第6話
ロベルタさんに思いの丈を語り、気分良く眠れた次の朝、性懲りもなく不幸は訪れる。
朝食で使う鶏の下処理を終えると、エジルさんに「血の匂いがする」と言われ、そのままではお屋敷に顔を出せないと思ったぼくは仕方なく風呂を浴びることにした。しかしそれがよくなかった。
「こんな時間から風呂とは良い身分だな。タオルを巻いて出て来い、鞭打ち10回だ!」
そう、ぼくは運悪く、風呂場を通りすがったお館様に仕事を怠けていると勘違いされてしまったのだ。お屋敷の方々と使用人は風呂場が違うから問題ないと思っていたが、そうは問屋が降ろさなかったわけだ。
――最悪の一日。
朝から折檻を受け、ぼくは落ち込んでしまう。朝食の給仕をし、食器を洗い、宝呪の買い取り業務をこなすべく店頭に立つ頃になっても、元気は回復しなかった。鞭を受けた部分がズキズキ痛み、前屈みになってしまうため、様子を見かねたロベルタさんが【回復魔法】で治してくれてようやく苦痛が晴れた。
「あまりつらいようなら、買い取り業務はわたしが代わるよ」
「もう大丈夫です。お店のほうは任せてください」
虫歯ができると、冷たいものが沁みてヒリヒリすることがあるけれど、それと似たような感覚が全身に残り、どこか浮き足立った気分のままぼくは宝呪の買い取りをおこなっていく。
「いらっしゃいませ」
「おう坊主、精が出るな。きょうは星1つが3つだ」
顔見知りのような感じで話しかけられたので、きっと常連さんなんだろう。大剣を背負った戦士であることは見た目でわかるが、名前と顔が一致するほどお客さんと親しくはない。
ぼくは常連さんとおぼしき戦士が差し出した宝呪をひとつずつ査定する。そんな最中、頭の奥からざわめきのような音が聞こえた。
「――――」
その音は前ぶれもなく頭を占領し、ぼくの意識を妨害していく。いつからはじまったのか記憶にないが、気づいたらほぼ毎日、不定期に、何のきっかけもなく耳にこびりついてくる。単純な音というよりは声に近く、明確な言葉を形づくることもあれば、いまみたいに判読できないことも多い。
こうなるとぼくは、何も考えずにお客さんをさばいていくしかない。常連さんには一覧表どおりの買い取り金を支払い、頭を下げて見送った。ところがその間も、言葉にならない声は続く。そんなわけだからぼくは、辺りを伝播するざわつきにもすぐさま気づくことができなかったのだ。
最初は少しうるさいな、程度だった。首を傾げると、取引を終えた人々がくつろぐスペースで、お客さんたちが皆、同じ方向を見ていた。その視線が、ぼくの意識を変えるきっかけとなった。
ごちゃっと集まったお客さんたちが突然、二つに割れる。空いたスペースを悠然と進み、一組の冒険者パーティーが姿を現し、列の先頭に割り込もうとしてきた。
そのパーティーの先頭を歩く冒険者は光輝くローブをまとった魔導師で、容姿が幼いのため少女にすら見えた。真っ白な肌と耳の形状、そして紫紺の瞳から、種族はハーフエルフだとわかる。ヴェストファーレン総督領は人口の大半をヒト族が占め、亜人族は珍しいが、他の領地から来た冒険者なのかもしれない。
けれど問題は、彼女がハーフエルフであることでも、引き連れた仲間たち(見たところ、かなり怪我をしているようだった)でもなく、買い取りの列を平気で乱したことにあった。
ぼくはこのとき、急いで列に並び直して貰うよう頭を下げに行こうとした。なぜならそうしないと、他のお客さんが怒りだし、揉め事に到ってしまうからだ。
「すみません、お客様。列はきちんと並んでくださらないと――」
何事もなく接客をするエジルさんの横をすり抜け、その場を取り繕おうとするぼく。こういうタイプの厄介者を目にするのはまれだが、マニュアルどおりの行動だった。
しかしハーフエルフの冒険者に割り込みを注意しようとしたとき、ぼくは意外なことに気づく。
列を乱された他のお客さんが目を丸くしているのだ。普通ならイラだって文句を吐くような場面だが、だれひとり荒っぽい行動をとろうとしない。それどころか、割り込みしたハーフエルフたちを一瞥して、反射的に距離をとりはじめた人もいる。
この世界の流行病に結核というものがあるが、その感染者がいるとわかれば、おそらくだれもが接触を避けようとして怯え、身構えるだろう。そう、目の前で起きていることに近いのは恐怖だ。どういうわけか、他のお客さんたちはハーフエルフをひどく恐れている――。
そのことを裏づけるかのように、
「マジかよ、
というどよめきが、どこからともなく聞こえた。ぼくはその意味を理解できなかったが、以前おいちゃんから冒険者にもランクというものがあり、その位に応じて冒険者協会から特別な称号とアイテムが送られることを聞き及んでいた。
周囲の反応と特殊な響きのある呼称から、ぼくは目の前のハーフエルフが高ランクの冒険者であるというあたりをつけ、彼女の身なりを注意深く眺めた。すると予想どおり、冒険者協会の発行した不死鳥のメダルを首から下げ、その中心にはまった真紅の宝石をきらつかせている。端末の星はローブに隠れて判別できないのだから、お客さんたちはその真っ赤な宝石を頼りにこのハーフエルフを高ランクの冒険者だと判じたのだろう。
「どうぞ、先に査定してください」
本来なら先頭だった中年のお客さんが、何かを察したらしく、及び腰でハーフエルフに席を譲った。
ここまでくると、ぼくはそのハーフエルフに大物感すら抱いてしまう。
すでに述べたとおり、見た目は幼く、迫力なんて全然ないのだが、人々が遠巻きに眺める姿を見ていると、もしかしたらぼくの想像以上にすごい冒険者である気がしてくるから不思議だ。
せめてこの場にロベルタさんがいれば、詳しい事情を教えてくれただろうに、隣席のエジルさんと来たら、口を半開きにしてハーフエルフに釘づけだった。到底、ぼくのフォローをして貰えるような状況じゃない。
「お客様、こちらへお座りください」
割り込みの注意を諦めたぼくがそう言うと、ハーフエルフは「よろしくお願いする」と意外にも腰の低い態度を取って椅子に座り込んだ。
するとそのやり取りだけで、周囲からはため息やどよめきが湧く。いったい何の見せ物なのだろう。
気づくとぼくの言動すら人々の関心事となっているようで、次の発言に躊躇してしまうが、普段どおりふるまうしかないと割りきった途端、心が楽になった。
「きょうはどんな御用向きでしょう?」
「はじめに聞きたいことがある。この店は仲介業もやっているんだよな?」
仲介業、と聞いて一度は落ち着いたぼくの頭が混乱しだす。たぶん傍目にはパニックを起こして固まったように見えると思う。
「アドルフ、うちは仲介業もやってるよ」
なんと驚くことに、隣からエジルさんが助け舟を出してくれた。高ランクなお客さん効果か?
「失礼いたしました。うちは仲介業もやっております」
「うむ、そうか。ヴェストファーレン総督領でもっともコネの太い宝呪業者と聞いてはるばるプロヴァンキア教会領からまかり越した。取引を願いたいのはマニ遺跡から出土した最高位の宝呪だ。★8つの宝呪と交換して頂きたい」
すらすらと淀みなく語りだすハーフエルフだが、最後の一文でぼくの頭は動きを止めた。そしてたぶん、心の声が言葉になって溢れ出たと思う。
――★8つ?
「そうだ。いかに名の知れた業者とはいえど、最高位、つまり★11の宝呪を扱った者は現代にはいないのではないかな。きみは見たところ下僕か従者のようだし、可及的速やかに主を呼んで貰いたい」
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