驚き

 理事長の挨拶が終わると彼女の宣言通り始業式はすぐに終わり、生徒たちはそれぞれ体育館から廊下へと移動している。廊下は生徒の声でざわめいているが、その話題の中心はやはり、あの新任教師ヨハネス・シュミットで、正多と史家も他の生徒と同様に彼女の話をしていた。


「まさか担任が隻眼の教師だなんて、想像もしなかった」


「シュミット先生かぁ。美人だし、なんか謎めいた女性って感じで、カッコいいなぁ。ロッテちゃんといい、シュミット先生といい、俺この学校に入ってよかった~」


 嬉しそうに語る史家を横目に正多は、


「この学校さ、シュミット先生以外の教師陣の個性が強いよね、奈菜先生に怖い顔の教頭先生に大柄な先生、あと理事長も」


「確かにキャラ濃いよな。まあでも俺はそんな理事長に文句言ってやりたいよ」


「文句?」


「いやさ、な~んで、ああいう人の挨拶って無駄に長いんだろうなって」


 史家は腕を首の後ろに組んで愚痴を漏らす。


「結構簡潔に纏まってたと思うけど?」


「退屈な話ってのは長く聞こえるモンだ。あの話なんて身にならないだろ、挨拶なんて『おめでとうございます』の一言で終われるし、聞いてるこっちはそれ以上は求めてないっての」


「まぁまぁ。長い挨拶の感想文を書かされるとかよりはマシじゃない? 前に通ってた中学にはあったな、そういうの」


「ゲッ、マジかよ。こえ―」


 史家とそんな話をしていた正多の肩がぽんぽんと軽く叩かれる。


「やっほー、あ……もしかして話の邪魔になっちゃったかな……」


 肩を叩いたのはロッテだった。

 正多に声をかけてみたはいいものの、隣を歩く史家と話していたことに気が付いていなかったようで、そのことに気が付いたロッテはバツが悪そうに問いかけた。


「大丈夫だよ。シャルロッテちゃんだよね」


「うん、ロッテで大丈夫だよ! えっと……」


「俺は録達 史家だ。史家でいいよ」


「シカ君か~よろしくね~」


 そういうと既にお互い手を伸ばしあっており、すぐにブンブンと強い握手をした。


「もしかしてそれ流行ってるの?」


「こうした方が友達っぽいかな~って」


「深い意味はない、握手なんてそんなものだろ?」


 妙に息が合っている二人に自分の方が変なのか? と思ってしまう正多だったが、そんな中で三人の後ろから歩いてきた一人の女子生徒が、


「シャルロッテちゃん、一緒に教室いかない?」


 と声をかけた。


「え? あ、えっと」


 当のロッテはもう少し話したい様子だったが、一緒に行った方がいい、といった具合のしぐさを二人が取ったため女子について行くことに決めるたロッテはまた教室でね、と軽く手を振ってから声をかけた女子生徒と共に少し前を歩く集団の中へと入って行った。


「やっぱり人気者なんだなロッテちゃん」


「そうみたいだね。でも馴染めてそうでよかった」


 そうこうしているうちに、二人は教室にたどり着いた。それでも隣の席同士なので、そのまま座って話を続ける。


「今日は昼で下校だからさ飯でも食べに行かないか?」


「急だな」


「なんていうか、その方がなんか友達っぽいだろ?」


「……何が言いたいかは分かるけど、ロッテといい史家といい別に友達っ”ぽい”事にこだわらなくてもいいんじゃない?」


「えっと、どゆ事?」


「だって俺たちもう友達だろ? 別にわざわざ確認するようなことしなくてもさ」


 正多からすると特に深い意味の無く発した言葉だったが史家にはだいぶ刺さったらしく、そうだな俺たち友達だもんな! と上機嫌になるが、その一方で正多はとあることに気が付いた。


「いや~友達か~。いい響きだよな~」


「なぁ、その……もしかしてだけど、史家って俺以外に友達が――」


「あー、聞こえないー聞こえないよー」


 完全に図星だった史家は耳をわざとらしく塞いで見せる。


「わかった、わかったから、前言撤回」


「それでこそ友情ってものだ」


 何事もなかったかのように言ってのける史家に対して、


「随分とごり押しな友情だな……別にいいけど。俺だって現状二人しか友達が居ないから人の事言えないし」


 ちょうど正多が言い終わったぐらいのタイミングで、教室のドアがガラガラと音を立てて開く。すると当然そこには担任のであるシュミットと副担任の奈菜がいた。


「え~注目ー。始業式で分かっていると思うけど、今日から隣にいるシュミット先生がこのクラスの担任になります。日本語はかなり流暢だけど滞在歴はまだ半年ほどらしいので市内のことで分からない事とかあったら教えて上げてね」


 奈菜に続いてシュミットも口を開く。


「担任になったヨハネス・シュミットです。ヨハネスっていう名前はあんまり好きじゃないので基本的にシュミットと呼んでください。……何か質問とかある?」


 その言葉を待ってました、と言わんばかりに教室内には次々に手が挙がっている。二年生たちはロッテに続いてやってきた外国人教師に興味津々と言った感じだ。


「こんなに手を上げてくれるなんて驚い、た……」


 シュミットはクラス全体を見渡した後に少し言葉に詰まった。


「どうかしました?」


「ああ、いや、沢山手を上げてくれたらびっくりしちゃって、こういう場所にはしばらく慣れそうにないね」


 奈菜が心配そうに声をかけると、その声にハッとしたようにして返事をする。


「ならいいですけど。そうですね、誰の質問を受けます? SHRはあまり長く無いので一人か二人ぐらいでしょうか」


「じゃあ……うん、そうだな、そこの金髪の子……かな?」

 

 シュミットによって当てられたのは一本の指を挙げたロッテだった。


「はい! 私シャルロッテって言います!」


「あ、あぁ」


 食い気味に自己紹介を挟むロッテにシュミットは若干押されるように答える。


「先生ってどの辺に住んでいたんですか?」


「今の欧州連邦E.F.の辺りだけど……」


「今のってことは、やっぱり私と同じ南ドイツ語圏の出身ですよね?」


「確かに南ドイツ語圏だけどそれ以上はノーコメント」


 シュミットは明るく問いかけるロッテから目を逸らすようにして小さく答えるが、ロッテは納得がいかないようで「え~」と不満の声を漏らした。


「じゃあシャルロッテ、君の出身は? 他人に聞くときはまず自分からって言うだろ?」


 シュミットはロッテに対して逆に質問を返す。


「私の出身は、フランケン地方のヴァイセンシュタインっていう小さな町です。……その、話したくないのであれば別に――」


 少し小さな声で付け加えるロッテに対してシュミットは口を開く。


「そうか。……僕はさ、故郷ふるさとから逃げて、いろんな所を転々としてきた根無し草なんだけど、出生地、聞きたい?」


「あ、いえ……その……」


 元気だったロッテはシュミットの言葉の雰囲気から、これ以上は聞いてはいけない気まずさを感じて口を閉ざし、それと同時に嫌な沈黙が教室を支配する。


「シュミット先生! 時間も迫ってますから次の質問を!」


 気まずい沈黙を何とかしようと奈菜が声を上げる。


「ごめん。そうだね、じゃあ次の人」


 誰に当てたか分からない言葉の後、シュミットは質問を受け付けるが当然、先ほどより手の上がりは少なくなっていた。


「手前の君、質問をどうぞ」


「えっと、その、趣味は……なんですか?」


 前の方に座る男子生徒の質問はかなり無難な物ながらもさっきの件のせいかオドオドとした感じになってしまっている。


「趣味は料理。子供の頃から好きで、腕もそれなりには」


「どんな料理が得意なんですか?」


「得意か……ドイツ料理とかイタリア料理とかなら全般得意かな」


 それを聞いて、静まり切っていた教室の雰囲気は少し明るくなる。その後の奈菜のフォローもあって何とか持ち直すクラスの雰囲気だったが、ロッテは深く肩を落としたままで、そんなロッテにシュミットは声を掛けようとするがSHRの終わりと告げるチャイムが邪魔をした。


「シュミット先生、これでSHRは終わりですよ。お疲れ様でした」


「あぁ、うん。ありがとう」


「はーい。そういうわけで、今日は全部終わりですよー。部活動に関する申請が終わってない人と、生徒会の人以外は自習で教室に居てもいいけど修理業者が来るから四時までには帰宅してね~」


 奈菜はそう言い残すと教室を後にする。シュミットもロッテに一瞬気にかけるような目線を向けたが、奈菜に押されるような形で退室した。

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