第2話 僕の場合

 僕は東京で生まれた。お金に困るようなことはなかった。


 普通に誕生日プレゼントも、クリスマスプレゼントももらったし、海外旅行にも連れて行ってもらったし、塾や習い事もしていた。


 ごく普通なのかな? 恵まれているのかな?



 学生時代の僕は勉強も運動もそこそこできた。


 自分でいうのもなんだけど、ルックスはいい方だから、普通に女の子にもモテた。


 友達もたくさんいた。



 クラスでイジメられていたり、一人のやつがいたら、声を掛けたりもした。


 小学生の時に、「翼」って名前の男の子がいて、その子のこともよく助けてあげたんだ。

 友達がいなくて、いつもみんなに、からかわれてしまうことが多かったから。


 翼は僕のことを親友って呼んでた。 

 たくさん一緒に遊んだな。


 翼の親も僕によく感謝してて、翼の家によく遊びに行ったりもした。


 みんなで仲良くした方が、いいに決まっている。いがみ合ったり、イジメなんてナンセンス。そんなことをする人間の気がしれない。どうかしているんじゃないかな?


 大学もそれなりに受験勉強をして、少しいいところに入ったよ。



 サークルに、バイト、毎日が楽しかった。


 それまでの僕の人生はキラキラしていた。




 それから、就職。



 就職も、そこそこの企業に普通に決まった。


 でも僕は、特別な何かになりたいと、若者らしく思ってしまったんだ。



 何かを受け身でしかしてこなくて、自分で何かしようとすることなんて、一度もなくて。そんな僕に何かが出来るはずなんてないのに。


 思ってしまっんだ。



 だから、就職先はすぐに辞めてしまった。




 それからは非正規で働いた。彼女もいたから、実家は堅苦しくて家は出た。


 非正規での一人暮らしは厳しかった。あんなに甘い言葉を、いくつも繰り出していた彼女もいなくなった。


 非正規だと、必然的に職を転々としなくちゃならない。


 行く先々で、仕事はまともに教えてもらえない。


 教えてもいないくせに、ミスをすると怒鳴る。パワハラなんて日常だ。


 だんだん人間不信にもなってくる。


 学生時代のような助け合いなんて、社会には存在しない。


 ちゃんと就職すればいいだろうって? こうも、毎日、毎日、毎日、罵倒されていれば、前向きな気持ちもなくなってくる。


 行く先々でそうだ。


 そうなると、こっちも警戒して横柄な態度にでてしまう。なめられたくなくて。


 こうなると、もう悪循環。



 また転職先で上手くいかない。


 かろうじて、続いて居心地の良さを感じても派遣切り。




 こんなはずじゃなかったのに。そんな思いでいっぱいだ。


 


 

 僕は僕の自尊心を守るために、哲学書や難しい本をたくさん読むんだ。


 こいつらとは、違うんだっていう、自己防衛。


 そういうのが、感じとられてしまうのかな。ますます周りとは上手く行かなくなった。



 そうそう、さっき話した小学生のときにいた「翼」。勉強はできるけど、冴えなくて。翼って名前があまりに似合わない陰気な奴。


 親切にしていたけど、内心は翼の存在に安らいでもいたんだ。


 下がいると安心するでしょ?


 性格が悪い? 嘘をつかないで欲しい。あなたにだって、そういったことの、一つや二つあったでしょ?


 「ない」って言い張るなら、それは無視しているにすぎない。

 

 この汚い感情に向き合ってる僕の方が、あなたより、幾分ましだ。


 自分も人をイジメたことがあるくせに、さぞや聖人ぶって、メディアの垂れ流すイジメ被害者に涙するがいいよ。


 人をイジメたことがない人間なんているのかな?


 話がそれたね。


 翼はとにかく友達がいなかったから、僕のことを、「親友」といって良く懐いていた。


 「優しい僕」


 当時から僕はこの欺瞞に気付いていた。賢い子供でしょ?


 そんな僕の安らぎである翼は、有名私立中学に進学した。


 翼の両親は官僚だった。



 翼は陰気で、運動神経も底辺だったけど、とにかく勉強はずば抜けてできた。


 いわば身分が違ったんだ。子供の世界なんて狭い。村に貴族が降り立ったようなものなのに、子供だから分からなかったんだ。


 見た目の陰気さと、運動神経の悪さで簡単に下にみる。


 むしろ翼様じゃないか。


 翼は名前どおりに、上層部へ羽ばたいていったよ。そんな奴の面倒を、わざわざみてやってた僕。


 おめでたい、僕。



 生活は、ますます苦しかった。実家を頼ればいい? 最終的にそれもあると思うんだけど、リボ払いに手を出した。


 そう、リボ払い地獄。利息はすごいし、もうこうのなると両親にも頼れない。


 今やSNSで同級生の現状も分かる。30にもなれば結婚だ、なんだ。


 親に迷惑を掛けたくないとか、そんなことより、負けたくないってのが強かったかな。


 「そんことばかり気にしてって? くだらないって?」


 本当に、あなたは嘘付きだな。



 あなただって、気になるでしょ? 目をそらさないでよ。目をそらすと、余計に辛くなるだけだよ。



 隣の芝生は青いんだ。


 青くて、眩しくて、目が潰れてしまいそうに、憧れてしまうんだ。



 



 で、冒頭に戻るわけ。



 その日も客である老人からの罵倒。もう、うんざりだ。


 そう、可哀そうな老人は、僕のはち切れた心にぶつかってしまったんだ。



 哀れだけど仕方がないね。老人よ、僕のむしゃくしゃを晴らしておくれ。


 死にはしないでしょ。これくらいで。初犯だから執行猶予がつくといいな。


 民事で賠償……。まあ、ここまできたら、もう、どうでもいい。


 この怒りに、身を燃やしてしまうしかないのだから。



 私は65歳。今、コンビニ店員に、べらぼうに殴られている。


 何故私が、こんな目に合わなくてはいけないのか。


 多少、厳しく注意はしたが、こんなことまでされる覚えはない。




 

 

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