第22話 お悩み相談3

「…………ほぅ、それで?」

「そ、そんな睨まないでよ華美」

「別に睨んでないぞ。至って普通だ」

「いや明らかに睨んでるよ! それに顔だって怖いし……」



 怯えている様子の抽冬。仕方ないと俺は懐から折りたたみ式の手鏡を取り出し確認する。


 ……あらやだ、優しさの塊じゃない。


 そこには柔和な表情で俺を見つめている俺が。



「まったくもって怖くない、仏のような顔をしていたが?」

「鏡から僕に顔を戻した途端に険しくなってるんだってばッ!」

「お前の相談を真摯な姿勢で受けてやろうとしてるだけだ。それ以上言うと怒るぞ?」

「既に怒ってるじゃないか……」



 呆れたように零した抽冬だったが、俺が黙ったまま何も返さずにいると、やがて口を開いた。



「……僕、夕凪さんのことが好きなんだ」

「それさっき聞いた」

「……でも僕、夕凪さんとあまり接点がなくて、どうしたらお近づきになれるかなって雨音に相談したんだよ、昨日。そして最終的に〝ダブルデート〟ってなったんだよ」

「……ん? ダブルデート?」

「うん。僕と夕凪さん、それから雨音と華美の四人で。雨音から聞いてたでしょ?」



 俺はゆっくりと視線を青空の方へ向けると、彼女は慌てた様子で何度も何度も頭を下げる。



「ご覧の通り、初耳だ」

「そう、みたいだね…………なら改めて僕からお願いするよ。華美、君にも来てほしい」



 こっちもこっちで頭を下げる。だが俺はイエスともノーとも答えずに、単純な疑問を抽冬にぶつける。



「青空との話し合いの末にダブルデートとなったようだが、夕奈にアプローチするなら二人っきりの方が効率的じゃないか?」

「ふ、二人っきりだと緊張しちゃって無理だよ! それに夕凪さんにだって警戒されちゃうと思うし……」



 顔を下に向けながらブンブンと首を横に振る抽冬。めちゃくちゃお腹が空いてた草食動物みたいだ。


 しかしなるほど、ダブルデートにする意味がわからなかったが聞いて納得……つまり俺はいるだけで人々の救いになる存在ということだな。



「ちなみにだが、このことは夕奈に伝わってるのか?」

「うん。雨音が誘ってくれてるよ」

「日時は?」

「明日、なんだけど……」



 顔色を窺うように抽冬は視線を上げる。



「……わかった。俺も付き合おう」

「ほんとにッ⁉」



 俺が頷いてみせると抽冬は「助かるよ華美!」と言って満面の笑みを浮かべた。


 横では青空がほっと胸を撫で下ろしている。



「ありがとうございます、華美さん。それから、ごめんなさい。断りもなしに予定をくんでしまって」



 俺は青空に気にするなと返して、本題へ。



「それより抽冬、俺への相談をまだ聞かせてもらってないぞ?」

「あ、そうそう! 雨音から聞いたんだけど、華美って夕凪さんと昔からの付き合いなんだよね?」

「ああ。それがどうした?」

「その、さ、夕凪さんの好きな男のタイプってどんなのかな? 性格的な意味で」



 もじもししながら相談内容を明かした抽冬。



「……知ってどうする?」

「どうするって、少しでも夕凪さんに良く思ってもらえるように活かすんだよ」

「……そうか」



 俺は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで抽冬を見下ろす。



「お前は好きな人を振り向かせる為に自分を偽るんだな?」

「……それは、言い方が悪いよ」

「敢えて悪くしたんだよ」



 口を噤み俯いてしまった抽冬に、俺はふっと笑ってみせる。



「恋に攻略法を用いようとする考えはやめろ。相手のことがわからないってのもまた、恋の醍醐味だ。わからないからわかろうとする、そうやってお互いが徐々に歩み寄っていく。焦らずじっくり、な。その過程すらも、好きな人とだったら楽しいもんなんだよ。お前はその過程を蔑ろにしようとしている。だから――」



 そこで言葉を区切り、俺は抽冬達に背を向ける。



「自分に自信を持て。俺からお前に送れるアドバイスはこれだけだ」



 手を力なく振ってみせ、俺は名もなき教室を出る。



「じゃ、じゃあね、清暖ッ!」と後ろから青空の声が。恐らく俺を追ってきてるのだろう。

「…………悪かったな。幼馴染の落ち込んでる姿なんか、見たくなかっただろ?」



 しばらくもしないうちに隣に並んできた青空に、俺は声をかけた。



「いえいえ、華美さんは間違ったことを言ってませんでしたし、それに……カッコよかったです」



 はにかんで言った青空に俺は「そうか」とだけ返して前を見据えた。


 実は夕奈のタイプを俺も知らなくて、ただ適当にそれっぽいこと抜かしただけだったんだよね~……なんて口が裂けても言えないな。

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