第5話 勇者は旅に出るのがお約束
最愛の肉親の消失よりも、エロ動画を漁ることを優先させている。
我ながら人でなしだが、ここまで想定外の緊急事態に直面すると、案外、人間は開き直るのかもしれない。
一昼夜を掛けてぼくは満足のいく作業を終えた。
少し仮眠を取り、再び目を覚ましたときインターネットがまだつながることを確認すると、装備を整え、旅に出る決意をした。
生まれ育った我が家をあとにし、駐車場へと足を運ぶ。
父親名義の中古のセダンに飛び乗ると、颯爽と街へ繰り出す。
外出すること自体が半年ぶりくらいだが、車の運転などは前職を退職してからそれっきりだ。
やや緊張しながらアクセルを踏み込むが、数分と待たずにブレーキを踏む。
「こいつはひどい……」
思わず声がもれた。
路地裏までは良かったものの、主要な大通りに出てみると、いたるところで自動車が衝突していて道路がふさがっている。
おそらく運転中にドライバーを失い、コントロール不能に陥ったのだろう。
もちろんその後を処理するレスキュー隊など来るはずもなく、道路は事故車で埋まっている。
幸い、炎上している車両は少なく、ガス欠やバッテリーあがりで止まっているもの以外はどうにか移動させられそうだ。
しかしここの道路が通れるようになったとしても、すぐまた別の道路で立ち往生することは目に見えている。
ぼくは親父のセダンのハンドルをポンと叩くと、車での移動を諦めることにした。
リュックを片肩に背負い、ひきこもり生活で弱った足腰で歩く。
膝や腿よりも、すぐに足の裏が痛くなった。
ものの数分の徒歩でへこたれていると、コンビニに停められているママチャリが目に入った。鍵も掛かっていない。
渡りに船だ。誰のものかは知らないが、使わせてもらおう。
もはや隣家を物色したあとなので、それくらいは屁でもなくなっている。
いま一番怖いのは、異世界へと転移していったはずのひとたちが、こっちに戻ってくることだ。非常事態だったと説明しても、きっと何かと面倒だろう。
もしそうなったときのために、なるべく法には触れないでおきたい。
地上最後の男になったからといって、性根に染み付いた被害者根性は拭い去れないものがある。
ぼくはなるべく汚さないようにして自転車をこぎ出した。
ある目的のために。
現状、食料と水の確保は急務である。
さらに電力の確保は、せっかくの動画遺産を無用の長物としないためにも絶対必要になってくる。
ここまでは当然として、ぼくには絶対に手に入れねばならないものがあった。
それを探しにひきこもりで弱った身体にムチを打ってまで、無謀な旅に出たのだ。
誰もいない無人の道路を颯爽と駆ける。
数年前までの通勤経路も、いまはまるで別の風景に見える。
空を見れば変わらず鳥たちが舞い、公園に目を向ければ野良猫たちがたむろしていた。きっとこれからは彼らが生存競争のライバルとなる。
野生動物と敵対して勝てる気はさらさらないが、なんとかしなくては。
そして家庭で飼われているペットや、動物園で飼育されている鳥獣たちはほどなくして息絶えることだろう。
植物もそうだ。
人間にとって都合よく改良された品種は全滅する。
家畜や養殖の魚とて例外ではない。
これからのぼくは、鶏卵ひとつ食べるにもとてつもない冒険をするだろう。
まるでNPCすら存在しない広大なマップを、ひとりさまようプレイヤーのように。
ちょっとだけ憂鬱になった。
だがすぐに「あの頃よりはマシだ」と思い直す。
なぜならちょうど以前に勤めていた会社のまえを通ったからだ。
終わらない残業。
いわれのないクレーム処理の日々。
きわめつけは無能な上司から浴びせ掛けられる罵倒の言葉。
働くこと自体は好きだった。
むしろすすんでひとのやらないこともやった。
最初こそ仲間内に評価されたものの、いつしかそれが当然のように自分の仕事となったとき「なにか違う」と感じ始めた。
仲間たちはもう、自分のことなど見向きもしなかった。
いまとなっては逆によく死ななかったものだと自分を褒めてやりたいくらいである。
立ち止まり、ふとそんなことを考えていると、背後でドサッという音がした。
ある程度の重さのある、なにやら柔らかいものが地面にぶつかる。
そんな音だった。
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