第7話

「お客様、粗茶でございます」

「こら、アドルフ。ちゃんとムルンボ産の紅茶を煎れただろうな。この方は天下に轟く第一位冒険者だ、丁重にもてなせ」

「もちろんムルンボ産をご用意いたしました、お館様」

「フリーデさんの舌に合わなかったから鞭打ち10回だからな。あー、もちろん冗談でございますよお客様」

「格別の計らい、感謝する。ムルンボ産の紅茶は初めて頂く」

「すぐにケーキもお持ちいたします。職人の特注品ですゆえ、ご一緒にお召し上がりください」


 ★11の宝呪をべつのお客に売買する、つまり仲介を願い出たフリーデさんは、お館様の指示で応接間に案内し、お館様本人との交渉へと移っていた。

 ぼくこと、アドルフ・シュタイナーにできることは言いつけどおりお屋敷でいちばん良い紅茶を煎れ、ヴェストファーレン総督領でも有数の菓子職人、ジャン=ピエール・パパンの特注品を骨董の皿に盛って応接間にお運びすることだった。


 ちなみにフリーデさんのパーティーは4人いたので、ぼくは4人分の紅茶を煎れ、お菓子を用意した。彼らは全員フリーデさんより年上に見えたが、一団を仕切るのは彼女の役目であったらしく、余計な口など挟まず品の良い置物と化していた。

 ただひとつ気になったのは、パーティーメンバーの方々の負傷ぶりだった。装備品こそは立派に見えたが、ついさっきまで戦闘をしていたと言われても納得するほど薄汚れており、憔悴しきった戦士、顔に傷のついた盗賊、おいちゃんを彷彿させるような眼帯の武闘家と、魔導師であるフリーデさん以外に無傷の者がいないときている。


 それでいて緊張感のある交渉が行われているのだから、ぼくは呼吸をするのも忘れ、紅茶を差し入れた後は逃げ帰るように応接間を出た。


「ご苦労だったね、アドルフ君。これほどの交渉は一度きりの人生では滅多にお目にかからないよ」

「ロベルタさんですらそう思うんですか?」


 部屋の外ではロベルタさんがパパン氏のケーキをワゴンに載せ、それを供するタイミングを見計らっている。


「何しろ★11だからね。同じランクの宝呪は☆11しか存在しない。この地上に二つきりの宝呪の片割れで、しかも千年に一人現れるレベルの悪人にしか使えないというのが★11だ」


 ロベルタさんの説明は、さすがにぼくにも理解できた。


 宝呪をはめる枠は◆と◇の二種類あるが、善良な人ほど後者の、悪人に近い人ほど前者の属性をもつ。それは宝呪のランクが上がるにつれてより顕著になるらしく、黒属性の星11つを実装できる者となれば、どれだけ道をきわめた悪人なのか、弱っちいぼくには想像もつかない。そして◆の多い悪人を優れた人間として尊敬するこの世界の風習も、納得しがたいものがあった。


「ちなみに彼女たちが持ち込んだ★11の宝呪、正式名称はスターゲイザー星を視る者というのだが――」


 ぼくが言葉を失っていると、煌びやかなデザインの施されたケーキを見つめ、ロベルタさんが物静かに話を続ける。


「あれがもし本物なら、だれも使えない可能性が高い。わたしが知る伝承によれば、あの宝呪の使用者は千年前に混沌時代の世界を支配した魔王のみだった。それ以来、遺跡から発掘されることはあっても実装できる者は一人としていなかったという」

「最高ランクの宝呪なのに、使えなかったら意味がないじゃないですか?」


 ぼくが口を挟むと、ロベルタさんは「良い質問だ」と言って頷き、右手の指を一本立てた。


「★11に及ぶ神域の宝呪は確かにだれにも使えない。しかし交換することはできる。スターゲイザーの発掘者はこれまでもそれを金に換えるか、もっと星の少ない宝呪と交換したんだ。きょうのお客さんだってあれを★8つの宝呪と換えて貰うためにうちにきたんだろう?」

「ええ、そう言ってました」

「わたしがスターゲイザーを手に入れたとすれば、同じことをしたと思う。なぜかわかるかい?」

「うーん、そうですね……」


 思わぬ問いを投げかけられたが、ぼくはおいちゃんと宝呪について雑談を交わすことも多く、何となくではあるがイメージがついた。


「確か、★8つの宝呪を所持していれば、この国を統治する勇者の選抜選挙に名乗り出られるんですよね。宝呪のランクが減っても選挙に出ることが目的ならスターゲイザーを手放しても惜しくはない?」

「意外に詳しいね。おいちゃんに学んだのかな?」

「ええ、そうです」

「彼は元冒険者だからね。しかもランクが高かったから本音では勇者になりたかったんじゃないかな」


 何気なくさらりと言ったが、ぼくはおいちゃんが★8つにこだわりがあると薄々勘づいていた。頭がアレなのでいまひとつ信用できないが、すぐれた勇者だったという話はお屋敷のだれもが知っている。しかしその話を掘り下げるのは気が引けてしまうため、ぼくはべつの話題をロベルタさんに振った。


「スターゲイザーを売るといくらほどになるんですかね?」

「お館様の全財産よりはるかに上だろう。国家予算に匹敵するかもしれない。領地の資産を取り崩すか、債券を発行してようやく手が届くと思う」

「うへぇ……だとすると、お館様でもその宝呪を買い取ることはできないんですね」

「そうなるね。だから落とし所は、★8つの所持者と交換するか、どこかの総督領のトップが買い取るか、二つのうちどちらかだね。そしてお客さんは前者を望んだ」


 ここでロベルタさんは、思い出したように二本めの指を立てた。


「実際に◆11(ルビ:イレブン)の枠がなくても、最高位の宝呪を手に入れたことを民衆が知れば、彼らはそこに崇敬の念を見いだす。いまの勇者様は来年の選挙で再選を狙っているという噂だし、ハクをつけるために買い取る可能性はあるだろう。何しろ★8つと交換すればいいのだから、現役の勇者にとって都合が良い」


 それから20分ほどが経って、お館様に命じられた時刻となった。ぼくはロベルタさんと一緒にパパン氏の特製ケーキが載った配膳ワゴンを応接間へと運び込む。


 当然だが、さきほどとは話題がうって変わっており、お館様がフリーデさん率いるパーティーメンバーと直に向き合っていた。


「それにしても、相当傷を負っていますな」

「高ランクの宝呪は竜によって守られていることが多い。しかも今回は、さらに手強い敵と戦うはめになった。貴公は巨神というのをご存知か?」

「まさか、あの巨神と……?」

「そのとおり。神が地上に遣わしたと言われる巨大魔獣。これまで歴史上三体確認されているが、わたしが戦ったのがおそらく四体めだ」


 血なまぐさい会話とケーキの相性は最悪だが、タイミングが悪かったと思うしかない。ただ、お館様たちの話に出た巨神という単語にぼくは聞き覚えがあった。もっともそれが何かはすぐに思い出せない。


「ロベルタさん、巨神って何なんですかね?」


 配膳を終えたぼくはお客さんの後ろに控えつつ、小声で話しかける。ちょっとした内緒話ならできる距離に居たため、飲みかけの紅茶を下げたロベルタさんが小声でぼそっ、と切り返す。


「伝説の魔獣ということ以外、わたしも詳しく知らないな。ただ、最高ランクの宝呪は竜がその魔力を利用するために守護し、ペアで見つかることが多いという話なら聞いたことはある。今回は★11の宝呪だからけた違いに強い魔獣が守護していたのかもしれないね」


 ロベルタさんですら知らないものだと聞き、ぼくは質問を諦めた。代わりと言っては何だが、フリーデさんと向き合ったお館様が深刻そうな顔をして聞き役にまわっている。


「巨神というのは、どういうやつでしたかな。詳しく訊いてもよろしいですかな」

「他の動物に喩えられない。とにかく大きく、形が独特で、オオカミのような瞳をしていた。おまけに脚が八本ある。はっきり意識に刻まれたのはひとつだけ。神々しい。畏怖を感じる存在だった」

「竜と比較すれば?」

「べらぼうに強かった。竜が子どもに見えた」

「よく勝利を収められましたな」

「それなりの代償を支払った。うちのパーティーの満身創痍ぶりを見て貰えればわかると思うが」


 フリーデさんがそう言うと、そばに座る武闘家が眼帯を外した。そこには、片目がなかった。


「わたしも手ひどくやられた。こんな具合だ」


 フリーデさんがローブの袖をめくり、腕を突き出した。しかしそこには肘から先が存在していなかった。


「そこまでしてご入手された★11の宝呪、必ずや取引相手を見つけてご覧にいれます。どうかご安心を」

「動きがあったら端末まで連絡を。なにとぞよろしく頼む」


 最後にフリーデさんはお館様と握手を交わした。その瞳はしかし、ぞっとするほど冷めきっていた。

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