勧誘
「………………ん、……え? 何て?」
最初に口を開いたのはロッテだった。
「何々、新手の告白か何か?」
と、そんな様子を眺めていた彩里が茶化すように言う。
「違う違う。いや違くはないんだけど、正多、お前一番重要な部分忘れてるぞ」
「あ、あのな、俺たちと部活を作らないかって話で」
上手く説明できなかった正多は肩を落とすが、史家はよく頑張ったと言わんばかりに肩を軽く叩く。
「部活?」
「つまり、正多と俺で部活を作ろうって話になってロッテちゃんに声をかけたんだ」
「おっと、あたしが絶賛勧誘中のロッテと正多を奪おうなんて。いい度胸じゃん」
彩里は会話に割り込んでわざとらしく喧嘩腰で史家に向き直る。
「別に奪おうって訳じゃ、てか正多は最初からこっち側だろ!」
「まぁまぁ、二人共」
一触即発状態の二人にロッテが間に割って入る。
「サイリちゃんはサッカー部なんだよね? じゃあシカ君とセータ君の部活は何部なの?」
「「何部?」」
その質問に正多と史家は息を合わせたように同じ言葉を発してお互いに顔を見合わせた。理由は当然、
「なあ史家、俺たちが作ろうとしてる部活って――」
「何部なんだ……」
「えぇ!?」
誘っておいて何部かも分かっていない正多と史家に、ロッテも彩里も唖然としながら、驚いて声を上げた。
「ロッテを誘うもんだから、てっきりなんかすんごい部活でも始めるモンだと思ってたけど、見切り発車だなんて」
「な、なにぃ」
彩里は飽きれたように言うと、史家はその言葉に突っかかる。
「だってさ、ロッテが勧誘受けてる部活ってウチだけじゃないでしょ?」
「そうなの? ロッテ」
「えーっと、一応いろんな部活に勧誘されてるかな」
「すごいな」
「さすが人気者」
なんとなく予想はできていた事だったが、実際本人の口から言われると正多も史家も驚いて声を上げた。
「人気者なんてそんな――」
「だから言ったでしょ? あたしもロッテを落とすのに今頑張ってるところなんだからホラ帰った帰った」
「いや、まだだ、部活名はともかく何をするかは決まってるんだ」
彩里からしっしっ、と手を払われる史家はこれだけでは終われない、と言った感じで食い下がる。
「えっと、それが青春をする……ってやつ?」
「あ、先に言われた」
史家は今から言おうとしたことをロッテに先に言われて調子を崩される。正多はそんな様子を見つつ、
「ロッテ漫画が好きって言ってたろ? ああいうのに出てくるような部活を作ってみないか?」
「えっ漫画? 何その話、初耳なんだけど」
「初耳も何も史家に話してないだろ」
「漫画……部活……」
ロッテは正多の言葉に対して少し興味を持ったらしく、何やら考えている様だった。ここぞとばかりに史家はダメ押しの一撃を食らわせる。
「漫画とかでありがちな、迷子の猫を探す~とか、悩みを聞いて解決したり~とか。ああいう事をする自由な感じの部活、実際にあったら面白そうだって思わないか?」
「猫……自由……面白そう……かも」
「え」
予想外に好感触なロッテの反応を見て彩里は驚いて声を上げる。彩里だけではない、おそらくロッテを部活に誘ったであろう周りの生徒も驚いているし、何なら正多も一緒に驚いているが、そんな中で史家は一人ガッツポーズをしていた。
「うん、そうしよう。ピンと来た物は迷わずそれにするって決めてるから。私、セータ君とシカ君の部活に入るよ」
「まさかの大成功だ」
「よっしゃぁ!」
喜んではいるが、正多と史家の反応は真反対だった。
「で、えーと、で具体的に何するの? 聞いた感じだと猫探し部になっちゃうけど、青春っていうのは……?」
「ロッテちゃんもソレ聞くのか。二度目だけど説明を――」
「あぁっと、史家、ストップ!」
また夕陽だの水着回だの言いだそうとした史家に、下手な事を言ってロッテが引くことを恐れた正多が割り込むように声を上げ、具体的な活動内容は部員みんなで決めていかないか、と言ってから「自由な部活を目指すわけだし」と付け加える。
「確かにそうだね」
ロッテは嬉しそうに返事をした。
「はぁ、ロッテの勧誘失敗かぁ」
「ごめんね、サイリちゃん、みんなも」
周りにいる生徒たちにロッテは声をかける。
「ううん、謝らなくても大丈夫。ロッテのやってみたい部活に入るのが一番だよ。まあよくわからない部活に負けたのは悔しいけどさ」
「こ、これからよくわかる部活になるよ。たぶん」
「がんばってね。あたしは、一年の勧誘に行ってくるわ。それじゃロッテ」
「うん、またね」
彩里は軽く手を振ると自身のカバンとコートを持って教室から出て行った。
どうやら集まっていたほかの生徒たちもほとんどが勧誘だったらしく、それぞれロッテに挨拶を告げて分かれて行く。
「集まってたのみんな勧誘だったのか、すごいなロッテ」
「ほんとに良かったのか? ロッテちゃんみたいな人気者が俺たちと一緒で」
ロッテは人気に驚く二人にえへへと照れ笑いを浮かべる。
一方で、誘っておいて不安になってきた史家は心配そうに問いかけた。
「私はサイリちゃんが言った通り、中途半端な物を選んじゃうよりも自分が一番したいって思えた部活に入るのが一番だと思うな~」
ロッテのド正論な意見に正多も史家も何も言い返せなくなった。
「えっと、これからどうするの?」
「そうだな、どうする? 正多」
「なんで俺に回ってくるの? うーん、とりあえず人数集めの継続じゃないか? 四人必要なんだから」
「ロッテちゃんを勧誘できて終わった気になってたわ」
「う~ん、あと一人かぁ」
「ロッテは誰か心当たりとかあるの?」
軽く考えるようなしぐさをしたロッテに正多は問いかける。
「今この教室に残ってる人ってみんな部活決めちゃってるんじゃないかな? たぶんだけど」
マジで? と驚いたように聞く史家に対してロッテはマジマジ、と頷きながら答えてそれを聞いた正多はチラリと史家の方を見た。
「部活が決まってない方が少数派で、史家はその少数派だったと。いやむしろ史家以外みんな部活決めてたまであるな」
「いやいや、ないない、俺だけじゃない……たぶん……」
史家は首を大きく振って否定するが、その可能性は無くは無かったので少し言葉に詰まった。
「今教室に残ってる人は、決まってる可能性が高いな」
正多がふと気が付くと教卓の前にいた生徒たちがいつの間にか居なくなっている上に、そもそも教室にいる生徒の数自体だいぶ少なくなっていた。
彼らが居なくなったタイミングは恐らくだがついさっきぐらいなので、ロッテの勧誘に失敗して一年生の勧誘にでも行ったのだろうと――これは同時に二年生ではロッテ以外に勧誘できる人間が居ないとも取れる――推測を立てた。
「あ。そういや、部活決まってない奴の心当たりあるかも」
史家はロッテの席から周囲をぐるりと見渡すと二人に小声で話しかける。
「なぁ、あのドア側の席に座ってる奴、見えるか?」
史家の見る方向には人の座っている席が一つだけであり、すぐに誰のことを指しているかわかった。
「なんで小声なんだ? って生徒なんてほとんど帰ってるんだから見えるに決まってるだろ」
正多のツッコミを他所に史家は小声で続ける。
「あいつ、確か一年の時から物静かで友達と話してる所とか見たこと無いんだよ」
「つまりお前と同族か」
「ちがうっての! ……ゴホン、それでな」
史家は一瞬声を荒げたがすぐに小声に戻る。
「あいつならまだ部活に入ってないんじゃないか? たぶん誘われるようなタイプじゃないし」
「よく見てるな」
「まあ、友達が居ないと周囲を観察するぐらいしか――」
「あ、今自分で同族だって言った」
「言ってないわ!」
「ふふっ」
二人の漫才のような会話を席で聞いていたロッテは笑みを浮かべて話始める。
「えーと、つまりあの子を部活に誘おうって事でいいのかな?」
「そういう事。ロッテちゃんは物分かりがいいなぁ!」
史家はどこかの誰かさんとは違って、と言わんばかり嬉しそうな表情で語った。
「それであの子の事何か知ってるの? 俺たちが急に声かけても話すら聞いてくれなさそうだけど」
正多はまるで周囲と壁でもあるかのように黙々と机に向き合って自習をしている少女を見ながら言う。
「何か知ってるって言われても。うーん、確か名前は……ミソラだっけ。それ以上は知らん」
「名前はミソラちゃんか……」
ロッテはうんうんと頷きながら答える。
「いや、名前だけかよ」
「逆にそれ以外の何を知ってると思ったんだよ。…………あ、前に歌の歌詞が書いてある小さい紙を落としてさ、俺が拾ったことがあったんだ。だから歌とか音楽とか、そういうのが好きなのかも」
「なるほど、歌に音楽。っていやいや、俺たち少なくとも音楽部ではないんだけど? まぁ、それが誰の歌か分かれば、話を合わせて多少チャンスは――」
「紙っ切れ一枚拾っただけだぞ? それ以上分かった方が怖いだろ」
まあな、と冷静に返す正多。
そんな中、二人の会話を聞いていたロッテは自身の席からばっと勢いよく立った。
「さっきは二人が私を誘ってくれたわけだし、今度は私が誘いにいくよ!」
「大丈夫か? ロッテ」
「うん! みんなで押し掛けるよりも私一人で行った方が話しやすいと思うし。だから私、がんばるよ!」
「がんばってくれ~ロッテちゃん。俺たちの青春は全て君に託したぞ~」
「随分大げさな」
ロッテは席を立つと、彼女が座っていた窓側の席とは反対側にあるミソラの席へと歩みを進める。そんな彼女の雄姿を見守るべく二人もロッテの席から移動して、座席で言うと真ん中奥にある二人の席へと戻り、聞き耳を立てることにした。
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