第7話ー② 僕(『織姫と彦星』狂司視点)
翌日、織姫さんは昨夜のやり取りを忘れたかのようにケロッとしていました。
僕が思っているより、彼女は成長しているのかもしれませんね――そんなことを思いながら、織姫さんのいつも通りの顔を見て、僕はほっと胸を撫でおろしました。
この時に僕は、ある疑問を抱きます。
なぜ織姫さんの様子を見て、僕はほっと胸を撫でおろしたのだろう、と。
フォローを入れる必要がないことに……? いいえ、それとはなんだか違います。だったら、なんだ――?
延々とそのことを考えましたが、結局答えには至りませんでした。
僕はもっと僕のことを理解しているつもりだったのですが、どうやらそうでもないみたいです。
「僕もまだまだという事なのでしょう」
とりあえず、今回はもうそれ以上のことを考えるのはやめました。
それから時間は流れ、ある日の事です。
暁先生が急に僕を含めた施設の生徒たちを食堂に呼び出しました。
まさかまた隔離事件のように、自分の身に何かがあるとそう伝えるつもりなのでしょうか。
そんなことを思っていると、
「施設の解体日が決まった」
暁先生は少し寂し気にそう告げました。
それから一呼吸おいて、「4月末になる」と続けました。
僕以外の生徒たちは少々動揺しつつも、納得している様子でした。もちろん織姫さんも、その1人でした。
ちなみに僕は、おそらくみんなほど悲しんではいなかったと思います。
とうとうこの日が来たか――それくらいの気持ちですね。
その後、僕は織姫さんといつものように、食堂でプロジェクトの打ち合わせを始めました。
しかし先ほどのことがあってか、織姫さんはなんだか意気消沈気味。手がほとんど動いていなかったのです。
頬杖をついてボーっとしている織姫さんに、
「少し休憩にしましょう」
と告げると、
「そうですね」と織姫さんは答え、キッチンスペースの中へと消えていきました。
おそらく紅茶の準備でもするつもりなのでしょう。
そして案の定、紅茶のセットを持って、織姫さんはキッチンスペースから姿を現し、自身の分だけではなく、僕の分まで用意してくれました。織姫さんの淹れてくれる紅茶はおいしいので、僕としてもありがたいです。
それから織姫さんは一口紅茶を飲むと、カップから口を離し、そのカップを見つめながら、
「4月、ですか」
悲しそうにポツリと言いました。
その言葉を聞き、僕は織姫さんに協力すると言ったその日のことをふと思い出しました。
『できるかもしれません! 烏丸君と一緒なら!』
嬉しそうにそう言う織姫さんを見て、あの時の僕は、頼ってもらえたことが嬉しいなんて思っていましたね。
あれから1年ちょっとですか……織姫さんとはずいぶんたくさんの時間を過ごしてきたように思います。その時間はとても楽しかった。
「なんだか、長いようで短かったですね」
「それはどういう意味ですか」
笑顔でそう言う僕とは反対に、織姫さんはなんだかご機嫌斜めみたいです。失言だったでしょうか。
こういう時、何を言っても意味がなさそうなので、少しからかって別のところに意識を持っていきましょう。
「いえいえ。ここで過ごした時間の話です。それと――織姫さんと過ごした時です」
僕がこうしてニコッと微笑むと、織姫さんはとても可愛らしい反応をしてくれます。
「そういう、思わせぶりみたいな行動は慎んでくださいよ!!」
そうそう、これです。今日はなんだか楽しくなってきたので、もう一声いきましょうか。
「あはは。気をつけます。まあ、織姫さんくらいにしか、こんなことはしませんが」
「もうっ!」
そう言ってそっぽを向く織姫さんが微笑ましくて、可愛らしく思うのです。
でもこれ以上からかうとまた本気で怒られそうなので、やめておきましょう。織姫さんは怒ると怖いですから。
「ははは! でも、残り2か月ほどになりますね」
「――ええ」
織姫さんはそっぽを向いたまま、そう答えます。
「そういえば、大学は決まったんですっけ?」
「はい。制度が撤廃になるのなら、5月からは通学ができるということですよね」
「そうですね」
そうでした。5月から僕たちはもうS級クラスという称号を失うことになる。つまり、少し能力値の高いだけのただの人になるわけでしたね。
「狂司さんはどうするのです?」
織姫さんは僕の方をゆっくりと見て、そう言います。
「僕はどこかの高校に入り直すのだと思います。まっとうに生きるって決めたので」
そう。僕はドクターと翔先輩にそう誓ったのですから。
「そう、ですか」
ん? 織姫さんが何かを期待して、僕に視線を向けている? でも、僕はあなたの期待に応えることはできませんよ。もうゴールは決まったのですから。
「ここを出たら、お互いに一人になってしまいますが、頑張りましょうね」
僕は織姫さんを遠ざけるために、わざとそんな嘘っぽい笑顔で答えました。
もちろんそんな僕を見た織姫さんは、落胆せざるを得ないですよね。これからは僕が期待に応えてあげられることはなくなるのですから。それに慣れていってもらわないといけません。
「はい……」
そう言う織姫さんは、見るからに悲しそうでした。
最近、僕は織姫さんにそんな顔をさせてばかりですね。前はもっと笑っていたように思います。
プロジェクトの打ち合わせをしているときや自室に戻るまでの廊下。いつも織姫さんは笑顔で楽しそうだった。そんな姿を見ていて、僕も――
「楽しかったんですけどね」
「え?」
驚いた顔で織姫さんは僕を見つめていました。でも僕自身もびっくりです。なんで、そんなことを呟いてしまったのだろうと。
「ああ、いえ。何でもないです。ほら! タイムリミットは決まったわけですし、どんどん進めましょう」
今更こんなことを言って誤魔化せるとは思いませんが、織姫さんなら聞かなかったことにしてくれるでしょう。
「は、はい」
織姫さんは首を傾げながらも、それだけしか言いませんでした。
なかったことにしてくれたようで、僕も胸を撫でおろします。
それから休憩を終えた僕たちは、またいつものようにプロジェクトの打ち合わせを進めたのでした。
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