第5話
朝、日の光に目覚めたぼくが夜営地に行くと、そこではハイドさんが干し肉を作っていた。食事の準備はフリーデさんがやっており、ぼくは例によってヒトラーさんがチェックした後、ご相伴にあずかった。
隷属魔法にかかる前のぼくは、自分で言うのも何だがとても鈍くて図太いところがあり、なぜヒトラーさんが念入りに味見をするのかよくわからなかった。彼自身はまたしても腹痛を理由に食事を辞退したため、違和感を覚えたが深くは追及しなかった。
食事を終えると、荷物をまとめたフリーデさん一行についていき、約4時間ほど歩いて宿場町であるトルナバに到着した。
フリーデさんは「これは目立つからな」と言って、第一位冒険者の証である不死鳥のメダルをしまう。
町の門をくぐる前から気づいていたが、粗末な壁があちこち崩れ、町のなかに進むと破壊された民家が目に飛び込んでいた。
「巨神の通過地点にあったから、やつの被害を受けたのだろう」
「そうだな、違いねぇ」
フリーデさんとガンテさんが頷き合いながら、自分たちはひとまず宿を確保すると言って町の中心街へ歩いていった。彼女たちがめざすマニ遺跡と、ぼくの祖父がいるポツダムは隣接しており、昨日生じた縁もあって一緒に旅をすることになっていた。
偶然の出会いではあるけれど、スターゲイザーの力を全開にするとぼくが耐えきれないことは明らかで、足枷がありつつも第一位冒険者たちの庇護を受けられるのは好都合だ。馬車を使わず、本格的な旅をするのは初めてだけど、自由の身だ。ぼくは先行きの不安より好奇心のほうが勝っていた。
しかし破壊された町を眺めまわすヒトラーさんに笑顔はなく、口ひげを撫でながら押し黙っていた。
あえて問うことはしなかったけど、その心中は察せられた。ロベルタさんの家を探すには町民に聞くのが最善だったけど、通り過ぎる人々は皆いちように表情が暗く、俯きがちだった。
それでもヒトラーさんは意を決したように一人の女性を呼び止め、ロベルタさんの実家がある場所を聞き出した。もっともその女性は、得体の知れない軍人に怯えたのか、そそくさと足早に立ち去っていく。
「ロベルタの家は教会の隣らしい。行くぞ」
そのひと言を合図に、ぼくたちは町でいちばん高い塔を目印に巨神の破壊から逃れた場所を通って目的地に着いた。
昼時だというのに活気のない街並みは不気味で不穏だったけど、それはきっと何かの前ぶれだったのだ。その証拠に到着した家のドアをノックすると、明らかに寝不足の顔をしたロベルタさんが出迎えた。
家自体は無事だが、ぼくは瞬時によくないことが起きていると感じた。予想は外れてほしかったが、残念ながら的中だった。
「こんな格好で済まないね。昨日は風呂も入らず、そのまま寝てしまった」
「何かあったんですか?」
「うん。ちょっと困ったことになっていてね」
ロベルタさんの家は決して大きいとは言えず、むしろ手狭だった。上がったすぐのところに食卓とソファの置かれた居間があり、突き当たりの廊下に部屋が二つあった。
ヒトラーさんは違和感のようなものを覚えたのか、鼻をひくつかせ、食卓に積もる埃を指でなぞった。ぼくはロベルタさんの後を着いていき、部屋のひとつを自由に使っていいと言われた。
「急な出立でろくに金もないだろう。今晩はここに泊まっていくといい。わたしはソファで寝るから」
「ありがとうございます。ところでロベルタさん」
「何だい?」
「すごく疲れているように見えますけど、何かあったんですか」
ぼくはお屋敷では引っ込み思案だったけど、その問いかけは何の迷いもなく口をついた。たいするロベルタさんは一瞬言葉を失ったが、背後に現れたヒトラーさんの声で後ろを振り返る。
「ロベルタよ、隣の部屋で寝ているのはお前の妹かね?」
「ああ、うん。君たちに紹介しておきたいところだが、ちょっと病気で臥せっていてね。この町に医者はいないから対応に困っているんだ。一生懸命看病しているんだけどなかなかよくならない」
その切り返しを聞き、ぼくは勘づいた。ロベルタさんはその妹さんの病気をぼくたちにあまり知られたくなかったのだろうと。
けれどぼくは、それは水臭いと思った。困ったときは助け合いだ。それにぼくたちにはスターゲイザーがある。
「宝呪に【分析】させよう。貴重な情報が得られるかもしれない。ヒトラーさん、お願いします」
「ふん、人使いの荒い小僧め。我は医者ではないぞ」
ずっと歩き通しで到着早々面倒を押しつけられたと思ったのか、ヒトラーさんはぶつくさ言いながら隣の部屋に入り、ぼくもその後ろからロベルタさんの妹さんを覗き込む。
感想から先に言おう。妹さんの病気は重い感染症のようだった。
咳。微熱。大量の汗。病名は出なかったが、ただの風邪じゃないことは確かだった。
「ごめんね、お姉ちゃん。木こりの仕事を休んじゃった。クビになるかもしれない」
「もう親方には言ってある。安心しろ、カリーナ」
眠りから覚めた妹さんが不安げに言うのを、ロベルタさんがなだめている。
うわ言のように洩らした後、妹さんは再びすぐ眠りについた。ぼくたちは居間に移動し、ぼくとヒトラーさんはソファに座る。ロベルタさんは食卓に頬杖を突いた。そんな彼女にヒトラーさんが言った。
「お前の妹の病気だが、結核に似ているな」
「結核?」
ぼくが反応すると、ロベルタさんは眉をしかめたつらそうな顔で言う。
「だとしたら不治の病だ」
「適切な薬がなければな。小僧の屋敷を出る際、【治癒魔法】も奪っておくべきだった」
「わたしの【回復魔法】も弱った体力を戻すくらいしかできない。その体力もすぐ下がってしまう」
「八方塞がりだな」
他人の事情に無関心そうなヒトラーさんだが、意外なことに感情をこめてつぶやく。そして何を思ったか、スターゲイザーを起動して今度は【解析】というコマンドを入力した。
「妹の唾液は採取した。全知全能というからには何か使える力があるはずだ」
ヒトラーさんの予想は楽観的に聞こえたが、図らずも正解だった。【分析】は病気の種類をある程度教えてくれたが、【解析】という能力は特効薬の作り方を示したのだ。
「スナウサギの肝とアンデッドマンの骨。そしてリグリア鋼の粉末。これらを混ぜたものを飲ませれば、三日ほどで良くなると書いておる」
「スナウサギは周辺の荒れ地に棲んでいるからすぐ捕まえられるね。アンデッドマンは骨は魔除けに使う者がいるから、町の冒険者協会に入荷しているかもしれない。問題はリグリア鋼だ」
「フリーデさんたちが装備しているはずです。リッピさんが言ってました」
高価そうな金属の名を挙げ、暗い表情になったロベルタさんにぼくは言う。すると彼女はほっと安堵の息を吐き、「ありがとう。こうも早く解決策が見つかるとは思ってもみなかった」と礼を言う。
ともあれ目的がわかれば、あとは行動あるのみだ。
ヒトラーさんとロベルタさんは、フリーデさんたちが泊まった宿にむかった。リグリア鋼を分けて貰うのにくわえ、スナウサギを捕獲する方法をリッピさんに尋ねるためだ。
ぼくは代わりに、町の冒険者協会へ足を運んだ。その際、ぼくとヒトラーさんの冒険者登録を済ませておくべきとロベルタさんが助言をくれ、ぼくはヒトラーさんの端末を預かり、教えられた場所にむかった。
「君、ずいぶんと若いね。神のご加護がありますように」
「すみません、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだね?」
「アンデッドマンの骨を探しているんです。こちらに入荷してないでしょうか」
「今月はまだないね。荒れ地と森の境目に出現場所があるから、どうしてもほしければ直接倒しに行くといい」
「なるほど」
「どちらにしろ、入荷したら連絡をあげるよ。端末の登録番号を貰ってもいいかね」
「あ、そうだ。一緒に冒険者登録をしてください」
ぼくは協会の職員に端末を渡す。職員は端末を操作して、七桁の数字を表示させた。
しかしその瞬間、彼の態度が豹変した。
「なんと驚きましたぞ、あなた様が勇者候補とは!?」
登録番号を調べたことで、素性がバレたのだろう。職員はあごをガクガク鳴らし、いまにも腰を抜かしそうな有様だ。
「誤解です。そっちはぼくの連れ合いというか、パーティー仲間みたいな人の端末です」
「勇者候補がこのトルナバのギルドから出るとは。しかしだとすると、あなた様も相当の手練では!?」
「いえ、とんでもない。ぼくは星無しです」
咄嗟に◇11のことを隠したが、登録番号だけでは能力や宝呪の種類までわからなかったらしく、驚きを隠せなかった職員も次第に呼吸を落ち着かせ、声を潜めながら言う。
「これはご忠告ですが、勇者候補と星無しの組み合わせは不穏ですな。あなた様が標的になる恐れがある」
「標的ですか?」
「さようでございます。勇者選挙は表面に現れない暗躍が多くありますゆえ、敵対勢力から命を狙われることもまれではありません。どうかお気をつけください」
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