第2話 「じゃないほう」に選ばれしもの

 世の中には「じゃないほう」に選ばれしものがいる。

 車を運転すれば交差点のたびに赤信号につかまるのは日常茶飯事として、となりのレジのほうが早かったり、自分に順番が回ってきたときだけATMが故障したりなんてのは、もはや呼吸をしている感覚である。


 そんな身の上だからいまいち上手に生きられなかった。

 ついつい他人と自分を比較して、置いてきぼりにならないようにとがむしゃらに働いてきたが、二年前の健康診断で、過労によるうつ症状の疑いありと言い渡された。


 コンプライアンスの名のもとに就労時間は抑えられていった。

 だがそのうちにやんわりと退職をすすめられる。

 事実上の解雇であった。


 気持ちがふさいでいるときというのは、とにかく自分を責めがちである。

 そして他人の助言の一切も受け付けなくなるものだ。

 無為に時間だけが流れ、やがて世間からも取り残されていく。


 ぼくもまた。

 そんな人間のひとりであった。


 だが親の金に頼んでひきこもること一年が過ぎた頃。

 それは起こった。


 ある日、いつものようにネット仲間たちとチャットでだべっていると、ひとりの入室者がニュースを見ろと言ってきた。


 しかし自室にはテレビがない。

 べつにネットニュースを確認しても良かったのだが、なんとなく母親のいる居間へと行ってみた。

 するとテレビのワイドショーを見ていた母親が「大変なことになっている」と振り返った瞬間、彼女自身もまたその大変なことに巻き込まれようとしていた。


 突如として空間に現れた紋様――どう考えても魔法陣としか言いようのない光の円のなかに母親が吸い込まれていったのだ。


 一瞬のことだった。

 別れの言葉を掛けることもなく、目の前でぼくの母親はいなくなったのだ。


 唖然としているぼくの耳には、テレビ画面のなかで阿鼻叫喚とする街並みの様子が聞こえてきた。

 視線を移すとそこには、さっき見たのとおなじ現象が繰り広げられている。


 異常な事態を伝えるアナウンサーの叫びが、魔法陣の出現と共に消失した。

 さらに映像を撮影していたカメラマンも消え去ったらしく、テレビ画面が突然揺れて、空を映した状態のまま止まったのである。


 生きたままになっている音声だけが、周囲の状況を伝えている。

 どうやらあちこちで車が衝突しているらしい。


 たまに飛んでくる何かの破片が、上空を映したままのテレビ画面を横切った。


「なんだ……これ……」


 仰向けになった状態のカメラが映し出した空には、天を覆いつくすほどの巨大な魔法陣が描かれていた。

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