第1話ー⑦ 出会い

「キリヤ、お前!! 俺まで巻き添えになるところだっただろうが!!」


 暁に突き飛ばされた剛は、尻もちをつきながらキリヤに文句をぶつけていた。


「剛なら、当たっても死なないって思ったからね。怒ったなら、謝るよ。ごめんね」


 キリヤは冷ややかな笑顔で剛に告げた。


 すると剛はキリヤからゆっくりと目をそらした。


「も、もうあの時みたいに、死にかけるのはごめんだからな!」


 この二人は昔、何かあったのか? なんとなく剛が怯えているような――


 暁はそんなことを思いながら、キリヤから目をそらしたまま俯く剛を見つめる。


「さて、暁先生。僕から逃げ切れるかな」


 そう言ったキリヤに視線を向ける暁。


 その視線の先にいたキリヤは、不敵な笑みを浮かべながら右手の掌に無数の氷の刃を生成していた。


「や、やべぇよ、先生。あいつがあの状態になると誰も手が付けられないんだ」


 剛は暁の方を見て、声を震わせながらそう言った。


「あの状態……」


 それから暁は、不敵な笑みを浮かべたままのキリヤをじっと見つめる。


 確かに、怒りの感情――というか、俺に対して良くない感情を向けていることは明らかだな。このまま感情の制御が利かなくなったら……それはあまり良い状況とは言えないな――


「さて、どうする……」


 自分の力で剛を守り切れるのか。守り切れても無傷で済むのだろうか。そして、キリヤの心は――と、暁は逡巡していた。


「――そうだ先生、時間は!」


 はっとした顔で、剛は暁にそう告げた。


 それから時計に目を向ける暁。すると、制限時間の15分はとうに過ぎていたのだった。


「キリヤ、待て。タイムアップだ」


 暁は苦し紛れにキリヤへそう告げる。


 今のキリヤにこんな言葉が通用するかはわからないけれど、打てる手は打つしかないよな――


 そう思いながら、キリヤの答えを待つ暁。


 するとキリヤは少し考えてから小さくため息を吐くと、


「――そうか。じゃあ今回は僕たちの負けだね」


 淡々とそう言って、暁に背を向けた。


 まだ話を聞いてくれるだけの心の余地があって良かった――


 暁はほっと胸を撫で下ろし、


「ああ。じゃあとりあえず開始地点に戻ろうか。他のみんなはもう集まっているかもしれないからな」


 そう言ってニッと笑った。


 それからキリヤは無言で歩き始め、剛は「わかった」と言って立ち上がり、暁の後ろについて歩いた。


 暁は無言で前を歩くキリヤの背中を見て、先ほどのキリヤがしていた不敵な笑みを思い出していた。


 あのまま続けていたら、キリヤも……。そうなったら、剛を守りながらすべてを防ぐなんてできなかっただろうな。相手はS級。いくら俺が……だとしても、容易ではないだろうな――


 暁がそんな事を思っていると、後方にいた剛は暁の隣に並んだ。


「先生は他の大人と違うみたいだから、信じてもいいって思った」


 剛は小さな声で暁にそう言った。


 その言葉に暁は嬉しく思い、少し照れ臭そうに微笑んだ。まさか、生徒からそんな言葉をもらえるなんて――そう思いながら。


「そうか。ありがとな剛」

「おう! それと、先生が言うような心から強い人間になれるように努めるよ」


 そう言って、剛はニッと笑う。


「ああ!」


 そして暁もそんな剛に笑顔で返した。


 剛の変わりたいという気持ちを純粋に嬉しく思い、暁は自分の胸が熱くなるのを感じていた。


 教師になったからこそ、この瞬間があるのだろう――そう思いながら、今この瞬間を噛みしめる暁だった。




 ――グラウンドにて。


 暁たちがグラウンドにつくと、他の生徒たちはすでに集合していた。


「悪い、遅くなった!」


 暁がそう言って集まる生徒たちに声を掛けると、


「勝敗は!? 結局、どっちの勝利?」


 いろははそう言って暁に詰め寄る。


「勝負は暁先生の勝ちだ。俺もキリヤも時間内に捕まえられなかったからな」


 剛は割り切ったようにそう言って、肩をすくめた。


「ええええ! じゃあアタシたちセンセーの言いなりなわけ? 最悪じゃん!」


 いろはがそう言うと、他の生徒たちは一気に表情が強張る。


「ぼ、僕たち、どうなるの、かな……」


 小さくなって頭を抱えながらまゆおはそう言った。


 そんなまゆおを見た暁は、レクリエーション時にまゆおと鉢合わせなかったなあとふと思う。


「そういえばレクリエーションの間、まゆおの姿だけ見ていないけど――どこに行っていたんだ?」


 暁がそう尋ねると、


「こ、こで攻撃の、チャンス、を、ま待っていた、いたんです」


 まゆおは小さくなったままそう答えた。


「おお、そうだったのか――!」

「嘘つけーい! どうせ怖くて、隠れていたんでしょうが!」

「ご、ごめんなさーい……」


 まゆおをしかるいろはを見た生徒たちは、やれやれと言った顔をして笑っていた。


「まあそんなわけで、これでレクリエーションは終了だ。勝ったのは俺だから、お前たちは何でも俺の言うことを聞いてもらうからな!」


 暁のその言葉に、ごくりと息をのむ生徒たち。


 その緊張感を、なんだか教師っぽいな――! と暁は少しだけ楽しんでいた。


 それから暁はニヤリと笑い、


「何でもか。そうだな――よしっ! じゃあ、これから何か悩みや相談事があれば、俺に相談すること。以上だっ!!」


 右手の拳を肩の高さでぐっと握ってそう言った。

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