始業式
正多と史家が体育館に着いた時には、すでに半分以上の生徒が並べられた簡易式の椅子に腰かけていた。
並べられている席と席の中央に通り道があり、それを境に左右それぞれ二年生と一年生の席になっているようで、ロッテを含む教室で見かけた顔の生徒たちが左側に並べられた椅子に座っている。
「俺たちもテキトーに座っちゃおうぜ」
既に座っている生徒たちは、おそらく仲の良い者同士で適当な間隔を開けて座っているがパッと見る感じ空席が目立ち、席は集まっている生徒よりも多めに並べられている様だった。
正多は史家と共に適当に空いていた席に座ると体育館を見渡してみる。校舎とは違い、どうやらここは新しい設備がそろっている様で天井、床、壁。どれを取ってもピカピカだった。
「この体育館、去年建て替えたばっかなんだ。やっぱり全然雰囲気とか違うよな」
「温かさも全然違うな」
そう二人が話していると、ゆっくりと体育館カーテンが閉まりいかにも式が始まります、と言った雰囲気を醸し出す。
「あーあー、テストテスト」
仮設的に作られた段差、もといステージの端にはマイクとそれに話しかける一人の体格の良い男性がいた。制服ではなくスーツであったため転校生の正多でも教員であることはすぐわかる。
「皆さん、おはようございます。
その低めな声からもなんとなくイメージが付いたが正多が目を凝らして見てみると彼は大柄で結構厳つめな顔をしていた。
「せんせーおはよー」
「おう、二年のみんなおはよう、それと進級おめでとう」
「ありがとー。先生こそ誕生日おめでと」
「覚えててくれたのか、ありがとな」
しかし、そんな見た目や声に反して声音は優しく、前の方に座る二年生との会話を聞く限りどうやらかなり慕われているらしかった。
そんな宗谷は咳払いを軽くしてからマイクに声を乗せる。
「式の前に一つ報告を。書類のミスが発覚して、新たに着任される先生と理事長が役所に行っている所ですが、先立って初めてもよいとの事だったので、理事長の挨拶を最後にする形で始めたいと思います」
「えー、じゃあ新しい先生と会えないの?」
と、残念そうな声を上げる生徒に対して、
「別にそう言うわけじゃない、さっき全力で戻ってきてるって連絡があったから始業式が終わるまでには間に合うはずだ」
そう言うと徐々にカーテンの閉じた体育館を照らしていたオレンジ色の明かりもステージ付近を残して徐々に暗くなってゆく。
「えーでは、改めまして、第三回私立桜鳥高等学校始業式を始めます」
始業式はいたって普通に進んでいった。
正多が前に居た学校と違うのは国歌や校歌の斉唱がない事ぐらいだろうか。特に違和感はなかったが、改めて自分が日本とは違う場所に居ることを思い出す様だ。
正多がふと壇上に目を移すと一人の生徒が立っていて、話し始めている。
「生徒会長の
これも内容はいたって普通な生徒会長の挨拶だ。
彼の挨拶が終わるとすぐに着任式が始まる。司会を務める宗谷に呼ばれた教師たち――と言っても宗谷を含めて今は三人しかいないのだが――は一人ずつ檀上に上がって軽い挨拶を始めた。
「では初めに、教頭を務める八山先生、お願いします」
細い目に眼鏡をかけた中年ぐらいの男性が檀上の真ん中へと移動して、生徒たちに向かって軽く会釈をする。
「皆さん、おはようございます。私の名前は
八山は渋いながら良く通る声で冗談を交えながら新一年生へと軽い祝辞を述べて、再度会釈をしてから檀上から下りた。
「続きまして加藤先生、お願いします」
谷山と同じように奈菜も檀上に上がって軽い会釈をする。
「えーもう何度目かのおはようか分かりませんが、一応礼儀なので改めて、おはようございます。副担任と保健授業と養護教諭に加えて更に文化系部活動の顧問も担当する事になった
会釈をして元々宗谷のいた位置に行き司会をバトンタッチする。その際に何やら小声で話していたようだが、マイクは切っていたため生徒たちには聞こえなかった。
「それでは……続きまして宗谷先生、お願いします」
「どうも、第一学年担任及び体育授業と運動系部活動の顧問を務めます、
宗谷が頭を軽く掻くようなしぐさをしで、理事長が到着するまでの時間をどう繋ごうか考えていた時。
「ぎ、ぎりぎり、間に合いましたよ!」
と、女性の大きな声が体育館に響いて、
「「あっ理事長!」」
それに続くように、それぞれマイクの前にいた宗谷と奈菜の声が被る。
二人と同じく、その声に反応して生徒たちの視線が檀とは反対側にある入り口の方に集まった。
入口側は薄暗く、目を凝らしてもそこに居る人物の影が見えるか、見えないか程度だったが、理事長が壇の方へと歩くにつれてオレンジ色の照明が当たり、だんだんと姿を認識できるようになると、生徒は驚きに包まれる。
生徒たちが驚いたのは、理事長が淡い髪色をした女性の腕を引っ張っているからで、更に言うとその女性は右目に眼帯のようにして包帯を巻いていて、その見た目はまるで事故にでもあった直後のような感じだったからだ。
理事長はスタスタと女性の腕を引っ張りながら檀上へと上がり、奈菜から司会用のマイクを借りる。
「ぜぇー、ぜぇー、すいません、何度か全力で走ったので……年には勝てませんね……ふぅーはぁー。遅れて申し訳ありません。何とか新任の先生を連れてきました……」
理事長は膝に手を付いて肩で息をしている。
その様子を見て周囲の奈菜や八山に心配をされているようだ。
「えぇ、大丈夫よ。とにかく宗谷先生、もう繋がなくても大丈夫。ありがとう」
宗谷はその声を聴くと安堵したように軽い謝辞だけ述べて檀上から降り、彼と入れ替わるように眼帯の女性が檀上に立つ。
比較的フォーマルなジャケットなどを着ている教師陣とは対照的に、女性はワイシャツの上からくたびれたウィンドブレーカーを着ていた。
「えっと、こんなに生徒が居るなんて、僕聞いてないんだけど……」
そう小さく呟くと教師陣の様子を伺ってから生徒たちの方へと向き直る。
「初めまして。僕は……じゃなかったその、私はヨハネス・シュミット。えと、今日からこの学校の教師になりました」
生徒と教師の視線が一点に集まる中で眼帯の女性、シュミットはぎこちなく言葉に詰まりながらも続ける。
「担当する教科は新式英語ですが、希望者がいれば南ドイツ諸語やラテン語、英式英語も教えることもできます。後は……そうだ、二年生の担任になりました。日本語は得意な方なので、意思の疎通には問題ないと思いますが――え? 右目?」
袖にいる教師陣から言葉を掛けられて、シュミットは反応する。
「あー、この目は数年前に銃で撃たれて失明しました。こう、ドカンと。もう慣れて特段不自由はしていないので安心してください。……こんな感じでいいかな?」
再度袖の方を見ると教師陣は頷いて答え、それを見たシュミットは軽い締めの言葉で挨拶を終わらせて袖へと向かって行く。
しかし、挨拶が終わった後も突如現れた隻眼の外国人教師に生徒たちの間には少なくないざわめきが残っていた。
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