第8話ー⑥ 正義の味方
予定通りの19時頃に暁が帰宅すると、それから三谷家では夕食の時間となった。
家族四人、1つのテーブルに着いて(ミケもテーブル近くで一緒に)夕食を摂ることがルールとされている三谷家。たまに暁の帰りが遅いと3人で食べることがありつつも、4人と1匹での夕食がほとんどだった。
「そういえば、今日青葉を連れてお散歩をしていたんですが――」
夕食時はそれぞれあったことを話すことが多く、奏多は青葉と何をしたとか、暁は学園長室の窓から見えた外で遊ぶ生徒たちがこうだったとか――楽しそうに食事を摂る。
「へえ、そんなことがあったんだな! 日々成長がみられて、俺は嬉しいよ」
「学園の方はどうですか? もうすぐ体育祭と聞きましたが」
「ああ、それがさ――」
水蓮は暁の話を聞きながら、いつ自分のことを言われるのだろうと若干ヒヤヒヤしていた。しかし、暁の口から学園で生徒同士の喧嘩があったことは語られなかった。
長瀬川先生、お父さんには話さなかったんだ――と水蓮はほっと胸を撫で下ろす。
「水蓮は変わりなかったか?」
唐突に尋ねられた水蓮は、
「う、うん! すっごく楽しかったよ!!」
と少し焦りながら答える。
「そっか~よかったな」
「あははは」
それから水蓮は昼にあったことを暁や奏多に話した。もちろん、あの喧嘩のことや長瀬川から聞いた話のことは伏せて。
そして夕食を終え、水蓮は入浴のため風呂場へ向かった。
その後、入浴を終えて部屋に戻ろうとした水蓮は、リビングで暁と奏多が口喧嘩をしているところを目撃する。
「だから私は大丈夫だと言っているでしょう? 暁さんが心配しすぎなんです!」
奏多は暁の前に立ち、そう声を上げる。
「そうかもしれないけど、俺だって少しは役に立ちたいって思うわけで――」
「暁さんは学園運営のことがあるじゃないですか! だから家事の配分は以前決めたものでいいんです! 何が不満なんですかっ!!」
奏多は暁の声を遮り、まくしたてる様に言った。
「で、でもさ」
「このまま話していても、埒が明きません。私はもう寝ます! そこで頭を冷やしなさい!!」
そう言って奏多はぷりぷりと怒りながら、青葉が眠る寝室の方へと向かって歩いて行った。
奏多がリビングの扉をバタンと閉めて出て行くと、
「はあ。余計なことを言っちゃったかな……」
そう言って暁は肩を落とした。
さっきまであんなに楽しそうに話していたのになあ、と暁を見て首を傾げる水蓮。
「お父さん、どうしたの?」
そう言って水蓮は暁の横に立った。
「ははは。まあ、いろいろとな。失敗しちゃったわけだ」
暁は水蓮の顔を見て、苦笑いをする。
「失敗……?」
「そう。奏多が一人で家事も子育ても頑張ってくれてるからさ、俺も何かできないかって話をしたら――あはは」
「そう、なんだ」
前に、お母さんも似たようなことを言っていたような……? 『私にできるのは仕事を頑張る暁さんに負担を掛けさせないこと』って――
「はあ、まいったなあ」
「でも、珍しいね。お父さんが、失敗なんて」
「そんなことないさ。俺なんて失敗ばっかりだよ」
そう言って、ははっと笑う暁。
「そうなの?」
いつもみんなを助ける『
「ああ。水蓮と出逢う前にだっていろいろあったし、水蓮と出逢ってから今でも失敗はする」
「お父さんでも、そうなんだ」
ちょっと意外かな、と言って水蓮は小さく頷く。
「意外って! あははは――でも、失敗する度に学んで、次までの経験値にしながら、前を向いて歩いていくって決めてるからさ。そこからでしか得られないものもあるし、失敗する俺も間違う俺も、結局全部が俺なんだよ」
そう言って暁は優しく微笑んだ。
水蓮にはそれが、たくさんの失敗や間違いを乗り越えてきた強い笑みに見えた。そして多くを経験してきた暁だからこそ、信憑性がある言葉のように思った。
しかし、失敗も間違いもあったっていい――その言葉を受け入れようとするのと同時に、自分の中にある正しさを否定しているように感じてしまう水蓮。
「――じゃあ、正しくなくても良いの?」
水蓮はそう言って自分の心の芯が震えるのを感じていた。
自分の信じてきたものが、もしかしたら暁に否定されてしまうかもしれないとそう思ったからだった。
「うーん。そもそも正しさって人それぞれなものだし、これをこうすることが絶対に正しい! なんてことはないと思うんだ。ただ、水蓮が正しいと思うのなら、そうすればいいだけのことだと思うよ」
思いもよらない返答に、水蓮は少し驚き、目を丸くする。
私が正しいと思うなら、そうすればいい、か。そうだとしたら、私は私が正しいと思う行いをしたい――
そう思った時、水蓮は昼間、長瀬川に言われたことを思い出した。
『――正しい行動が、必ず正しい結果を生むとは限らない』
その言葉の通り、水蓮はあの時の喧嘩を止められなかったし、もしかしたらあの2人の溝を余計に深くしてしまったかもしれない、と水蓮は悲しみ俯いた。
「でも、私がそうすることで、誰かが傷ついちゃうかもしれないよ。そうだとしたら、私は私の正しさを通していいのかな」
水蓮は、自信のない小さな声で、ぽつりとそう呟く。
「別に、いいんじゃないか? 確かに傷つけることになるかもしれないけれど、それをやってみなくちゃ相手にとって正しい行動かどうかなんてわからないだろ?」
「…………そっか。そう、だよね!」
水蓮はゆっくりと顔を上げながら、そう言って笑った。
「何か気が付いたみたいでよかったよ」
暁はニッと笑う。
「ありがとう、お父さん。やっぱりお父さんは『
「は、はあ!?」
水蓮の言葉に、驚愕の表情を浮かべる暁。
そういえば、お父さんの前でお父さんは『
「お父さんの言葉や行動は、私もそうだけど他の人達を救う力があるよね。それってすごいよ……本当にすごいっ! だから私は、そんなお父さんみたいになりたいって思うよ」
「さっき盛大な夫婦喧嘩を見られていて、そう言われてもなんだかなあって思うんだが」
恥ずかしそうに頬を掻いて、暁は苦笑いをした。
「まあ、それはそれだよ!」
「そ、それでいいのか!? ――けど、水蓮にそう言われたんじゃ、いつまでも恥ずかしい『
そう言って、胸の前で右手の拳をぐっと握る暁。
「うんうん」
そういうところは前と変わらず、熱血教師っぽいなあと水蓮はくすりと笑う。
「奏多の想いを汲み取ってからちゃんと話すべきだった。だから謝ってくるよ」
「頑張って!!」
それから暁はリビングを出て行った。
「やってみなくちゃわからない――そうだよね。私も私が正しいと思うことをしよう。それで誰かを傷つけてしまっても、その誰かをまた救えるようになったらいいんだよ」
水蓮は嬉しそうに微笑みながらそう呟き、リビングを後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます