第5話 断れない男と女

青空雨音


 自分で言うのもなんだが、私はかなり洞察力が長けている方だ。


 夕凪が華美に好意を寄せていることも気付いているし、華美は他の誰でもない自分自身が大好きだということも知っている。前者はそこそこ、後者に至っては学年全体に周知されてる訳だけども……。


 だが、あの日の異変に当事者除いて気付けた人間は間違いなく、私だけ。


 そう、私が華美の彼女になったあの日。


 朝から何度も何度も華美を気にしている素振りをみせた夕凪。「お前が好きだ俺と付き合ってくれ」、「アイ、ラブ、ユー」などと隣で繰り返し呟いていた華美。


 そこだけを切り取れば、華美が夕凪に告白することを決め、夕凪の方は事前に察してあたふた……と考えられる。事実、私もそうだろうと決めつけていた。


 華美が〝お日さま〟に告白しているところを目撃するまでは。


 短いスパンで朝陽、月見山に告白。


『俺はイケメンだ……だから彼女くらい、簡単に……』


 加えて授業中、放心状態の華美が自分に言い聞かせるようにポツリと零した言葉から、私は箱の中身を知った。


 二人の間で果てしなくくだらない、けれど私にとっては笑いが込み上げてくるくらい愉快な齟齬が生じていると。


 学習しない夕凪のことだ、どうせまた回りくどい攻め方をしたんだろう……その結果が今。


 お前にはまだまだ苦しんでもらうから……にっくき夕凪。



「――以上! じゃあ、また来週ね!」



 担任である深山みやま先生が去り、教室内は金曜日の放課後ならではの弛緩しきった空気に包まれる。


 さて……蜜を味わうとするか。


 席を立ち、私は離れた席にいる夕凪の元へと向かった。



「夕凪さん、この後、予定とかあったりしますか?」

「え? ううん、特にはないけど……どうしたの?」



 教科書類を鞄にしまう手を止め、私を見つめながらキョトンと小首を傾げる夕凪。



「えっとですね……その、相談したいことがありまして」

「相談? あたしに?」

「はい……その、ですね……」



 私は恥ずかしがっている自分をアピールするべく、あえて周囲を窺い、それから夕凪の耳元へ顔を近づけ囁いた。



「華美さんのことなんですけど」

「え…………」



 サッと身を引いて、夕凪がどう反応するかを待つ。



「……な、なんで、あたしに?」



 ははッ、困ってる戸惑ってる焦ってる! 無理して笑ってるのバレバレ!



「彼と凄くの仲のいい〝友達〟だから、ですよ!」

「そ、そっか……友達、だから、か……」

「あの、やっぱり、駄目ですか?」

「いや、そういうんじゃないんだけど…………」



 マジ滑稽。迷ってる振りなんかしちゃって、本音は断りたくてしょうがないくせに。



「あの、ごめんなさい。夕凪さんが嫌ならさっきのはなしで――」

「違う! 違うよ? 全然嫌とかじゃないから! あたしでよければ、全然……」

「ホントですか! ありがとうございます!」



 手を合わせ、露骨に喜んでみせると、夕凪は「あはは……」と困ったように笑った。



「職員室に用事があるから、ちょっと待たせちゃうかもだけど」

「大丈夫ですよ。ここで待ってますから」


     ***



華美真琴


「ごめんなさい華美さん、今日は一緒に帰れそうにないです」

「別に気にするな」

「すみません。また夜にLINEしますね」

「おう」



 ぺこりとお辞儀し、夕奈の席に向かっていった青空。あの二人、仲良かったんだな。


 意外だな、なんて感想を抱きながら俺は教室を後に。



「――華美君!」



 廊下に出てすぐのこと、明らかに誰かを待っていただろう朝陽と目が合い、声をかけられた。



「どうした?」

「あのさ、このあと暇だったりする?」

「悪いが暇じゃない。趣味に時間を費やすのに忙しくてな」

「趣味って? 何やってるの?」

「〝趣味探し〟だ」

「え~意味わかんないんだけど~。で、暇なの?」



 と、不気味なほどニコニコしながら聞き返してきた朝陽。



「暇じゃない。二度も言わせるな」

「ほんとに⁉ 良かったぁ~……じゃ、付き合って!」

「いや人の話聞いてた? 暇じゃないって――」

「――つ、き、あっ、て!」

「…………はい」



 笑顔の裏に鬼気迫るものが。有無を言わさぬ態度を崩しそうにない朝陽の要求に、俺は泣く泣く従った。

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