第8話
* ラインバッハ商会邸主人書斎 *
★11の売り手であるフリーデとの交渉を終え、書斎に戻ったお館様ことラインバッハの頭には売却先の顔と名前がすでに浮かんでおり、端末による通信でさっそく商談を持ちかけていた。
このあたりの動きはさすが名うての商人であり、迅速かつ的確だ。そして相手方も高ランクの宝呪には並々ならぬ執念があったようで、通信を送ってすぐに返事があった。
『ぜひ購入したい。10億ギルダでいかがでしょうか?』
返事をよこした相手はヴェストファーレン総督領を治める女当主、アンゲラ・ヴェストファーレンその人で、総督領を統治する世襲の領主だ。
この世界は、選挙でえらばれた勇者の統治するイェドノタ連邦によって支配されているが、国土の大半は八つの総督領に分割されており、そこは革命時代以前の選帝侯である〈総督〉が統治する決まりだった。勇者の直接統治する自由領は全体の1/3に満たない。
ちなみにアンゲラ当主の提示した10億ギルダは領地の全資産の30%に及ぶ大金だが、それは彼女が次の勇者選挙に全身全霊を懸けていることの証であった。
連邦の綿花生産を担うヴェストファーレン総督領で、安価で高品質な綿花の大量生産に成功したアンゲラ当主は領民にカリスマ的な人気がある。
その一方で、仕事を失った者を信じられないほどの薄給で働かせることで利益を上げた手法は悪評も多く、勇者選挙に出るための資金稼ぎと噂する者も少なくなかった。
そんなアンゲラ当主の意欲を再確認し、ラインバッハは返信を送った。
『素晴らしき総督閣下、金額は申し分ございません。ただしかし、今回のお客様は金ではなく★8つの宝呪を所望なのです。できましたら閣下の所有する
この世界から出土した10個の星8つは、すべて名称がついている。しかし元々勇者選挙を有利に勝ち抜くことが目的だったアンゲラ当主は、ラインバッハの予想どおりスターゲイザーにこだわった。
『どうせ拡張手術をすれば★11が使えるようになるのですから、細かい条件さえ整えば、交換に異存はありません』
アンゲラが言った「拡張手術」とは、本来の宝呪枠である◆か◇を増やし、より高ランクな宝呪を実装可能にする手術のことで、ラインバッハの知る限りアンゲラの◆は8つだったから、都合3つの枠を増やすことになる。それだけ大規模な手術だと死亡リスクも当然あるが、勇者選に懸ける彼女の思いを知ればこそ、ラインバッハはこの取引が成立することを早々に確信したのだった。
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