第7話ー③ 僕(『織姫と彦星』狂司視点)
それから1か月が経った頃のことです。
いつもより早めに打ち合わせを終え、僕が一人で片づけをしていると、如月さんが食堂へ乱入してきました。
どうやら僕と織姫さんに茶々を入れるつもりだったようですが、残念な結果に終わったようですね。
「――狂司はここを出たらどうするの?」
如月さんは急にそんなことを僕に尋ねます。
「まあその辺の高校に転校することになるでしょうね」
僕は片づけを進めながら、とりあえずの方向性を如月さんに伝えました。
すると、如月さんは少々怪訝そうに、
「じゃあ、その先は?」
と今度はそう尋ねてきます。
僕は少々面倒に思いつつも、如月さんに答えます。
「大学に入るか、もしくは就職ですかね。今のところは」
しかし、如月さんはなぜそんなことを気にするのでしょうか。僕にはさっぱりです。
「――織姫はどうするの?」
その何の脈絡もないその問いに、僕は少しだけ首を傾げました。
「どう、とは?」
僕は片付ける手を止めずに、淡々とそう答えます。
「だって、一緒に『アルフェラッツ プロジェクト』やってるでしょ? それはどうするのかなって」
一緒に、ですか……まあ、はたから見ればそう思いますよね。
「……そのプロジェクトはもともと、織姫さんが一人で考えて始めたものです。僕はその手伝いをしていただけに過ぎませんから」
「そう、なの?」
僕の言葉を聞いて、目を丸くしている顔が目に浮かびますね。
そんなことを思いつつ、僕は如月さんに背を向けたまま、片づけを進めます。
「けどさ、せっかくここまで関わったのなら、最後まで関わればいいじゃん? なんでそんな中途半端なの?」
それはダメなんです。だって――
「――そういう約束、ですから」
僕が手を止めてそう呟くと、
「約束って、何を約束したの?」
如月さんは僕にそう尋ねます。
なぜそんなことを言わなければならないのか……僕はそう思っているのに、つい如月さんには真実を話したくなるのです。
「ここを出たら、もう関わらないって約束です」
僕はその真実を笑顔で告げてあげました。
織姫さんとはここにいるだけの関係ですよ、と表現するように。
「はあ!? 何なのそれ!?」
「如月さんが施設に来る少し前、僕たちはそう言う約束を交わしたんですよ」
僕がそう言うと、如月さんはなんだか怒っているようでした。そりゃそうですよね。大切な友人が最低なクラスメイトに利用されていたことを知ったのですから。
「いや、意味わかんないし! ってか、そんな約束、いつまでも守らなくても良くない? 別に、狂司だって織姫と一緒にいて嫌ってわけじゃ――」
「嫌です」
「は……? 何、言ってんの」
如月さんはとても困った顔をしていました。
僕がはっきりと嫌だと言ったからでしょう。
「嫌です。一緒にいたいわけじゃないですし、いつまでも独り立ちできない織姫さんは嫌です」
その言葉に違和感があるのはなぜでしょう。
そんな疑問を抱きながらも、僕は続けます。
「僕が一緒だと、彼女はダメになるかもしれない。一人でできなければ、婚約の件も何とかできないのに。僕がいたら、ダメなんですよ」
そうです。織姫さんはそもそも婚約を破断にするために、今回のプロジェクトを企画したんです。目的は少し変わりつつありますが、そこが一つの大きな目標であることに変わりはないのです。
だからまず彼女が一人でこのプロジェクトを運営し、成功させること。それを彼女が成し遂げなければならない、最初の試練なのですから。
「婚約って何? 何のこと??」
「何も聞いていないんですか? 織姫さんはこのプロジェクトで結果が出なければ、夢は絶たれるんです。親同士の決めた相手と結婚しなければならないんですよ」
僕のその言葉に如月さんは驚愕の表情をしていました。
表情から察するに、婚約のことを聞いていなかったのでしょう。少し意外でした。親友の如月さんには話しているものだと思っていたので。
……僕は、ひどいことをしてしまいましたね。
「そんなこと、私には一言も……」
如月さんにはこんな悲しい思いをさせてしまってけれど、その運命を辿らせないために、僕は僕ができることをすると決めたんですよ。
「だから、僕はこのまま身を引こうと思うんです」
「身を引くって?」
「――僕がいて、織姫さんがダメになるくらいなら、僕はいなくなりましょう。そして彼女が輝く姿を、僕は陰ながら応援したいなと」
僕がいなくなることで、織姫さんが輝けるのなら。夜空に輝く星になれるのなら。
「本当にそれが織姫の為なのかな。狂司がいなくなったほうが、織姫はダメになりそうだけど……」
如月さんは悲し気な顔をしながらも、僕にそう言います。
しかし、この人はなんて馬鹿なことを言うのでしょう。僕がいなくなった方が、ダメになる? そんなことがあるわけないです。
今の織姫さんは一人じゃない。如月さんもいますから。
それに。僕が傍にいたら、織姫さんにはきっとよくないことが起こる。
「そんなことはないです。僕みたいな社会から一度でもはみ出した人間と、これから未来を変える存在の織姫さん――きっと僕たちが出会うことが間違いだったのかもしれません」
「は? 何言ってんの?」
「僕じゃなければ、彼女はもっと早くに問題を解決して、今とは違う未来があったんじゃないかと思うのです。僕が、彼女の成長する機会を奪ったんですよ」
僕は、そう思うから。
まっとうに生きると誓っている今。僕はまだ、まっとうな人間じゃないから。
それから如月さんは顔を歪めて、
「まあ、狂司の気持ちはわかったよ。――でもさ、ちゃんと織姫にはその辺伝えたほうがいいよ? 身を引くにしても急にいなくなりでもしたら、織姫はきっと悲しがるし、私も寂しいしさ」
そう言いました。
「……はい」
それから如月さんはミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、
「んじゃ、また明日ね」
そう言ってから食堂を出て行きました。
「織姫さんに伝える、ですか……」
今までさんざんに伝えていることです。だから織姫さんだって、きっとわかってくれている。
でも、前に――
『――狂司さん。この先も一緒にというのは、ダメなんですか?』
そんなことを言われましたね。
「一緒に……」
ダメです。このままじゃ、きっと織姫さんは、僕に頼り切りになってしまう。それではダメです。
僕がいなくなることで織姫さんは一人でやっていく術を身に着けてくれるはずです。だから僕は一緒にはやれません。
でも、もしも可能性があるのなら……?
「僕、何を考えて!!」
確かに、織姫さんとの時間は楽しいです。ずっとずっと楽しかったです。でも、僕はあくまで援助をするだけの関係。僕が介入していい問題ではなかったはずでしょう。
「僕はどうしたいんですか。どうして、こんなに……」
もっと要領よく行動出来た。冷静に答えを導き出せたはず。それなのに、どうして織姫さんのことになると、こうも迷いが生じる?
こんなの僕じゃない。こんなのは、僕の理想の
「急にいなくなったら、悲しい……ですっけ」
そして僕は無意識のうちにノートパソコンを持ち、食堂を出ていたようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます