第27話 俺、下手くそだったんだ

 おかしいな、こんなはずじゃないんだが、と思いながら何度もピンを確認するがやはり倒れていない。



「……こ、これは一種のユーモアだな! 俺レベルになると最初の内から飛ばしたりしない。わざとミスって皆に笑顔をお届けし緊張を和らげる……むやみやたらに強さを誇示するんじゃなく弱者への気配りを忘れない、これこそ真の強者であり、つまりまだ俺は本気を出していない!」



 身をひるがえしボールを取りに行く際、俺は抽冬らにさきのガターの意図を懇切丁寧に説明した。



「………………そ、そっか。さすが、華美だね」



 変な間が生まれ、あれ? 伝わらなかったのかな? と心配になってしまったがどうやら杞憂きゆうだったよう。


 理解を示したのだろう抽冬に拍手を送られ、青空は合の手を入れるようにうんうんと首を縦に振った。


 夕奈はと言えば口元を押さえ、膝頭に額を当ててプルプルと体を震わせている。きっと俺の慈悲深さに感動して涙を流しているんだろう。


 けれども余興は一投だけ、野球で言う始球式みたいなもんで、今からがプレイボール、次からが全力投球だ。


 俺は返ってきたボールを入念に拭き、ハンドドライヤーで手を乾かす。


 集中だ……集中。


 俺はその場で深く息を吸ってゆっくりと吐き、それからセットポジションについた。


 昔使っていたあの〝技〟を披露するしかない。誰がどう見ても死に一直線、けれどもそいつはまるで意志を持ったかのように、ボウリングという競技では決してあり得ない軌道を描いてガーディアンを平伏させる……あの大技を。



「やっちゃう、ぜ…………はああああああいッ」



 掛け声と共に勢いよく放たれた第二投は……言い訳の余地を残さないほど手前で溝に落下。


 ……そんな、馬鹿な。


 後ろからゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。声の主はすぐにわかった、夕奈だ。そして俺は知った、彼女は泣いていたんじゃなくて笑いを堪えていたのだと。


 ――――――――――――。


 1ゲーム目が終わり結果はスコアボードの上からがそのまま順位になった。最下位の俺はまさかのスコア0。



「蝶だらけにするって息巻いてたのに、横棒だらけだよ? 真琴。 あれ? サナギだらけにするって言ってたんだっけ?」



 憎たらしい顔して煽ってきた夕奈。その隣では抽冬が必死に笑いを堪えている。悔しくて仕方がない。



「あの、華美さん。そんなに落ち込まないでくださいね?」

「……あ、青空」



 そんな中、青空だけが優しく接してくれる。



「……実はボウリングって、今日が人生で二度目なんだ」

「そうなんですね。それじゃあ仕方がないですよ」

「でも一度目……小学生の時は200をいくかいかないくらいのスコアを叩きだしていたんだ」

「初めてでそのスコアは凄いです! 華美さんはきっとボウリングの才能があるんですよ!」

「……そ、そうかな?」

「はい! コツを思い出せばまた同じくらいの、それ以上のスコアだってだせますよ!」



 青空は俺の手を握って、元気づけてくれる。なんて女神なんだ。



「……だよな、そうだよな。今は忘れてしまっているだよな」

「――水を差すようで悪いんだけど」



 と、夕奈が。



「その時って〝キッズレーン〟だったからじゃない?」

「……キッズレーン?」

「そうそう。ほら、子供が普通のレーンでやったらガターばっかになっちゃうでしょ? それじゃつまらないしってことで、要は配慮だよね。キッズレーンはガターにならないようになってるの。子供でもボウリングが楽しませるように」

「…………まさか」

「真琴はコツを忘れたんじゃなくてキッズレーンだったのを忘れただけ。思い出すも何もないってわけ――つ、ま、り」



 夕奈はこっちまできて、俺と青空の繋がれた手を引き離す。



「正真正銘、スコア0が今の真琴の実力ってことね!」

「……う、嘘だろ? それじゃあまるで、俺が下手くそみたいじゃ」

「下手くそなんだよ」



 屈託のない笑みを浮かべて夕奈はそう言った。


 認めなかった、認めたくなかった……けれど、認めざるを得なかった。だって、続く2ゲーム目でも俺は、サナギだらけのスコアを残してしまったのだから。

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