第14話
巨神の出現は、小さな町の住民に恐慌を巻き起こしていた。
数えきれない人々が、住宅街のある場所から町の中心部に逃げていく。振り返ると、教会のある辺りにいくつかの人だかりが散らばっていた。
ぼくことアドルフ・シュタイナーは、その様子を見て、自分も安全な場所に逃げたいという思いがなかったわけではない。けれどヒトラーさんをはじめ、ロベルタさんやフリーデさん一行も、町の中心街へとむかう通路に立ち塞がり巨神と対峙しているではないか。
そう、彼らは戦いを避ける気はないのだ。
巨神は前回より凶暴で、それは巨神の放つ黒い光線を見ればわかる。だが力ある者は「逃げる」という選択肢をまっさきに選ぶことはないのだろう。どのように応戦する気なのかは不明だが、ぼくが逃げたら魔力でつながるヒトラーさんに迷惑がかかる。それは弱いぼくにもはっきりとわかった。
「これが二度めの戦いか。前回よりエレガントかつパーフェクトに勝ってみせる。アドルフ、お前の魔力も考慮してな」
結果的に巨神を討ち漏らした形になっているのが悔しいのか、ヒトラーさんは歯軋りしながら言った。
「とはいえヒトラー殿。あなたが本気を出したら町の被害は増す。せめて町の外部に押し返すことを優先してはどうか?」
その提案はとても的確に聞こえたが、声を出したのはフリーデさんだ。さっきまで、私設裁判の様相を呈していたけれど、そのやり取りを引きずっているのはぼくだけなのかもしれない。
周囲を見渡しても、彼らの意識は巨神に釘づけだった。フリーデさん一行は戦闘本能を刺激され、目が爛々と光っている。
「押し返せるものなら押し返そう。やってみなければ何もかもわからん」
ヒトラーさんの発言は、町の被害を最小限にとどめるものだった。同時にぼくへの配慮も計算に入っているだろう。日付で言えばたった一日の付き合いだが、ぼくは彼が悪人としての面がありつつも、慎重で気配りのできる人と見なしていた。無駄な死を嫌うほど偏屈な人であるとも。
ヒトラーさんの判断はぼくにとって安心材料だったけど、それでも気がかりがあった。彼が宝呪の力をフルに発揮しない以上、手勢は多いほうがいい。しかしいまのロベルタさん、フリーデさんたちと連携が取れるのだろうか。
仲間たちに後退を命じないフリーデさんには戦闘に参加する意識が窺えるけど、じっと巨神を睨みつけるだけで攻撃は開始しない。優れた冒険者だからこそ、規格外の生命力に圧倒されているのだろうか。常識はずれな敵に、戦略を考えあぐねているのかもしれない。
かたやロベルタさんだが、彼女は食堂のドアに背中を預け、上空と手元を交互に眺めていた。それは、どこか思い詰めた表情に見える。
時間にして一秒にも満たないが、ぼくは彼女をとらえる真意を察した。すごく嫌な気持ちがしたけど、それを感じる間もなく駆け出し、ロベルタさんの手にあるものを一気に叩き落した。
「やめろッ――わたしに触るな!!」
地面の敷石に小さなカプセルが転がった。薬だ。自害をするための毒薬であることは言うまでもない。
「ヒトラーさんが暴いたとおりだ。わたしには生きている資格がない!!」
ぼくが邪魔したおかげで、ロベルタさんは自暴自棄のように叫んだ。けれどぼくは、彼女に死んでほしいとは思わなかった。
「ロベルタさん、ぼくはあなたが好きでした。星無しのぼくを見下さないで、困ったときはいつでも助けてくれた」
自分でも驚くほどの勢いでロベルタさんに詰め寄り、普段は隠していた思いがほとばしる。
「お屋敷はぼくにとって戦場でした。あなたは一緒に戦ってくれた仲間でした。その証拠に、あなたはフリーデさんたちからぼくを守ってくれました。命を救おうとしてくれました」
べつのやり直しで起きたことを彼女は知る由もない。けれどぼくにとってそれが決定的だった。視界の隅ではヒトラーさんが舌打ちをする。この世界以外で起きたことを語るのはルール違反なのだ。
「死にたければ好きにやらせておけ。我らは何ひとつ困らん」
「そうはいきません」
ぼくは路上からカプセルを拾い上げ、毒薬を握り潰した。混乱させるような言動をとったせいで彼女は呆気にとられていたが、「ぼくは未遂の罪で罰する気はありません。生きてください」と念押しした。
「まったく、強情なうえに身勝手な
ヒトラーさんは半目でぼやいたが、彼の言うとおりだった。
「宝呪を返しなさい。返さないと町を灼くわよ!!」
よく見ると、テレザお嬢様は鞭を振るい、巨神を操っている。ヒトラーさんの展開した盾で民家は守られているが、巨神とぼくたちの距離は限界まで近づき、今度はべつの意味で危ない。
「お嬢様は竜使いの宝呪があったから、あんな無謀な真似を……」
ぼくは事情をのみ込めたが、そんなぼくこそがこの場では足手まといだ。
「アドルフ、隊列の後方に下がれ。フリーデ、ロベルタ、我とともに戦え。さもなくば消し炭にしてやる」
「ああ、了解した。わたしたちは巨神の背後を突く」
「…………」
「ロベルタ、聞いておるのか?」
「……聞いているさ。ただちょっとショックが大きくて」
「ならばひとりで深呼吸しろ。気持ちが落ち着いたら戦闘に参加せよ」
的確な指示を歯切れ良く飛ばすヒトラーさんに、フリーデさん、ロベルタさんが応じる。とりわけロベルタさんは一時的に戦列を離れ、ぼくを庇いながら巨神の盾になった。
ヒトラーさんが味方を増やした意味を、ぼくは理解できたと思う。ぼくの魔力は弱く、スターゲイザーの大規模攻撃には耐えられないため、攻撃の規模を落とすかわりに数の力で勝とうとしているのだ。先刻危惧したけど、連携は自然と取れていった。
「あの小娘、一撃で殺してやる!!」
武器を取り出し、威勢よく叫んだのはリッピさんだ。そんな彼を、ヒトラーさんは低い声で一喝した。
「娘は殺すな、生かしたまま勝て!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます