超緊張
コンコンと軽いノックの後、応接室のドアが開く小さく開き隙間からとチラリと奈菜が顔を覗かせる。
「やっほー。二人に別の転校生がいること言ってなかったからさ」
そこまで言うと滑り込むように応接室の中に入り、
「喧嘩でもしてたらどうしようかと思ったよ」
と笑みを浮かべながら言った。
「ナナ先生、セータ君はたぶん不良じゃないので突然喧嘩なんてしないと思いますよ?」
「おっと、自己紹介は終わってるんだ。仲が良いようで何より。話がそれたけどSHRが終わったから、休み時間が明け次第教室に入るよ」
「待ってました!」
「さっきの自己紹介はあんな感じだったけど大丈夫?」
ロッテは嬉しそうに声を上げるが、正多は心配そうに問いかける。
「さ、さっきは初めてで緊張しただけだから! たぶんもう大丈夫。それに――」
そう言うと自身の手提げ鞄を開いて中をゴソゴソとかき分けて、中から分厚い週刊漫画雑誌を取り出し正多と奈菜の方に見せつける。
「学園漫画の一話って大体転校生の自己紹介から始まるでしょ? こういうのすっごく憧れてたから、予習はバッチリ!」
さすがに応接室で自己紹介するのは予想外だったけど、と付け加えながら満面の笑みで語るロッテに対して正多は驚いていた。
今時重たくて嵩張る紙媒体の本を持ち歩いているのもそうだが、何よりその漫画雑誌は少年向けであり、彼女の外見からは想像が付かなかったからだ。
「漫画読むんだ」
「うん! 『日本に住むんだったら漫画を読んでおいた方がいい』って言われて、読んでみたらすっかりハマっちゃって」
毎週買ってるんだ~、と付け加えて漫画をカバンへと仕舞うと、今度は奈菜が口を開く。
「ふふっ、実は私も楽しみなんだよね」
「ナナ先生もですか?」
「うん。去年は転校生はいなかったから、二人が教師人生初の転校生なの」
と、そこに馴染みのある軽快なチャイムの音が休み時間の終わりを告げて、三人の会話へと割り込む。
「そんなこんなで時間みたい。教室に行こうか」
「はい!」
ロッテのハツラツとした返事を聞いた奈菜は正多の方をチラリと見て確認した後に応接室の扉を開けた。扉が開いた瞬間から冷気が応接室に一気に入り込んで再度暖かな部屋を一瞬で冷やしてゆく。
三人は身震いしながらも寒い廊下を小走りで抜けて上へと続く階段へと進んで行き、階段を上り始めるとすぐに暖かな風が吹き込んでくる。
風邪を引きそうなぐらいの温度差に二人は驚きながら、目的の階までたどり着くと長い廊下に出た。
「うわぁ、すっごいあったかい」
「すごい温度差ですね」
「暖房も明日、いや来週には治るはずだから……たぶん、おそらく。今日中に校舎全体の点検が入るからそれ次第なの」
会話をしつつ、転校生の二人は空き教室や窓から見える景色に目をやりながら廊下を進んでゆく。左手側に教室、右手側には窓。特質すべきところのない一般的、あるいは古くも感じる学校の造り。
ゆっくりとだが教室に近づくにつれて、静かだった廊下に人の声が聞こえ始めた。
「……や、やっぱり前言撤回。緊張するなぁ」
奈菜の後ろについて歩くロッテは小さく呟く。
「さっきまであんなに元気だったのに」
正多はそんなロッテを元気づけようと声をかけた。
「自己紹介に失敗なんて無いから、気楽に行けばいいんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどさぁ」
二人が小声で話している間に、B-4と表記されている教室の入り口前にたどり着いていた。
「私が先に行くから呼んだら入ってきてね」
ドアが開いてもギリギリ見えないぐらいの位置に陣取ったロッテに対して、奈菜はそう言うと教室のドアを開け中へと進んでゆくと、賑やかだった教室の声たちは徐々に収まり始めた。
「これから教室に入るんだから隠れなくても……」
正多は小声で声をかける。
「超緊張してるよ~もう心臓バックバク。ちょっと深呼吸するからセータ君先に行って~、お願い~」
「それはいいけど」
「さて、みんなお待ちかねの転校生の紹介の時間ですよ。おーい、二人ともー」
教室の中から奈菜の呼ぶ声が聞こえ、彼女の方を見るとひょいひょいと手招きをしていて、それを見た正多は慣れたようにスタスタと教室の中に入ってゆく。
そんな正多を見たロッテはやけに慣れてない? と内心思いながら急いで深呼吸を済ませ正多に追いつくように一歩踏み出した。
しかしロッテは焦りすぎたために、一歩目を踏み出したその足がスライド式扉のレールにつっかかってしまう。
「と言うわけで転校生の二人です。お決まりすぎるかもしれないけど、やっぱりまずは自己紹介をしてもらおうと――」
「うわっ!」
奈菜の声をかき消すぐらいには大き目なロッテの声が教室に響く。正多は驚いて後ろを振り返るが、そこには壮大に転倒しかかっている、というか、もうすでに床に手を付くレベルで完全に転んでいる最中のロッテが視界に入った。
そして転校生に注目が集まる中で、ロッテは見事な転倒を披露した。
「………………」
目の前で起きた転校生の金髪少女が教室に入って一歩目で転けるという衝撃映像に教室にいる生徒たちはしばしの沈黙を経て、
「えーーーーーーー!?」
と当然驚きの声が沸きあがる。
「ちょっと! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫か?」
奈菜が鉄製の教壇から駆け下りてロッテの方へと向かう。同じように正多も驚きながらも駆け寄って心配するが、二人がぱっと見た感じだと上手く手を付けたようで頭などはぶつけていないようだった。
「だ、大丈夫、どこも怪我はしてないから」
ロッテは手を差し伸べる二人に対して遠慮したようなしぐさを見せて立ち上がり、まさか第一歩目で足が引っかかるなんて……と小さく愚痴をこぼす。
「…………あー、えーと。あはは」
立ち上がったロッテは教室を軽く見渡す。当然、彼女に注目が集まっているわけでどうしたらいいか分からず、とりあえず困った時の苦笑いをして見せた。
「一歩目からすごいことになっちゃったけど、えっと、なんだっけ? あぁ自己紹介か。私が二人の名前を忘れない内にやらないと、ね?」
ロッテの無事を確認した後、颯爽と教壇へ戻った奈菜はそんな冗談を言ってから二人に近くに来るよう再度手招きをして、二人が教卓の横に並んだのを確認した奈菜はパチンと両手を合わせて生徒たちの注目を集めてから話し始める。
「改めて、転校生の二人です。こちらが本州から来た、波木正多さん。そしてこちらが欧州連邦から来たシャルロッテ・ブラウンさんです」
奈菜の紹介に合わせるように正多は自己紹介を始める。
「長浜市の高校から転校してきました。波木正多です。よろしくお願いします」
「え、えっと、ミュンヘンから来ました、シャルロッテ・ブラウンです。 厳密に言うとミュンヘンは前の前に住んで居た場所で、前はナガサキに三年ほど住んでいたので日本語はバッチリです! たぶん。……よ、よろしくお願いします!」
正多が自己紹介の後に軽く頭を下げるとそれを横目で見たロッテも自己紹介が終わった後に勢いよく頭を下げる。
ロッテは転んだせいか緊張は薄まっていたらしく普通に自己紹介はできていた。
しかし、いきなり転んだこともそうだが、この教室に居るのはロッテ以外全員日本人だったため、金髪碧眼少女という珍しい属性と、その外見は注目を集めていて、その印象があまりにも強かったために、ロッテが必死に頑張った自己紹介を真面目に聞いていたのは真っ白な黒板の前に立つ奈菜と正多ぐらいだった。
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