予定は壊れ物

「自己紹介も終わったところで二人には席についてもらいま~す。正多君は真ん中の奥にある席、ロッテちゃんは窓側の席ね」


 奈菜は二人はそれぞれの席の方へと歩いて着席するのを確認すると、


「さてさて、生徒玄関天井の崩落から始まり、一階の暖房が停止したりと今年度は出だしから波乱万丈だけど、改めて、今年一年がんばっていきましょー」


 と、そんな緩い掛け声に生徒たちもそれぞれ緩く返事をする。


「これでSHRと一時間目のLHRは終わりなんだけど、うーん、まだ始業式まで時間あるな……」


「せんせー」


 どうしようかなと悩んでいた奈菜に、前の方の席に座る女子生徒が手を上げる。


「ホームルームに奈菜先生がいるってことは先生が担任なんですか?」


「えーと、私に担任をしてほしかった二年生の皆さんには大変申し訳ないんだけど私は副担任なんだよね」


「副担任? でも奈菜先生がここにいるってことは、え? もしかして教頭先生が担任!?」


「いやいや、それは無いから。実はね今年から一人、新任の常任教師が来るんだよ。本当はサプライズにしようと思ってたんだけど――」


 そんな発表に生徒たちは次々と歓喜の声を上げ、思い思いの質問を奈菜へとぶつける。


「どんな人なんですか~?」

「私も気になるー」

「イケメンかな?」

「いやいや、きっと美人な女教師だな」


「だーかーらー、サプライズの予定なんだってば。 いやもうサプライズじゃないんだけど。とにかく、どんな人かはまだ内緒。あと『美人な女教師』はここにいるでしょ! もう、とにかく担任の話はこれでおーしーまーい。他に質問は?」


「はーい」


 今度は男子生徒が手を上げた。


「そういえば部活ってどうなったんすか?」


 その質問に対して生徒たちは「そうだ」とか「たしかに」と声を上げる。

 若干置いてきぼりを食らっている転校生の二人組だが、どうやら部活の話題は前々から何かあった事は分かった。


「部活ね、ほんとは明日の予定だったけど、まあ予定なんて崩れる物だし」


 そう言うとロッテと正多にそれぞれ目を合わせてから話し始める。


「転校生の二人の為に軽く説明しておくとね、元々人手の関係で部活の設立許可が出なかったんだけど、一年生の入学に転校生に留学生の予定もあるおかげで許可が出たんだ」


 奈菜の説明に正多とロッテは頷いて見せる。


「現状は文芸部、サッカー部、野球部、テニス部が四人以上部員を集めて確定してる感じで、これプラスいくつかの同好会が有る感じ。まぁ、部活に関してはこれから増えるかもしれないけどね」


 生徒たちは奈菜の報告に頷く者、喜んで見せる者、特段興味を見せない者など様々だ。奈菜が壁にかかった電子時計を見ると、壁に表示されている時間は一時間目の終わりを示す一分ちょうど前の時間が表示されている。


「さて、こんなものでホームルームは終わりたいと思います。あ~、あと一つ、転校生の二人は体育館の場所とか分からないかもしれないから教えてあげてね」


 それだけ言うとそれじゃあ、と特段終わりの挨拶なども無く奈菜は教壇から降りて教室を後にし、ちょうど彼女が教室から出たあたりでチャイムが鳴る。それを合図にしてか、徐々に教室の中で会話が多くなりワイワイとした雰囲気へと変わってゆく。


 その中でも女子を中心とした生徒たちはすぐさまロッテの席の方へと移動して声をかけているようだった。


「……」


 他方、完全に忘れられていて、誰からも声を掛けられていない正多は生徒に囲まれるロッテの方を見ていた。

 見ている理由は自己紹介からの雰囲気を見て女子たちと緊張せずに話せているだろうか? といった心配交じりのお節介からだった。


「なあ、転校生、えっと、確かセーター、いやセイタだっけか?」


 正多はふと、隣の席に座っている眼鏡をかけた男子生徒から話しかけられた。


「そうだよ、正多だ」


 確認するように自分の名前を言いながら、正多は隣の席の方を向く。


「俺は、録達ろくたち 史家しかっていうんだ。……その、よろしくな」


 隣の席の青年、史家は少し悩んだような表情を浮かべながら手を伸ばして握手を求め、


「あぁ、よろしく」


 と正多は返事をして軽く手を握り返した。


「あの金髪の子のこと見てたのか? シャルロッテちゃんだっけ」


「まあ、うん」


「一目惚れでもしたのか?」


「違うよ。たださっき話した感じだと少し人見知りみたいな感じがしたから心配で」


「へー。しっかし流石に人気者になってるな~あの子」


 史家は正多と同じく、人だかりができているロッテの席の方を見る。


「内地はどうか知らないけどさ、北海道じゃ欧州系の外国人は物珍しいんだよ。それはこの大都会様でも同じなわけで、そりゃ人気者になるわなって感じだ」


 史家は正多に対して事情を説明するような感じで話し、人込みから少しだけ見えるロッテの顔を見てから「あと可愛い」と付け加えた。


「北海道の事情はなんとなく知ってるけど、札幌ココでも欧州系の人って少ないの?」


「最近は増えてるけど、やっぱりまだインド系とかアジア系が中心だな」


 史家の説明に正多はへぇ~と頷いて見せる


「やっぱ内地の方は違うのか? ……いや、こんな話はやめよう。あー、えーと、前にいた長浜市ってあれだろ? 新都シントの隣の」


「そう、そうだよ」


「大都会、いいな~憧れるぜ」


「ここだって結構な都会だと思うけど」


「札幌が都会なことは否定しないけど、俺は旭川の出身でな。ここには去年来たばっかりで、都会生まれには憧れるんだよ」


「俺だって出身は別だよ、親の都合で引っ越しが多くて」


「……えっと、引っ越し族ってやつ? 今時珍しいな。そういう事なら転校にも慣れっこなのか」


「転校は何度しても慣れないよ。友達も何もかも最初からだし」


 二人がそんな話をしていると、ガヤガヤと話し込んでいた生徒たちが徐々に席を立って動き始めていて、ロッテも周囲の女子に誘われて体育館へと向かう様だった。


「正多、体育館の場所知ってるか?」


「少し遠い場所にあるって事だけは知ってるけど、どこかは知らない」


「よし、じゃあ一緒に行こうぜ。まぁ、この人の流れについて行けば迷う事なんてないだろうけどな」


 二人は席を立って周りの生徒たちと同様に体育館に向けて歩き始める。

 B-4教室を挟んで先ほどとは反対側に廊下を進む中で、正多はこの階の教室がB-4以外すべて空き教室であることに気が付いた。


「この学校の生徒って、全部で何人ぐらいなの?」


「うーん、数えたこと無いけど、二年が一期生で三年は最初からいないし。その二年はたぶん……三、四十人前後ぐらい? 一年の数は知らない」

 

「この学校って生徒の数に対してかなりデカいよね」


「あぁ、校舎は半世紀も前に作られた物だから、今とは色々と違うんだろうよ」


「余った教室とかって何かに使ってるの?」


「ほとんど使われてない。でも、これから部活が本格的に始まったら部室とか倉庫とかに使われるんじゃないかな」


 しばらく話ながら歩いていると、校舎から渡り廊下に出る。さらにそこを進むと階段が現れた。体育館の入り口はそこを下り、少し行ったところにあるようだ。

 下向きの階段に正多は校舎の一階を思い出して思わず身震いしたが、いざ進んでみると暖房は生きていたようで校舎の一階ほど寒い場所ではなく、彼はホッと安心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る