第1話ー⑥ 出会い

 ――グラウンドにて。


「はあ、ここなら、誰にも見つからないだろう」


 暁はそう呟き、グラウンドにある大きな大樹の裏に座った。


「ちょっと、休憩……さすがに、この年で全力疾走はいかんな。はあ」


 それからゆっくりと視線を上にあげる暁。


 木々の揺らめきと、その隙間から差す日の光の輝きを見て、暁はほっとしていた。


「自然って癒しだよな、はあ――残りは7分、か。やっと半分って感じだな。攻撃が当たらなくても、一人で逃げ続けるっていうのは結構しんどいよなあ」


 そう言ってから、大樹に背中を預ける暁。


 それから甲高い音とともに、暁の元には少しだけ肌寒い風が吹き抜けていった。


「何の音だろう……弦で弾いたような、そんな音だ――」


 暁はそう呟き、聞こえた方に顔を向ける。すると、突然の風圧と共に地面がえぐれたのだった。


「は……!?」


 風? 真一の能力か――?


 えぐれている地面を見て、暁は考えを巡らせる。


 すると、再び甲高い音が風にのって鳴り響き、すぐあとに風圧が来て、地面がえぐれた。


「あらあら。仕留めそこないましたね。ふふ。私もまだまだ練習が足りない証拠でしょうか」


 その声にはっとする暁。


 どこから声が――? と暁は周囲を見渡して、2階にある教室に奏多の姿を見つけた。


 教室の窓から暁の方を笑顔で見つめる奏多。その手にはバイオリンが構えられていた。


「『斬撃』ってバイオリンを使っての『斬撃』だったのか!」

「次は外しませんよ?」


 笑顔でそう告げる奏多。そして奏多は弦に指をかけ、そっと弾く。すると、再び風圧が襲い、地面がえぐれた。


「あの遠距離からの攻撃を何度も躱すのは無理だな……」


 そう呟いているうちに次の一撃が来ていた。


「とりあえず、教室から死角になる場所へ――!」


 暁は障害物で身を隠しながら、教室からの死角圏内へと移動したのだった。



 * * *



 ――教室にて。


 暁の姿が見えなくなった奏多は、安堵の表情をしながら、その場に座りこんだ。


「どうやら怪我はない、みたいでしたね。よかった……」


 それから手に持っているバイオリンを見遣り、そっと触れる奏多。


「――ごめんね」


 奏多はそう呟いて、バイオリンをぎゅっと抱いたのだった。



 * * *



「攻撃が止んだみたいだな」


 建物横の林に逃げ込んでいた暁は、そう呟き肩で息をする。


「でも、遠距離攻撃とかちょっと反則だよな。避けられないことはないけど、能力者の奏多を直接捕まえられないから、攻撃を止めることもできな――」


 突然、背後に気配を感じた暁ははっとして振り返った。


 すると、そこに炎の拳を振りかざす剛の姿を見る。


 さすがにそのまま避けるのは、無理だろうな――


 そして両足に力を入れ、間一髪で後ろに退き、その拳を躱す暁。


 剛は振り下ろした拳に感触がないことを察すると、ゆっくりと顔を上げ、目の間にいる無傷の暁を見据えた。


「冴えない顔をして、なかなかやるな」

「あはは、ありがとな!」


 暁がそう言って笑うと、剛は鋭い視線で暁を睨みつける。


「お前はもしかしたらなんて思ったんだけどな」


 小さな声でそう呟く剛。


「今、なんて――」

「なんでお前がこの施設へ来たのかは知らないが、俺たちの日常を壊すっていうなら容赦しない! ここは俺たちS級クラスが、唯一平和でいられる場所なんだからな」


 そう言う剛の表情から、怒りを感じる暁。


 最初に挑発をしすぎたのかもしれないな。このままじゃ、まずいかもしれない――


 何とかして剛の怒りを鎮めなければ、暁はそう思いながら息を飲む。


「剛――お前が何を勘違いしているのかは知らないけど、俺はお前たちの日常を壊すつもりはないぞ。俺はただお前たちと仲良くなりたいだけなんだから」


 暁は剛の顔をまっすぐに見て、そう告げた。


「今までここへきた大人たちは全員同じことを言って、その全員が俺たちを傷つけた! 俺はここにいる仲間たちが悲しむ顔をもう見たくないんだよ!」


 そう言って両手の拳を握る剛。


「傷つけた……?」


 眉間に皺を寄せ、暁はそう呟く。


 政府の人間から、この施設に勤めていた教師たちが生徒の手によって傷を負ったことは聞かされていた暁だったが、生徒自身が教師のせいで傷ついていることは聞かされていなかったのだった。


「ああ、そうだ! だからお前が仲間を泣かせる前に俺がお前を倒してやる!」


 そして剛は全身に炎をまとい、暁に向かって拳を繰り出していった。


「大人は信用できねぇ! どうせお前も、ほかの大人みたいに俺たちを裏切って傷つけるんだろうが! 力のあるお前らが悪いって、その立場を利用して!! そんな卑怯なやつ、俺は絶対に許さねぇ!!」


 次々に剛から炎の拳が繰り出される。


 今までの教師たちがそんなことを……だからみんな、俺のことも敵視していたのか――


 暁はそう思いながら、無言で剛の拳を躱し続けた。


「俺は強くなるんだ。卑怯な大人たちから迫害される、俺たちみたいな能力者を救うために! だからお前なんかには絶対負けねぇ!!」


 その言葉を聞き、暁は怪訝な表情をした。強くなる――剛のその言葉に違和感を抱いたからだった。


 助けたい仲間の存在が、剛にそう思わせているのだろうと悟った暁だったが、剛の求めているその強さを認められなかった。


「なあ、剛。本当の強さって何なんだろうな」


 暁は剛に問いかけた。


 すると剛は、手を止めずに答える。


「誰にも負けない力を持つことに決まっているだろうが!」


 やっぱりそうか――と暁は、まっすぐに剛の目を見つめる。



「確かに誰にも負けない力は必要かもしれない。でも、それだけでいいのか」


「――は?」


「本当の強さは自分の弱さを知ることだって俺は思う。その弱さを認められないやつは、他の人の弱さを認められないからな」


「知ったような口、叩くんじゃねえ!」



 そう言って剛は大きく振りかぶり、拳を繰り出す。


 暁は炎をまとったその拳を見据え、


「だから――自分の弱さも知らないやつが、他の人を救うことなんてできないんだよ」


 そう言ってしっかりと拳を受け止めた。


 そして、拳の炎は消失する。


 消えた炎を見て剛は目を丸くすると、そのままゆっくりと俯いた。


「お前は弱い。自分の弱さを知らないままならな」

「俺の力じゃ、誰も守れねぇのか……」


 剛は力ない言葉でそう呟いた。


「そんなことはないさ。お前は今、自分の弱さを知ろうとしている。本当の強さが何なのかを知ろうとしているじゃないか。まずはそこからでいいんだ」


 暁が優しい声でそう言うと、剛はゆっくりと顔を上げた。


「俺の、弱さ……」

「お前の弱さは自分の圧倒的な力に頼り切っていることさ。強さは力だけじゃない、心の在り方なんだよ」


 暁がそう言ってニッと笑うと、


「強さは、心の在り方?」


 剛は瞠目しながら、そう呟く。



「そうだ。誰かが傷つけられたとき、復讐することを考えるんじゃなくて、黙ってそばにいる優しい心。悲しいときは一緒に悲しんで、そのあとには思いっきり笑いながら楽しむ心」


「心、か……」


「おう! 誰かを救いたいのなら、ただ力を行使するんじゃなく、まずはその人に寄り添って心を通わせあうこと! それが俺の思う、弱さを知った本当の強さだ」



 それから剛は、真剣な表情をして暁に握られている自分の拳を見つめた。


 仲間を大切に想う優しい剛だからこそ、悩んで苦しんで間違った方向へ行ってしまいそうになっていたのかもしれないな――


 そう思いながら、暁はほっとした表情で剛を見つめた。


「先生、俺――」


 剛がそう言いかけたと同時に、その背後から無数の氷の刃が暁たちに向かって飛んできた。


「剛、悪い!」


 暁はそう言って剛を突き飛ばし、手平を広げ、向かって来る刃を受け止める。


「先生!?」

「大丈夫だ」


 それから向かって来た刃を全て目の前で消失させた暁。


「あーあ。不意打ちなら、いけるって思ったんだけどな」


 そう言って木の陰から姿を現すキリヤ。


「まったく、本当に目障りだよ」


 キリヤは冷たい視線のままそう言って、暁を睨みつけたのだった。

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