第8話ー⑤ 正義の味方

 ――夜明学園、廊下にて。


「正しい行動が正しい結果を生むとは限らない、か……」


 水蓮は先ほど長瀬川に言われた言葉を口にしていた。


 私のあの行動が喧嘩をしていたあの子たちを傷つける可能性があったかもしれないってことだよね――


 そう思いながら、暗い表情をする水蓮。


 裕行君に止められていなければ、自分はあのまま――と水蓮は顔を歪める。


「お父さんみたいな『正義の味方ヒーロー』にはなかなかなれないものなんだね、はあ」


 その後、水蓮は教室で荷物を回収すると、朝と同様にスクールバスへ乗り込み、自宅へと向かった。


 そして水蓮は動くバスの中で、自分の正義って何なんだろう――? と悶々と考え続けていたのだった。




 水蓮は自宅近くの停留所でバスを降りると、そのまま自宅へ向かって歩き出した。


 9月と言ってもまだ残暑は厳しく、じりじりと照り付ける太陽に水蓮は額に汗をかいていた。


 若干の暑さは感じつつも、今は自分の感情をどうにかしないければ――と水蓮は自宅までの道のりで考えを巡らせていた。


「落ち込んだまま帰ったら、きっとお母さんは『何があったの?』って心配するよね。家に入るまでには、気持ちを切り替えなくちゃ」


 それからしばらく歩き、水蓮は自宅の前に到着した。


「笑顔ですよ、水蓮」


 そう言って自分の頬をつまみ、無理やり笑顔を作る水蓮。


「よしっ」


 そして水蓮は、玄関の扉を開けた。


 それから水蓮がリビングに向かうと、そこには母の奏多がソファに座り、テレビを観ていた。


「お母さん、ただいまです」

「おかえりなさい、水蓮! 学校は楽しかったですか?」


 奏多は笑顔でそう言って、身体を水蓮の方に向ける。


 楽しかった、か。ですか――そう思い、水蓮は一瞬だけ暗い表情をするが、すぐに笑顔を作った。


「は、はい! 楽しかったですよ!!」

「そうですか。だったらいいですが?」


 そう言って怪訝な顔をする奏多。


 もしかして、お母さんは何か気が付いたのかもしれない。これは良くないです――


「久しぶりの学校で疲れちゃいました! ちょっとお部屋で休んできますね!」


 水蓮はそう言って、リビングを急いで出て行ったのだった。




 ――三谷家2階、水蓮の部屋にて。


「強がらなくてもよかったのに。――お母さんなんだから、相談したっていいはずなのにね」


 そう呟きながら水蓮は机に向かい、手に持っていた鞄をその机に置いた。それから部屋が暑さでモワッとしたため、水蓮はすぐに冷房をオンにする。


 お母さんのことは大好き。でもお母さんは、私の本当の母親じゃない。だから私は、お母さんに余計な心配を掛けさせたくないのかもしれない。本心を言葉にできないのかもしれない――


 それから水蓮は制服から部屋着に着替え、椅子に座る。そのまま片肘をつき、水蓮は「はあ」と深い溜息を吐いた。


「にゃーん」


 唐突に足元から聞こえたその鳴き声に、水蓮ははっとして顔をその鳴き声の方へ向けた。


 すると、そこには三谷家で共に暮らす三毛猫のミケがちょこんと座っていた。


「あ、ミケさん。いつの間に来てたの?」


 そう言ってミケを抱き上げる水蓮。


 各部屋にはミケが通れるように、猫用の小さな扉が設置されていた。ミケはその扉から、どこの部屋にも行き来が自由にできるようになっていたのだった。


「もしかして、スイのことを心配してくれたんですか?」

「にゃん!」

「ミケさん、ありがとう。ミケさんはずっとスイのお友達、だもんね」


 水蓮はそう言いながら、ミケに頬ずりをする。


「あ、しまった。ついまた『スイ』って……青葉が生まれてお姉さんになったんだから、やめるって決めたのに」

「にゃーん?」

「ミケさんは本当に優しいね。いつも私のこと、励ましてくれる」


 確か、お父さんたちが私の親になるとそう言ってくれた少し前にも、同じようにミケさんが励ましてくれたよね――


「ミケさん、これからもずっと私のお友達でいてね」

「にゃん!」

「ありがとう」


 そう言って微笑む水蓮。


 そうだ。ものは試しに――


「ミケさん。私の相談を聞いてくれますか?」


 水蓮はミケの顔をじっと見つめてそう尋ねた。


「にゃん」

「いいよって言ったのかな? それじゃあね――」


 それから水蓮はこの日に学校であったことをミケに語った。


 ミケは水蓮に何かを言うわけでもなく、水蓮が語り終わるのを待っているようだった。


「――ミケさん。私の正義ってどこにあるんだろうね」

「にゃーん」

「あはは。こんなことを聞かされても困っちゃうよね」


 そう言って水蓮は苦笑いをした。


 ミケさんがお話できたらよかったのにな――


 そう思いながらミケを見つめる水蓮。


「まあ、この話はこれでお終い! これからは先生に頼るってことで解決です」

「にゃーん?」


 首を傾げながら水蓮にそう言うミケ。


「もしかして、それでいいのかって言っているんですか?」

「にゃん」


 なんでだろう。ミケさんは、私の言葉をわかってくれているような気がしてしまう――


 そんなはずないのに、と水蓮は困った顔をする。そして、


「いいんです。仕方がないんです。私が正しいと思っている行動が、誰かの正しいにはならない。最悪な結果になることだってあると私は知ったんですから」


 水蓮はそう言って悲し気に笑った。


「それじゃあミケさん。私はそろそろお勉強の時間なので、またあとで遊ぼうね」

「にゃん!」


 それからミケは水蓮の部屋を去り、水蓮は机に向かって勉強を始めたのだった。

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