第6話

   *  スナウサギ狩り  *


 トルナバ周辺は荒れ地と森が点在している。荒れ地のほうは元々、森だったのが材木に利用するために長年かけて伐採され、植林政策がとられなかったがゆえに土が乾き、砂地が浮き出た場所となった。


「こういう所がスナウサギの絶好の住処さ。普段は地面に掘った穴に棲んでいるが、餌を求めて早朝と夕方頃に顔を出す。昼間は寝ているやつが多いけど、なかには腹を空かせたやつもいる。そういうのがひょっこり現れたら一網打尽だ」

「ふむ、見かけによらず博学だな、リッピよ。リグリア鋼の粉末を貰ったうえに狩りまで手伝ってくれるとは実にありがたい」

「こっちは命拾いしたからな。ヒトラーの旦那とアドルフの頼みなら二つ返事さ」


 荒れ地に仕掛けたスナウサギの罠を遠くから見つめるのはヒトラーとリッピだ。立ち上がると獲物を警戒させるため、二人は地面に腹這いとなって双眼鏡を覗いている。

 背後には森があるのだが、あまり離れると捕獲するまでに逃亡される恐れがあった。そのために彼らは日陰で憩うことなく、まるで待機命令を受けた軍人のように身構えている。ヒトラーの軍服は砂地と同じ色合いだったから、なおさら雰囲気が合っている。


 ともあれ、いつ巣穴から出てくるかわからない獲物を待つのも退屈のきわみだ。リッピはあらかた説明を終えると、黙り込んでしまった。獲物の警戒心を解くためとはいえ、このまま数時間沈黙を強いられるとストレスもたまってくる。

 特にヒトラーは、あらゆることが許される特別な地位にいたため、我慢をすることが極度に苦手だった。


「リッピよ、何か興味深い話をせよ」

「狩りのときは静かにしとくもんだぜ、旦那」

「色恋の話がよいな。お前たちのうち、誰がフリーデと付き合っておる?」

「バカ野郎。フリーデは独り身だよ。第一、色恋なんざ持ち込んだらパーティーの結束が弛むじゃねぇか」

「ということは、表沙汰にせぬまでも、心を寄せているやつはおるのだな」

「いねぇよ。ガンテのおっさんは故郷に妻子を置いてきてるし、ハイドは適当に遊ぶのが好きなタイプだ」

「お前はどうなのだ?」

「おれは女の好みが違うな。フリーデは最初、ガンテのおっさんをスカウトしてパーティーを組んでいたんだが、後から誘われたときに思ったのは子どもっぽいなってことさ。20歳にもなってないのにしっかりしてはいるんだが、おれはもっと大人できれいなお姉さんが好きなの」

「ふん、お前の性癖には興味がない」

「自分から掘り下げといてその態度かよ!? あんたが軍人じゃなきゃぶん殴るとこだぜ……シッ、静かに」

「どうしたリッピ?」

「後ろの草むらで音がした。魔獣かもしれない」


 本職が盗賊だけあってリッピは鋭敏な耳を持っており、中腰になって背後の森にむかう。ヒトラーもそれに続くが、そんな二人の前に突然、一体の魔獣が立ち塞がった。


「グァー……!?」


 人間の形をしているが、体のあちこちが溶けている。かすかに腐臭を放つアンデッドマンだ。身構える間もなく出くわしたため、ひどく驚いている。


「うへぇ、アンデッドマンと戦うのは嫌なんだよ。臭いがつくから」

「これはちょうどいい。我はこやつの骨を欲しておったのだ。リッピ、お前が倒せ」

「一緒に戦ってくれよ。あんたの宝呪は無敵だろ」


 先頭を譲り合うリッピとヒトラーだったが、仰天したアンデッドマンは鈍い動きで前進してくる。スピード感こそ劣るがパワーは人間の三倍はある。取っ組み合いで勝てる相手ではない。

 互いの距離が離れているうちが勝負だ。そう悟ったリッピは背負った弓を取り出し、素早く矢を放つ。


「グァッ……!!」


 射出した矢は魔獣の眉間を捉え、急所を射たれたアンデッドマンは悶絶しはじめる。一撃で倒すことは難しいと見たヒトラーは、やむなく宝呪をいじって最適の攻撃を探った。


「威力が強すぎるとアドルフに負荷がかかる。これがいちばん弱そうだ。リッピ、もう離脱してよいぞ」

「助かるわ、旦那」


 スターゲイザーの発動を知ったリッピは一目散に駆け出し、空いた射線にヒトラーは宝呪を構える。

 彼が選んだのは【火焔】という能力だった。どれくらい大きな火球が出現するかわからないため、とにかくアンデッドマンとの間に距離をとった。自分の攻撃に巻き込まれないための措置だったが、慎重な行動が功を奏した。


 ヒトラーから放たれた【火焔】は業火と呼ぶのがふさわしいものだった。森の入口をすっぽり包み、アンデッドマンの影は一瞬で消え去った。よくオーバーキルというが、おそらくアンデッドマンが10体いても彼らを根こそぎ灼き払ったであろう。


「ひぃい、とんでもない威力だわ。あんたとだけは戦いたくねぇ」


 味方であるはずのリッピも、あまりの殺戮の激しさに思わず本音を洩らしていた。


   *    *


「スナウサギの肝、アンデッドマンの骨、そしてリグリア鋼の粉末。全部我らが手に入れたぞ。リッピに無限大の感謝をせよ」

「ありがとう、ヒトラーさん、リッピさん。さっそく妹に飲ませてみる」


 治療薬となる三種を揃えたヒトラーさんはふてぶてしい態度で帰ってきたが、手柄をリッピさんに譲るなど不遜ではあるが大らかだった。

 ロベルタさんはこれらの三種をすりこぎで細かく砕き、丹念に調合していく。その間ヒトラーさんは、むかし自分が指導した部下の話をするなど、ぼくたちを飽きさせないような配慮をしてくれる。

 やがて完成した治療薬を妹さんに飲ませると、効果は覿面だった。

 熱で紅潮していた顔色は落ち着き、苦しそうな咳と汗も引いていく。医者の助けもなく、スターゲイザーの指示に従ったまでだし、ぼく自身その効果は半信半疑だった。けれど症状の収まった妹さんがほっと安堵の表情を見せたとき、ぼくはあらためて★11の威力を思い知った。


 もちろんそのことをだれよりも喜んだのはロベルタさんだ。彼女はいまにも泣き出しそうな顔でヒトラーさんに頭を下げ続け、さすがのヒトラーさんも困り果てた様子だった。

 しかし全てが好転したのはここまでだった。

 きっかけはロベルタさんを案じた町民が差し入れを持ってきたときだ。その中年の女性は妹さんの病気があっさり治ってしまったことに驚き、最高ランクの宝呪のおかげだと知ると青ざめた顔で帰っていった。


 そこで感じた違和感は、よりはっきりしたものへと変わっていく。妹さんが食べられそうなものを買い求め、市場へ出向いたときのことだった。

 注目の的になっていたのはヒトラーさんだ。一時間も経たないうちに、彼がロベルタさんの妹さんを治療したことが広まり、その人知を超えた力が町民に畏怖を引き起こしているのは明らかだった。

 ぼくの拙い知識によれば、トルナバはヒト族しかいない小さな町だ。裏を返せば、ご近所付き合いする人間以外に警戒心が高いのだろう。

 この事実に心を痛めたのは、町民に真実を話してしまったロベルタさんだ。


「申し訳ない、ヒトラーさん。わたしが余計なことを言ったばかりに、町の人たちがあなたを避けている」


 とはいえ半ば予想どおりというか、当のヒトラーさんはどこ吹く風で、不審な視線をむしろ楽しんでいるような感じだった。

 それでも気が済まなかったのか、ロベルタさんは町民を庇うように事情を説明した。プロヴァンキア教会領に近い町には敬虔な人が多く、最高ランク、すなわち★11の宝呪を使える人間は本来、悪の象徴だという考えが根づいているのだという。


「彼らはまだ、千年前の魔王のことを昨日の出来事のように覚えているんだ。★11を欲したアンゲラ総督は、多少悪人に見られようとも最高位の宝呪を持つことで力に価値を抱く国民から崇敬を集めようとした。それ自体は間違っていないが、違う考えを持つ人々は少なくない」


 そうした説明をどう受けとったかわからないが、ヒトラーさんは市場でリンゴを買い、それを歩きながらむしゃむしゃ食べた。昨晩は腹痛を訴えて食事を抜いていたが、今頃になって調子が戻り、空腹を満たすつもりなのだろう。


 町民の視線こそ不穏だったが、ロベルタさんの買い物は無事に済み、ぼくたちは彼女の家に戻った。

 薄暗い居間に上がり込んだとき、世間話でもするようにヒトラーさんが言った。


「そういえばロベルタよ。お前の親は何をしておるのだ」

「ああ、両親か」


 食卓に買い物を並べたロベルタさんが、一瞬考え込んだ様子でにこりともせずに言い返した。


「いるけど、いないようなものさ」

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