしげながら問いかける。


「三階のC-1だ。そこの階段登ってすぐの部屋」


「へー、じゃあほかの先生は?」


「宗谷先生が一階で教頭先生が二階。この順だとシュミット先生は四階なんじゃないかな? 当てずっぽうだけど」


 史家の言う通り三人が階段を上るとすぐに第三教員待機室と書かれた部屋にたどり着く。しかし、ドアの横に設置されていたディスプレイパネルには”空室”の文字が表示されていた。


「おぉ! タッチパネルだ!」


 校内に設置されているディスプレイに驚くロッテに対して、日本では割と一般的である正多が教えると「一般的」という部分にまたしてもロッテは驚いた。


「先生、今保健室にいるみたいだぞ」


「そのパネルで分かるの?」


 何やら操作していた史家がパネルを見るように言うとロッテは興味津々に凝視する。すると、そこには青い背景に校舎の見取り図が映し出されていて、右手側には1F~4Fの四つのタブが有り現在はその中の2Fが選択され保健室に”加藤奈菜”の文字が表示されていた。


「便利だね~。これがあれば先生を探し回らなくていいんだ」


「そういう事。この学校には職員室と待機室にしかないけど、金があるとこなら全部の教室にパネルがあるらしいな。そうだろ? 正多」


「なんで俺に振るの? ……まあ、あったけど」


「ほらな、俺の読み通りだ」


「さっすがシカ君」


「駄弁って無いで早く行こう」


 正多は呆れたように言うと二人に先立って階段を下りてゆく。二人も正多を追う形で二階まで降り、保健室へ向かった。

 先頭を歩き保健室に一番早くたどり着いた正多はドアをノックすると室内へを歩みを進める。


「あ、正多君。どうしたの? 初日から怪我しちゃった感じ?」


 奈菜は正多が保健室に来たことを驚きながらも、正多の後ろに史家とロッテが居ることに気が付いて頭を捻らせる。


「実は相談があって」


「相談? それって後ろの二人も関係ある事?」


 正多が首をを縦に振ると奈菜は手をひょいひょいと動かして史家とロッテに近くに来るように促す。


「で、相談って?」


「実は俺たち部活を作ろうと思ってて」


 そこまで言うと奈菜の神妙な面持ちは明るくなる。


「なーんだ、そんなことか。気を揉んで損したよ。それで、私の所に来たってことは文系の部活を作るのかな。もしかして漫画部とか?」


「いやぁ、その」


 奈菜の言葉に三人は顔を見合わせる。


「何部か決まってないんです」


「え?」


「だから何部か決まってないんです。決まったのは……」


 正多はそこまで言って言葉を詰まらせる。

 正直先生の前で”青春をする部活”なんて言いたくない正多は史家にアイコンタクトを送るってみるが「自由な部活です!」とその続きを言ったのは史家ではなくロッテだった。


「自由……ねぇ。自由な部活は構わないけど、方向性と言うかまず何部か決まらない事には申請書も書けないんじゃない?」


「なのでナナ先生に相談しに来たんです……」


「なるほど。その前に発起人は誰かな? あとここに三人しか居ないけどそれは大丈夫?」


 奈菜の質問に史家が手を上げる。


「発起人は史家君ね。前に部活には入らないって言ってたけど、何か心境の変化でもあった?」


「まぁ、その自分で部活作る分には入ってみてもいいかなと思って」


「なるほどね」


 そう言って奈菜は腕を組みウンウンと首を縦に振るといい事だね、と付け食える。


「それで部員の方は?」


「ここには居ないんですけど同じ学年のミソラが入部してくれる事になりました」


千崎せんざきミソラちゃんだね」


「はい」


「入部届には本人のサインが必要なんだけどもらってきた?」


「「え?」」


 それを聞いて三人はまた顔を見合わせた。


「もらってない、か。まあ大丈夫、サインはこっちで連絡付けておくから。それで本題に戻るけど具体的な活動内容とかはあるのかな?」


 奈菜は史家の方を向いて語りかける。


「一応は……」


「じゃあ、それを聞かせて? 何か考え着くかもしれないし」


 史家には正多に声をかけた時のような威勢の良さがなくなっていて、どこかバツが悪そうに話し始める。


「その、青春が……したいんです」


「ふむふむ、なるほどね」


 奈菜は史家の何とも曖昧な言葉を笑ったり指摘したりはせずに真摯に向き合っている。


「二人の方は何かあるかな?」


「私、猫探しがしたいです!」


「猫探し? なんでまた」


「漫画で主人公たちが迷子の猫を探すっていうのあるじゃないですか、ああいう事をしてみたいなって」


 とロッテは勧誘された時のことを思い出しながら言う。


「……まあ猫はいいとして、正多君はどう?」


「俺は、史家と同じで青春ってやつを体験してみたいな、とは思います。もちろん具体的じゃないのは分かってるんですけど」


「三人の意見をまとめると、自由で青春で猫探しする部ってことだね。アイデアは面白いと思うよ?」


 奈菜は微笑みながら続ける。


「私も漫画なり小説なりは読むほうだけど、あいう謎部活っていうか、そういうのを実際に作ろうとする行動力はすごいと思うし、一日で設立まで持ちこめるのはすごい事だよ」


 奈菜は「でも」と付け加えてさらに続ける。


「事実は小説より奇なりとは言うけれど、この内容じゃさすがに設立の許可は下りないと思う。あと一押し、何か現実的な物を用意できないかな? 大がかりな物じゃなくても学校の理事会に予算を通せる具合の奴を」


 その言葉に三人は頭を捻らせ、それを見守る奈菜もまた同じように考えを巡らせる。


「……お悩み相談……いや、困ってる人を助ける、とか」


「お、いいんじゃない? それ」


 そんなとても通るとは思えない、自身な下げな感じな史家とは違い奈菜はその言葉に反応する。


「え?」


「人を助ける。ほら、漫画の展開でも一話完結のお悩み相談回とかするし、青春も、まあ上手い事誤魔化せば予算は自由に使えるからそれで青春を楽しむってことで」


「ナナ先生! それいいと思います! 青春猫探しお悩み相談部!」


「えっ全部入れちゃうの!?」


「ダメでしょうか……?」


「いや、ダメっていうか、ごちゃごちゃしてるから驚いて」


「た、確かに……」


「じゃあ相談部でどうだ、シンプルだろ」


 史家は腕を組みながらシンプルイズベストだ、と言った感じで名乗りを上げ、ロッテもシンプルなのはいいね~と言った感じに頷くが正多はシンプルだけど相談中心の部活ではないのでは? と疑問を口にした。


「私はもうアイデア出したから部活名は三人で考えてね~。提出はまた明日以降にゆっくりで構わないから」


 奈菜は机に頬杖をつきながら語り合う三人組を楽しそうに眺めながら言った。


「確かにそうですね。ナナ先生、今日はありがとうございました!」


「いえいえ、どういたしまして」


「こんな話保健室でするもんじゃないですよね、そもそも」


 正多はふと思った事を口に出す。


「まあ、保健室にほかの生徒が居たら追い出してるけど、今はいないから大丈夫ってことで。部活の話は私が理事会に報告しておくから、明日をお楽しみにね」


 三人は保健室を後にし、教室に戻る廊下でも部活名に関する議論は続いていたが結局決まらずに帰宅後に通話で考えることになったため、連絡先を交換して帰路に着く。三人とも今日という日がやけに長く感じた。

 それは決して退屈だったからなどではなく、多くの未知の体験したからだ。


 そして日の夜、三人はグループ通話を用いて今だに議論を続けていた。


「青春の文字をどうにかして入れたいんだって!」


「名前に”青春”なんて入れる部活聞いたことないぞ」


「だからいいんだろ。そもそもこんな謎部活、実際に作る奴なんてそうそういないんだから名前が多少変わっててもいいじゃないか」


「シカ君の言う通り少し変わった名前の方が個性を出せるんじゃない?」


「個性って言ったって」


 足掛け数時間に渡る部活名議論の中、史家とロッテの奇抜なネーミングの数々に正多は圧倒されていた。


「青春!猫と人助け部!とかどうだろう? 猫を探して、人助けをして青春もする、一石三鳥な名前じゃない?」


「ロッテ、別に猫を助ける部活じゃないからな?」


「そっかぁ」


「でも”人助け部”の所はいいアイデアだと思う。史家の望み通り青春も入れるなら、青春・人助け部とか?」


「いーや正多、足りないね」


「いや十二分だろ。”青春”も”人助け部”も、両方だいぶ奇抜なのに」


「奇抜さじゃない。俺たちはロッテちゃんを猫探しとかもできる部活だって言って誘ったんだぞ? やっぱり猫要素が必要だろ!」


「そこかよ!」


「別に無理して入れなくても大丈夫だよ?」


「猫、猫かぁ、動物が出てくるとなぁ。略して青春、猫探し、人助け……略して青春人探しーじゃ意味が違ってくるよなぁ。ふわぁ」


 名前を考えながらも睡魔がすぐそこまで迫ってきているのを感じていた正多は大きくあくびをして机の上に置かれていた時計を横目で見る。

 そこには21:03と表示されていた。

 高校生の彼からしてみれば遅い時間ではないが、それでも怒涛の一日を過ごした後だといつも以上に疲れも出ていた。


「人、猫、探し……ん? これは……はっ!? そうだ! 青春探偵部にしよう!」


 そんな眠気を飛ばすように史家は勢いよく発言する。


「いやいや、どっから探偵出てきたんだよ」


「床に探偵小説が転がってたんだ、ほら探偵だって依頼があれば猫探すだろ?」


「段々と原型が無くなってきちゃってるね~」


「ほんとだよ。人助け部どこ行った」


「探偵はお悩み相談して人を助ける。ほら、人助け部要素あった」


「強引」


「でも探偵っていうのはいいと思うな~。高校生探偵なんて、漫画みたいでカッコイイ!」


「別に部活なだけで探偵になる訳じゃないけどね? うーん、でもロッテも良いっていってるなら……」


「お! やっと賛成票を入れてくれるのか!」


「いっその事全部混ぜるか」


「いやそれ、正多がごちゃごちゃしてるって言って拒否った奴じゃねぇか!」


「そうだけど……でも、青春、探偵、人助け部。長いけど、語感もいいしもうこれで良いんじゃない?」


 正多は眠気眼で提案した。


「青春・探偵・人助け部か~。全部いいとこ取りって感じだね。私は賛成!」


「まあ、それなら全部入ってるし、俺も賛成。しっかし正多、最後の最後でいいとこ取りするなんてズルい奴だなぁ」


「別にそう言うつもりじゃない。探偵って言いだしたのは史家だろ?」


「そうそう、この名前はみんなで考えた名前ってことで、一件落着! 明日みんなでナナ先生に報告しに行こっ」


 議論が終結を見ると、三人とも大きなあくびをする。

 そのあくびを合図にするように三人はおやすみ、と挨拶もほどほどに済ませて、通話を閉じた。

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