第4話 エロとラーメン

 ぼくはネット上に転がっている、ありとあらゆるお気に入りの動画をダウンロードする作業に没頭した。

 とくに「無修正」ものは、本国の紙媒体では出会えない可能性だってある。

 そのうちぼくは手持ちの保存メディアでは、容量が足りないことに気づいた。


 なのでお隣さんの家からUSBやらフラッシュやらを拝借することにした。

 本当はここん家のパソコンのほうが性能がいいので、本体ごと使いたかったが、いかんせんパスワードが分からない。

 近所の家電量販店にでも行って新品を失敬してくることも考えたが、いつネットワークが切れるとも限らない。

 ある程度、作業には限界が見えているが、ここは背に腹は代えられない。


 なぜだろう。

 こんなにも晴れ晴れしい気持ちでいられるのは。

 目の前で母親を失い、世界からはひとりまたひとりといなくなっているのに。


 ああそうだ。

 ぼくはもともと壊れていた。


 そしていまようやく世界に取り残されて、生きる充実感を覚えている。

 もう誰にも置いてきぼりにされない。

 されようがない。

 だからこんなにも心が楽なのか。


 しかし異常事態であることには変わりはない。

 きっとこの前向きな気持ちも、いつかは萎えてしまうだろう。

 そう鬱とはそもそもそういうものだ。


 夕方近くまで動画のダウンロードに時間を費やし、そういえば今日はまだ何も食べていないことに気が付いた。

 かといって何かこれといって食べたいものがあるわけでもない。


 とりあえずの空腹を紛らわすために、袋ラーメンでも作ることにしよう。

 いまの状況で都市ガスを使うのはなんだか怖いような気がしたので、カセットコンロを使うことにした。

 水道はまだ使えるようなので、500mlの水を鍋に張り火にかける。

 沸騰するのを待つ間に、薬味ネギを刻む。


 そこまで料理をするほうではないが、このネギを刻むという作業は好きだ。

 なんだかとても料理をしているという気になれる。


 冷蔵庫を開け、生卵を取り出し、ふと思う。

 電気の供給が断たれれば、当たり前の話だが生鮮食料品の保存は困難になる。

 現時点で店頭にならんでいるものなど、今週中にはすべて腐ってしまうだろう。

 冷凍食品もおなじことだ。


 早めにホームセンターなどで発電機を手に入れて、電力を確保せねばなるまい。

 燃料はその辺に駐車されている車の燃料タンクから、灯油のポンプで抜き取ればしばらくなんとかなるだろう。


 もしこの世にとり残された人間が自分だけではないとしたら、それこそ物資の奪い合いが始まる。

 だからこそどうか、この異世界転移の流行に乗り遅れたドジは自分だけであって欲しいと心底願うのである。


 さて湯が沸いた。

 ぼくはおもむろに四角い乾麺を鍋へと投入する。

 煮だった泡が噴きこぼれないように火加減を調節し、良きところで生卵を落とし入れるのだった。


 普段であれば茹で上がった麺を先にどんぶりに移し、残ったゆで汁でスープを作りながら溶き卵を入れるところであるが、この日はダウンロード作業のこともあり、いろいろと横着をした。


 出来上がったラーメンを鍋から直接すする。

 異世界へと消えてしまった母親が見たら、きっとやかましくするだろう。


「おふくろ……」


 ここでようやくぼくは目の前で消えてしまった母親と、きっと職場で突然、魔法陣へと飲み込まれただろう父親のことに想いをはせた。

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