第1話ー⑤ 出会い
――制限時間、残り12分。
全盛期から何年たっただろう。このまま全力で走り続けるのは正直しんどいな――
そんなことを思いつつ、暁は足を止めずに走り続けていた。
そして建物の角をまがると、
「センセーみぃつけた! 逃がさないよ!!」
そう言っていろはが暁の前に立ちふさがった。
戻れば、きっと真一がいる。だったら、このまま突っ切るしかないだろうな――
暁は走る速度を変えずに、いろはに向かって行った。
そういえば、いろはは自己紹介の時に何の能力かを言ってくれなかったな。でも確かデータで見たいろはの能力って――
施設に来る前の見ていた個人データをふと思い出す暁。
「ボケッとしてると、サクッとやっちゃうよっ!」
そう言って暁に手を伸ばすいろは。
暁はそんないろはの手を、後ろに退いて躱す。
「へえ。なかなかやるじゃん、センセー! んじゃ、これはどうかなっ!」
いろははそう言って暁の顔を見てニッと笑う。そして近くに生えている木を思いっきり引き抜いた。
「本当はこんな能力、女の子らしくなくて嫌いなんだけどさ! でも言いなりになんのは、もっと嫌いなのっ!」
いろははそう言って引っこ抜いた木を振り回し始める。
これが、いろはの能力――『怪力』だったか。確かに、女子的には受け入れ難いってのは、わからないでもないな――
そう思いながら、振り回される木を躱す暁。
そしてその振り回されている木が周囲にあるものをなぎ倒していく様を目にして、暁ははっとした。
うっかり建物に当たって壊れでもしたら、それはそれで始末書とか書かなくちゃならなくなるのか? それはちょっと嫌だな――
あの能力をどうにかして止めないと、そう思いながらチャンスを待つ暁。
「センセーには何の恨みもないけど、許してくれるよね?」
いろははそう言って暁目掛けて、思いっきり木を振り下ろした。
今だ――そう思った暁は左腕でその木を受け止め、払い退ける。
その一瞬のことに驚き、一歩後退して目を見張るいろは。
「な、なんで!?」
それから暁はいろはの間合いに入り、その視線を同じ高さになる姿勢を取ると、まっすぐに右手を伸ばした。そしてその右手でいろはの左腕をしっかりと掴むと、暁はニヤリと笑う。
「え……?」
その声と同時に、いろはは手に持っていた木を落とした。
「な、何これ!? 全然、力が入んない!! どうなってんの??」
困惑した表情で掴まれている腕と落とした木を交互に見つめるいろは。
「ははは! 悪いな、いろは!!」
「え? アタシ、能力が……?」
「じゃあなあ!」
暁は楽しそうにそう言っていろはから手を離すと、早々と逃亡したのだった。
* * *
その頃のマリアと結衣は、ぶらぶらと歩きながら暁を探していた。
「こんなことをして、あの先生は何を考えていると思いますか、マリアちゃん」
結衣は隣を歩くマリアに首を傾げながらそう尋ねる。
「わからない。でもキリヤの攻撃を受けて無傷だったところを見ると、あの人は今までの大人と違って、ちょっと変わっているってことだけはわかったよね」
マリアは少し不安そうな顔をして、淡々と答えた。
「確かにそうですね。無敵属性でも付与しているんでしょうか。そうだったらもう無理ゲーですね。今回の遊びは私たちみたいな非戦闘員には不向きですよ……」
ため息混じりに結衣はそう言って、上を向きながら両手を頭の後ろで組む。
「そうだね――あ」
はっとして足を止めるマリア。
「え?」
立ち止まったマリアの方を見てから、結衣はゆっくりとマリアが見つめている方に視線を遣った。
するとその視線の先には、捜索対象の暁がいたのだった。
「ああああ! 敵襲です!! マリアちゃん、私の後ろに下がってください!!」
結衣がそう言うと、マリアは結衣の後ろに身を隠した。
「おほ~なんだか、ヒロインを守る主人公の気分です。ふふふ」
そう言って嬉しそうに笑う結衣。
「結衣、かっこいい」
マリアも嬉しそうにそう言った。
「まあ落ち着け。大丈夫だ。俺からお前たちに何かをすることはない! 逃がしてくれれば、それでいいんだ」
暁はそう言いながら、両手を胸の前に突き出していた。
「なんと! ここで見なかったふりをするのもありですが――」
「おお! それは、助かる!!」
暁は嬉しそうな顔をしてそう言った。
そんな暁を見て、ニヤッと笑った結衣は顔面を覆うように右手を添え、
「ふふふ~しかし正義の味方は、ここで悪党を逃がすわけにはいかないのですよ」
そう言ってから、その添えられていた右手をゆっくりと目の前に出す。
「さあ、私のかわいい
そう告げた結衣の前には、ファンタジックなうさぎのキャラクターが出現し、巨大化した。
「『具現化』って便利だな……」
ぽかんとした顔でそう呟く暁。
そして巨大うさぎは、一斉に暁へ襲い掛かった。
「さあさあ、正々堂々と戦いなさい!!」
それから後ろに隠れていたマリアが顔を出すと、
「相変わらず、結衣のキャラクターたちはかわいくて癒しだね」
そう言って微笑んだ。
「マリアちゃんがそう言ってくれて、私はとてもうれしいです! 私にとっての癒しはマリアちゃんですぞ!! むふふ~」
マリアと結衣が仲睦まじくそんな会話をしていると、巨大うさぎはいつの間にか消失していた。
「って、あれ!? 私の
辺りを見渡しながら焦った口調でそう言う結衣。
「まあ、ちょちょいと退場してもらったよ!」
そう言って右手をひらひらとさせながら、ニッと笑う暁。
「ひえええ! そんなああああ!!」
そんな悲鳴を上げながら、結衣は顔に両手を添える。
「じゃあ、俺は行くぞ!」
そう言って暁は走り去っていった。
「あっという間で何が起こったのか、全然わからなかったね」
マリアは走り去る暁の背中を見ながら、そう呟いた。
「はあ。一体、先生は何者なんでしょうな……」
そう言って結衣はその場に尻もちをつく。
「やっぱりあの先生は、今までの人とどこか違うのかも」
「ははは……なんにしても、私たちにできることはもうなさそうですね」
それから結衣とマリアは、その場でタイムアップを待つことにしたのだった。
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