第8話 正しいハグの仕方とは?

華美真琴


 朝陽とLINE交換を済ませ、そろそろ帰るかとレジに向かった時だった。


 んなッ⁉


 店の入口付近に見覚えのある二人の女子が。一人は親の敵と対峙しているかのような形相で、もう一人は今にも泣きだしそうな表情をしている。……夕奈と青空だ。


 これは俗に言う〝修羅場〟というヤツでは? あの伝説の、モテる男にのみ許されたシチュエーション……ハッ! ついに俺もその内の一人になったってことかッ!



「――ッ!」

「青空さんさん⁉」



 口元を押さえて店の外へと出ていってしまった青空。残された夕奈は俺と外を交互に見ながら、その場であたふたしている。


 まずい、女子を泣かせて――。



「――待って、華美君」



 駆け出そうとした足を止められる。首を巡らせれば、後ろにいた朝陽が俺の服の袖を掴んでいるのが確認できた。



「本気で別れたいなら追っちゃダメ。中途半端に優しくするだけ損、心を鬼にして」

「けど、さすがに泣かれちゃ――」

「――女の涙ほど真意が測れないものはないの。女のウチが言うんだから、説得力あるでしょ?」

「……そんなもん?」

「もんもん! きっと華美君に構ってもらいたいだけ。ここで追いかけたらそれこそ青空さんの思うツボなんだから」

「……目が覚めたよ朝陽。危うく引っ掛かるところだった」

「なら良かった」



 安堵の顔してそう言った朝陽は、ゆっくり袖から手を離した。


 女子の涙は要注意か。いい勉強になった……ん?


 懐でスマホが振動したのを感じ取り出すと、LINEの通知が。


『四季公園内にある噴水広場で待ってます。絶対に追いかけてきてくださいね? もし来なかったら…………どうなるかわかってますよね?』



 ど――どうなっちゃうのおおおおおおおおおおッ!



「――悪い朝陽! 後日払うから会計頼んだッ!」

「え、ちょ、待ちなさいよッ!」



 朝陽の制止を無視して、俺は店内を駆ける。



「――真琴ッ! 一体どういうことなのこれ!」

「もてる男はつらいよってことだ!」



 説明を求めてきた夕奈を適当にあしらい、俺は青空の後を追った。


 ――――――――――――。


 指定された場所に青空はいた。彼女も俺に気付いたのか、ぺこりと一礼。


 俺は走るのを止め、青空に歩み寄る。



「いい加減にしろ青空。昨日に続き今日までも……いくら俺のことが好きだからとはいえ、限度がある。脅しはやめてくれ」

「ごめんなさい。私、ちょっと気が動転しちゃってそれで――」



 言葉を途中で切った青空は俺を見ていなかった。



「どうした? 何か気になる物でも――」

「私を〝抱きしめて〟ください」

「はあぁッ⁉」



 俺に視線を戻した青空の唐突な要求に、下品にも大声が。



「おまっ、急に何言って――」

「いいから早く」

「できるわけないだろ! 人の目もあるしそれにハグは段階を踏んでから――」

「してくれないと後悔しますよ? 学校での居場所がなくなるかも」

「やめろって言ったそばから脅し⁉」

「5、4」



 え? カウントダウン? それもう強制じゃない?



「3、2」



 どうしよどうしよどうすりゃいいのよ俺はッ! 女子とハグ? 経験したことねぇよそんなもん! 力加減とかどうすればいいの? 抱きしめる間はやっぱ目を閉じてなきゃダメなの? 下半身が反応を示しちゃったとしても太ももをクロスさせるようにして立ってればバレない?



「1」



 ……くくく、ふはははははははッ! 俺は、イケメンだああああ! 故に動じたりはせんッ! なるようになりやがれええええええええッ!



     ***



朝陽日向


 スマホを手にした直後に華美君は急変した。多分、青空さんからの脅しのLINEだろう。


「――夕凪さん! 後で絶対返すから立て替えといて!」

「え、あたしが? え?」



 困惑している夕凪さんに伝票を渡し、店の外へ。


 華美君は……いた!


 彼の後姿を捉え、ウチは全速力で後を追った。


 運動音痴のウチが、それでも付かず離れずをキープできたのは、華美君が想像以上に遅かったからだ。



「はぁ…………はぁ…………」



 華美君と青空さん、二人を視界に捉えて、ウチは足を止めた。



「はぁ…………はぁ…………」



 止めざるを得なかった。だって、抱きしめ合ってるんだもん。



「……………………ふぅ」



 そんな二人をよりロマンティックにする為に噴水が演出する。



「…………女狐、ね」



 けれどもウチは見逃さなかった。顔をガチガチに強張らせている華美君の腕の中で、不敵な笑みを浮かべている〝悪女〟を。



     ***



夕凪夕奈


「お会計890円になります!」

「あ、はい」

「110円のお返しとレシートになります!」

「どうも。ごちそうさまでした」



 特に飲み食いしたわけでも、なんなら席にすらついてないわけだけども、一応店員さんに礼を言って、あたしは店を後にした。



「…………はぁ」



 ほんのりピンク色の雲を見つめて、思わず溜息が。


 …………何してるんだろ、あたし。

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