私が猟奇的になるまで

おしゃもじ

第1話 事件

 僕はごくごく普通の穏やかな人間なんだ。他の人と何一つ遜色ない。


 僕は30歳になるコンビニ店員。数々の職を転々としている。


 そういう時代なんだろう。


 僕は普段どおりにレジで接客をしていたんだ。


 気だるい平日の昼下り。流行りの音楽が耳障りだった。



 60代くらいの男性客がやってきて、タバコの番号を伝えられる。


 その言葉には、不機嫌さがあった。見下すような口ぶり。


 次々に棘のある声色が、暴力のように、いくつも、僕に降りかかってくる。



「釣り銭の渡し方がなっていない」

「バイトなのか?」

「年はいくつだ?」

「ちゃんとした仕事に就かないのか」


 いつものように、かわせばいい。こんな人間いくらだって出会ってきた。


 でも、もう限界だった。


 レジのカウンターから飛び出し、老人を床に押し付ける。


 のしかかる。


 そして老人を……、思うがままに殴りつける。



 何度も、何度も、何度も。


 血だらけになる、可哀そうな老人。



 店員も客も誰一人、僕を止めることはない。


 叫び声は聞こえるけど、誰も僕を止めない。


 老人の口から血が吹き出す。



 スッキリしたとか、そんな感覚はあまりない。とにかく、とにかく、もう止められなかった。この感情に身を任すしかなかった。  



 運の悪い老人だ。いつもだったらかわせたんだ。


 バラエティ番組で観る破裂しそうな風船を回していくゲーム。あれと一緒。丁度、この老人のところで爆発してしまったんだ。



 そんなこといって、ヤクザとか、強面こわおもての男性だったら、そんなことしないんだろうって?


 どうかな。そういうところも、あるのかも。「客という身分なだけで、腕力なら若い僕の方があるのにって」いうのはあったのかもしれない。


 老人に分からせてやりたかったのかも。変な言いがかりで、マウントをとろうとしてきても、お前は老人なんだって。



 キレやすい若者と非難する? 30歳になる僕は、若者って言っていいのかな。そんなことはどうでもいいね。


 僕があなたに伝えたいのは、ただ一つ。


 老人をボコボコに血だらけになるまで殴ったって、僕は普通の穏やかな人間だ。



 あなたと僕は何一つ変わりがない。


 僕とあなたで距離なんか置く必要はないんだ。

 もしあなたが、僕と自分が違うと、あまりにも線を引きたがるならば、あなたは僕そのものに違いない。


 きっとそうだよ。


 これからの話を聞けば、きっと分かる。



 

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