第3話 異世界、流行ってるもんね
ぼくは母親が目の前でどこかへと消え去ったショックも忘れて、だるだるに着古したスエット姿のまま家の外へと飛び出した。
そして見た。
大空を覆いつくす巨大な魔法陣を。
テレビ画面に映されていたものとまったくおなじものである。
ぼくはあまりの雄大さに、恐怖よりもまず感動を覚えた。
現実離れした異常な光景。
数分まえに最愛の母親を突如として失い、いままた周囲からは自動車の衝突音が聞こえてくるというのに。
ぼくはしばらく恍惚としていた。
何かが変わる。
本能的にそう感じて――。
これは異世界転移だ。
バカみたいな発想だが、それ以外に説明がつかない。
漫画やアニメ、そしてファンタジー小説でいやというほど楽しんできたが、実際に起こることなど誰が想定しただろうか。
しかもその規模たるや、トラックでひかれるとかそういったパーソナルなレベルではない。おそらくいま全世界の人間が、ぼくの母親とおなじように魔法陣へと吸い込まれてしまっているのだろう。
ふとここで思う。
ぼくはどうだ。
この不可思議な異世界転移現象を確認して数分と経つが、いっこうに魔法陣が現れる気配がない。
つまりはこういうことだろう。
自分はまたしても「じゃないほう」に選ばれてしまったのだ。
ならばと思い、ぼくはすぐ行動に起こした。
家に舞い戻って階段を駆け抜け、自室のパソコンをスリープモードから叩き起こす。
チャットルームはすでに会話が途絶えている。
どうやら仲間たちも異世界へと旅立ったようだ。
この調子で人類のすべてがいなくなれば、当然インターネットなど数日のうちにつながらなくなるだろう。
電気やガス、水道に至っては果たしていつ頃まで使えるのか想像もつかない。
半自動化がなされているとはいえ、この世のすべては人間の手で制御されている。
発電所ひとつとっても燃料供給がされなくなれば、電気は作れない。
逆に炉が「空焚き」の状態になれば、間違いなく火災が発生する。
そして消防隊員がいなくなった世界では、それを消火するものもおらず発電所は姿かたちがなくなるまで燃え続けるだろう。
かつては原発再開にそれほど危機感を覚えていなかったが、いまとなっては稼働が休止してくれていて助かったと心から感じる。
これは一般家庭とておなじことだ。
ぼくの母親とおなじように突然、異世界から呼ばれたのだとしたら、きっと料理中だったご家庭もあるだろう。
おそらくこれから数日は火事との闘いになる。
生き延びるために使える物資をかき集める必要があるからだ。
だがその前に――。
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