人気者
ホームルームが終わって元々緩めだった教室の空気がさらに緩んだ。
生徒たちはジャンパーやコートを着て帰宅の準備を始める人や鞄から勉強道具を出して自習をしようとする人、休み時間のように集まって話し込む人など様々で、教卓の周りには何人かの生徒が集まり、俺たちの部活に入る奴はいないか! と声を上げていて、
「っはぁ~、いいよなぁ部活」
と、そんな生徒たちを見ている史家は頬杖を突きながら恨めしそうに言った。
「史家は何か部活に入るの?」
「いいや、入らん」
「でもいま『いいなぁ~』って」
「ほら、運動系の部活ってやっぱ練習キツイじゃん。走り込みとか」
「じゃあ文系の部活は? 音楽はともかく、練習で体力は使わなさそうだし」
正多に対して史家は、違う違う、と人差し指を立てて横に振る。
「音楽も、絵も俺ってセンス無いんだよ。小説は好きなんだけど、娯楽として好きなだけでさ、別に文芸としてって訳じゃないんだよなぁ」
「別にそれ文芸部でいいんじゃないの?」
「いや~違うんだよ正多君。違う違う」
今度は口に出しながらわざとらしく首を振る。
「俺はなんていうか、小説を読むけど文章はあんまり見てないんだよ」
「いや、文章以外の何見てるの」
「俺は文学じゃなくて小説を一つの世界としてみてるのさ。つまり、文字そのものじゃなくて物語っていう世界を読んでるわけよ」
「随分と大層な話で」
正多は少し呆れたように言うが、当の史家はそんなことなど特段気にしてはいないように続ける。
「娯楽なんて難しく考えなくていいんだよ。俺は最近青春小説にはまってるんだけど、正多は小説とか読むのか?」
「あんまり読まないかな。って青春小説?」
ロッテが読んでいたような青春漫画と言うのは、今も昔もかなりメジャーなジャンルで様々な世代に広く読まれる物だが、対して青春小説は純文学よりな物が多く、思ったより硬派な小説を読んでるんだな、と正多は驚いて聞き返した。
「友達の悩みを友情パワーで解決したり、ひと夏の恋とかする奴。人生でたった一度の高校二年生なんだからさ、俺もあんな感じの青春を送ってみたいよなぁ」
「青春を送りたいなら、それこそ運動系の部活に入るのが手っ取り早いと思うんだけど?」
「うーん、う~む」
正多の声は聞こえていないようで、史家の方からはいかにも悩んでますよ、と言ったアピール交じりの声が聞こえる。
「どうかしたの? やっぱり運動系の部活に入る? 俺サッカーなら多少できるけど、何なら一緒に――」
「いや」
正多の言葉を思いっ切り遮ってから、史家は大きく深呼吸をすると思い切った様に彼の方を向いて、
「なぁ、俺と青春する部活作ってみないか?」
「は?」
史家から、突如として飛んできた提案に正多は思わずあっけに取られた。
「せっかく知り合えた訳だし、この機会に部活作ってみたいなって。ほら、学園コメディとかにあるじゃん。良く分かんない感じの緩い部活。あんな感じのをさ」
「まあ、何が言いたいかはわかるよ? 面白そうだとも思うけど」
「お! つまりはOKって事か?」
「いやまず”青春する部活”の意味を教えて欲しいんだけど。特に活動内容とか」
「そりゃ、その、部活を作れば青春するきっかけができるはず……いやする! 俺は青春する! つまり青春するための部活を作るんだ! それが活動内容だ!」
「えぇ……」
「なんだよその反応」
正多はフワフワ過ぎる活動内容に対して、困惑した表情を向ける。
「いや、それのどこら辺が説明になってるんだよ。何するか全く分からないんだけど?」
「そりゃぁ、その、青春と言ったら夕陽に向かって走ってみたり」
「安直っていうか古すぎない?」
「あと、海行ったり。ほら、水着回ってやつだ」
「男二人だけなんだけど?」
「そこは水着を見る会、略して水着会ってことで」
「もうそれフィッシング詐欺の類だろ。……海だけに」
「お、正多も乗ってるねぇ! サーフィンみた――」
「ともかく、部活を作るっていうのは面白そうだし、興味もあるけど」
正多は無理やり話を戻すが、その返事は聞かぬままに
「そうだろ! そう言ってくれると思ってたぜ!」
と史家は嬉しそうに返事をして席から立ちあがる。
「そうと決まったら、部活設立の申請をしに行こ……って、しまった! 部活って四人集めないと作れないじゃん! 俺たち友達いないのに!」
「それを今言おうと思ってた」
正多は奈菜が話していた内容的になんとなく部活動設立の条件が部員の数である事を理解していた一方で、すっかり忘れていた史家は落胆し肩を落とすように、勢いよく椅子に落ちた。
「一年生に声かけて見る?」
「いや、ムリムリ。俺ら同級生の友達だっていないんだぞ? 後輩に急に声かけて『青春しないか?』なんて、同じ学校じゃなかったらやってることもう不審者だぞ、それ」
「さっきまでノリノリだったのに。まぁ、俺たちが声を掛けられるのって……ロッテぐらいか?」
「いやまぁ、話を聞いてはくれるかもしれないけどさぁ」
そう言って史家はロッテの席の方へと視線を移し、それに合わせるように正多もロッテの方を見る。
「あの人気だぞ?」
相変わらずロッテの席には人だかりができていた。
ワイワイガヤガヤと二人の位置からは何の話をしているのかはさっぱりだが、少なくとも二人よりはずっと人気者だった。
「あれじゃ、部活にも誘われてそうだな」
と、たぶん当たっているであろう正多の意見を聞いた史家は、
「……じゃんけんだ」
とボソッと呟いた。
「え?」
「じゃんけんで『勝った』方がロッテちゃんを部活に誘おう」
「いや、二人で行けばいいんじゃ?」
「俺はいきたくない」
「お前が言い出しっぺだろ」
「はい! じゃーんけーん」
言葉での議論では不利を悟った史家はおおきく振りかぶって、既成事実を作るべく勢いよくジャンケンの姿勢に入った。
「そぉい!」
「えぇ!? 急に!?」
勢いにつられた正多も慌てて拳を出す。
結果、正多がグー、史家がチョキだった。
「と言うわけで勝者の正多君。レッツゴー」
史家は正多に席を立つように促し、正多は仕方なく席から立ってとりあえずロッテの方を観察する。相変わらず生徒たちにに囲まれていて、とてもじゃないが話に行ける状況ではなさそう、と言った感じの感想しか出てこない。
「がんばれって。人間勢いが大事だぞ」
「お前が言うな」
仕方なく、正多は大きく深呼吸をする。
「よし、いくぞ」
いってらー、と手を振る史家を軽くにらんで一歩ずつロッテの席の方へと歩みを進める。正多は緊張し内心さっきのロッテもこんな気持ちだったのかなぁ、と考えた。
「あ、あのロッテ? ちょっといいかな」
集団に割り込む勇気もないため声が聞こえそうなぐらいに近づいてから、声をかけてみると、輪の中心にいるロッテに急に話しかける物だから当然、注目は正多に集まった。
「あ! セータ君! どうしたの?」
「あー、いや、そのなんていうか」
正多はどう説明したらよい物かと煮え切らないような感じで言葉を濁す。
ロッテは何やらもじもじしている正多を見て首をかしげる。
「部活ってもう決めた?」
正多はとりあえずできる限りの変化球で攻めることを決めた。
「あ~それはね—―」
ロッテの返答を遮るように集団の中に居た一人の女子生徒が口を開く。
「今ちょうど部活の話をしてたの。確か君も転校生だよね?」
「ああ、うん、正多だ」
「あたし、
「よ、よろしく」
別に周りを囲んでいた生徒たちに悪い印象を持っていた訳ではないが、思ったよりもフレンドリーで正多は驚いた。
「それで~今、ロッテと何部に入るか話してたんだよね。私サッカーのマネージャーになってさ。ロッテも一緒にどうかなって勧誘してたことなの」
「つまりロッテはサッカー部に入るってこと?」
「私サッカーの経験もマネージャーの経験もないから、まだ迷ってて」
「未経験者大歓迎だから大丈夫だって。そうだ、正多は部活決めたの?」
「え? えーっと」
「どうよ、サッカー部入んない? 部員少なくって困ってるんだよね~。ほら、部員の勧誘もマネージャーの仕事じゃん?」
「サッカー部か……サッカーの経験ならあるけど……」
「おぉ! いいじゃん! ロッテとはもう友達なんだよね? 知り合いは多い方がいいし、二人共一緒に入れば――」
「おおおおおおおおおおおい!」
完全に彩里に流されかけていた正多を止めるようにして、史家が猛ダッシュでロッテがの席に近寄ってくると会話に割り込んだ。
「おいおいおい! ちょ、え? 裏切るの!? 早くも!?」
史家は正多の肩を掴んでブンブンと揺さぶりながら問い詰める。
「あれ? 君は……」
「あ! シカ君だ!」
「あ、や、やあロッテちゃん」
「セータ君もシカ君も二人してどうしたの?」
「いやぁ、えっとだな、ロッテ」
正多はもう本題を切り出すしかないと大きく深呼吸して、
「……俺たちと……青春しないか?」
正多の明らかに足りてない、その言葉の意味が分からずにロッテはキョトンとした。
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