四人目

 ロッテはミソラが座る席へと近づいてゆく。

 しかし、その足取りから彼女が緊張しているのが丸分かりであり、見守る正多と史家もなんだか緊張してきていた。


「あ、あのぉ~こ、こんにちわ~」


「……」


 ロッテはミソラの席まで来ると自身無さげに声をかけるが、その声が届いていないかの様にミソラは黙々と机に向き合って勉強をしている。


「あ、あのぉ~」


「……」


 今度は少し大きめの声で話しかけてみるが相変わらず返事をしない。

 実のところロッテの声はミソラに聞こえていたのだが、彼女は面倒くさい事に巻き込まれたくなかったため無視していた。


 しかし、そんな事など知らないロッテは彼女の気を引く手段がほかに無いため、肩を軽く叩いてみることにした。


「……ひゃっ!? えっ!?」


 ロッテはミソラの肩をかなり優しめに叩いたのだが、ロッテの取った予想外の行動に思わず反応して声を上げ勢いよく振り返る。


「な、なに……?」


「あの、えっと」


 予想よりもはるか上を行く反応をしたミソラにロッテの方を驚いてしまって、言葉が出てこない。ミソラはロッテの顔をまじまじと見つめると自身の耳の裏からイヤホンを外し警戒した面持ちで「何か用?」と質問した。


「その、えっと」


「言いたいことがあるなら早く言って?」


「わ、私と一緒に、その」


「……?」


 ロッテはどうやって話を切り出したらいいか分からず、頭にぱっと浮かんだ正多のセリフを借りることにしたが、途中で恥ずかしくなって言葉が最後まで出ずに「なんて説明したらいいか分からなくて」ロッテは誤魔化すように言うが、


「あなたが分からないんじゃ、わたしも分からないんだけど」


 ミソラからは当然の反応が返ってきて、お互いに困り顔を浮かべながら微妙な沈黙が挟まった。


「……」


「い、今、何をしてるのかなぁ~なんて」


 ロッテは擦れそうな声を必死に出して、震える声で誤魔化すように質問する。


「え? 今は自習してるけど。って露骨に話逸らしてきたね」


「うぅ……」


 ミソラの指摘に小さくなるロッテを見ながら呆れたようにため息をついて、周囲を見渡す。


「あ、ほら。あそこの二人、こっち見てる」


「え?」


 そう言うとミソラは正多と史家の方を指さし、突然指をさされた二人組は驚きながら、目を逸らす。


「話相手が欲しいならあっちに行ったら?」


「えっと、あの二人とはもう話したっていうか友達というか」


「そうなんだ。じゃあ何、この教室にいる人間全員と友達になろうとしてるとか? 私、人付き合いは得意じゃないから」


 そう言って再びイヤホンを耳につけようとするミソラをロッテは「もう少しだけまって」と静止する。


「早く本題を言って、暇じゃないから」


「実はその今、部員集めをしてて……」


「そう。で、私にその部活に入ってほしいの?」


「そ、そういう事です……」


 おろおろとしながら言葉を紡ぐロッテをミソラの瞳が射貫く。


「はぁ。だから人付き合いは苦手なんだってば、それに部活するような時間無いし」


「勉強で忙しいの?」


「勉強じゃなくて仕事、いやそこはどうでもいいんだけど、とにかく部活には入れない」


 ロッテは自身の手を顔の前で合わせて、ミソラに頼み込む。


「お、お願い! どうしてもあと一人必要なの」


「あと一人?」


「今、人が三人しかいなくて、あと一人いないと部活を設立できないの。もうみんな部活を決めちゃってて、他に頼れる人もいない……からお願いしますっ」


 そう言うとロッテは大きく頭を下げる。まるで人生でも掛かっているかのように懇願する彼女の対してミソラは困惑しながらとりあえず頭を上げて、と声をかける。


「ど、どうしてもあと一人必要なのっ」


「わかったから、とにかく頭上げてってば。これじゃ、私が悪者みたいだから」


 ミソラの指摘を受けてロッテは頭を上げて、彼女と同じく周囲を見渡すが、教室に残っていた少数の生徒たちの視線がこちらに集まっているのが分かった。


「あ、その、こんなつもりじゃなくって」


「いいから」


 ミソラは呆れたよう大きくため息をついて続ける。


「部活に入る。これでいいでしょ?」


「ほ、ホントに!?」


「あなたが入るように言ったんでしょ。入るけど一つ条件がある」


「じょ、条件とは」


「幽霊部員」


「ゆ、ユーレー部員?」


「部活動に参加しない名前だけの部員って事。そもそも何部かも聞いてないけど、聞く気も無いから。わたしの名前、悪用さえしなければ部員として使っていいよ」


「ほ、ほんとにいいの?」


「部員必要なんでしょ? これで晴れて部活設立。じゃ、わたし勉強に戻るから」


 特段興味を持っていない様に述べると、ずっと手に持っていた小さく音の漏れているイヤホンを耳の裏につけて視線をロッテの方から机に戻して勉強へと戻る。


 本当に部活に何の興味を持っていない事に気が付いたロッテは部活動が設立できる事と、何の興味も持たないミソラを無理に入部させてしまった事で複雑な気持ちになり、少ししょぼくれながら正多と史家の席へと歩みを進めた。


「さすがロッテちゃん」


「なんだか無理やり入部させちゃったみたいで。何というかモヤモヤが……」


 ロッテは二人の顔から机へと視線を落とす。


「ロッテのおかげで部活が作れる訳だし本当に感謝してるよ。ありがとう」


「そうそう。幽霊部員とはいえ、ロッテちゃんが声をかけてくれなかったら計画は頓挫だったわけで」


 落ち込むロッテを二人が元気づけようと声をかける。その声で気持ちが晴れた訳では無いが、気持ちが少しだけ楽になったのは事実だった。


「次は職員室に行く?」


「そうだね。史家、職員室はどこにあるんだ?」


「あ、そっか、二人は転校生だから知らないのか」


 相談をするロッテと正多を見て、史家は何やら頷いて見せた。


「知らないって何の事だ?」


「この学校、職員室に教師居ないんだよ」


「えー!? 何それ」


 驚きの声を上げるロッテを見て軽く笑いながら史家は続ける。


「この学校空き部屋が多いから、常任教師には個別に待機室が与えられてるんだ。だから先生に合いに行くにはそっちに行かないと」


「そうやって空き教室を減らしてるのか」


「減らしてるったって三部屋だけだから誤差だけどな、まあとにかく教師はバラバラな場所に居るわけで会いに行く先生を決めないと」


 ロッテは首を傾げて考えながら、


「そもそもこの部活は文系? 体育系?」


「ロッテちゃん、いいところに気が付いたな。俺も今それ思ったトコだ」


「えぇと、顧問の先生がその区分で二人に分けられてるんだよね? だったら先にこの部活の方針を決めないといけないんじゃ?」


 ロッテが頭を捻らせて考えるが、そもそもフワフワとした感じの部活動構想だったため、人数不足の次は方針の壁にぶち当たる。しかし、このまま考えていても仕方がないと思った史家が「副担任だし、奈菜先生のとこに相談しに行かないか?」と提案し、三人で奈菜の待機室へと向かう事になった。

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