第1話ー④ 出会い


 ――施設敷地内、グラウンドにて。


 暁は教室を出た後に一度職員室に戻り、着ていた新品のスーツから動きやすいジャージに着替え、グラウンドに来ていた。


「来てくれなかったら、どうしようか……」


 自分が出てきた建物の方を見つめ、暁はそう呟く。


 カッコつけて教室を出たのに、誰も来ませんでしたなんて恥ずかしいオチは絶対に嫌だな――


 そう思いながら深いため息を吐く暁。


 それから暁は気を紛らわすため、軽く準備運動をすることにした。


 確か小学生の頃、夏休み限定でやっていたラジオ体操に参加していたっけ――


「……こんな感じだったか? いや、こうかな――」


 記憶を辿りながら、ラジオ体操とは程遠い不思議な動きをしていた暁に、突然背後から声がかかる。


「それ、何のダンスをしているんですか?」

「うわぁ――って結衣か! いきなり現れるから、びっくりしたよ!」


 身体をのけぞらせながら、暁は驚いた顔でそう言った。


「ふっふっふ~これで私も忍びスキル獲得ですな!」


 結衣は右手を腰に当て、左目の前に横ピースを作ってそう言った。


「し、忍びスキル?」


 しかも、横ピースってちょっと古い――ってのはまあ良いとして。結衣は忍者のような能力もあるのか――?


「あ、マリアちゃーんっ!」


 結衣は忍びスキルのくだりを特に説明することもなく、暁から離れていった。


 それから続々とほかの生徒たちが建物から出て来る。


 もしかしたら、誰もこないのでは――? と心配していた暁だったが、杞憂だったとわかり、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 その後、少し遅れて出てきたキリヤを確認して、暁は笑顔で口を開く。


「よし、みんな揃ったな!」

「んで? 何すんの?」


 いろはが首を傾げながら、そう尋ねると、


「えっとだな――今から俺が全力で逃げるから、みんな一斉に俺を捕まえに来てくれ。もちろん能力の使用を認める。俺を倒すつもりで向かってきてくれてもいいから!」


 暁はそう言ってニッと歯を見せて笑った。


 その言葉に目を丸くする生徒たち。


 予想通りのリアクションに、暁は嬉しくなり、ニヤニヤと笑う。


「ねえ。それって本気で言ってる?」


 キリヤは暁に冷たい視線を向け、そう尋ねた。


「ああ、もちろんさ。まあでも、お前たちはきっと誰も俺を倒せないし、捕まえられないと思うぞ」


 暁は挑発するようにそう言って、ニヤリとする。


 そんな暁を見たキリヤは眉をピクリと動かし、「わかった」と小さい声でそう言った。


 表情が険しくなったキリヤに、暁は自分の思惑が伝わったようでうれしく思っていた。


 よしよし。そうこなくちゃだな――


 暁は小さく頷きながら、そう思った。


「じゃあ、そろそろいくぞ? よーい、始めっ――!」


 暁のその掛け声とほぼ同時に、キリヤは氷の刃を生成して、その刃を暁へ放った。


「はい、終わり」


 キリヤは冷酷な口調で呟く。


 放った氷は砕けて破片となり、暁が立っていた辺りを漂っていた。


 そして生徒たちはその光景を見ながら、唖然として佇む。


「ちょっと、キリヤくん! それはやりすぎなんじゃ――センセー瞬殺とかやばいって! シャレになんないよ!?」


 そう言いながら、慌てるいろは。


「先生、ご愁傷さまです……」


 結衣は手を合わせながら、そっと目を閉じてそう言った。すると、


「――ご愁傷さまって。死んでないぞ、俺は!」


 暁は右手を払うように振りながら、得意満面にそう言った。


「……は? なん、で」


 キリヤはそう言いながら、目を丸くした。


「いやあ。でもいきなり全力なんて、本気で死ぬかと思ったぞ! まあ死なないけどな、ははは!!」


 暁はそう言って、払っていた右手で頭の後ろを掻いていた。


「なんで無傷なんだよ……確かに全力で飛ばしたはずなのに」


 困惑するキリヤを放ったまま、暁は踵を返すと、


「よし、じゃあ続けるぞ!」


 そう言って足を一歩踏み出す。それから一度振り返り、


「ああ、そうそう! ちなみに制限時間は15分な! 時間内に俺を捕まえられなかったら、お前らは全員罰ゲームで、俺の言うことを何でも聞いてもらうから! じゃな!!」


 そう言ってから暁は正面を向き、全力でその場から退散したのだった。



 * * *



「あの人、何者? キリヤの本気の刃を受けても傷一つないとか、化け物かよ!」


 剛は目を見張ってそう言った。


 剛の言う通り、化け物クラスの人間だ。いや、それ以上にもっと恐ろしい何かかもしれない――


 そんな不快感を抱き、キリヤは顔をしかめる。それから顎に手を添えて、先ほどの光景を思い返していた。


 あの時、確実に刃はあいつに刺さっていた。じゃあ、なんであいつは無傷なんだ――


 キリヤが逡巡していると、


「キリヤ、今は悩むのを後にして、先生を追いかけませんか? 捕まえられなければ、あの先生の言いなりになってしまいますよ」


 奏多はキリヤの隣で慌てながらそう言った。


 はっとしたキリヤは奏多に頷くと、暁が去っていた方へ視線を向けた。


 奏多の言う通りだ。あいつが何者なのかは捕まえて吐かせればいい。今は考えるより、あいつを捕まえることのほうが先だ――


「わかった、追おう」


 そしてキリヤは暁を捕まえるために走り出したのだった。


 

 * * *



 生徒たちが暁を探すためにそれぞれの方向へ向かっていったが、グラウンドに一人残っている少年がいた。


「ど、どうせ僕は何の役にも立たない。僕がいたってみんなの足手まといになるだけだ……」


 そう言いながら、まゆおはその場でしゃがみこんで動けずにいたのだった。



 * * *



 生徒たちの前から立ち去った暁は、グラウンドの反対――建物の裏側にある林に逃げ込んでいた。


 ここなら木が目隠しになって、すぐに捕まるってことはないだろう――


 そんなことを思いながら、暁はニヤリと笑う。


「けど、誰も追いかけてこないな。いきなり本気を出しすぎたかな」


 そう呟きながら、木々をすり抜けていく暁。すると背後から突然強い風が吹き、身体のバランスを崩した暁は片膝をついた。


「風、か……」


 それから暁はゆっくりと後ろを振り返った。


「先生。観念して捕まってくれない?」


 そう言いながらまっすぐ暁の元へと歩み寄る真一。


「僕は卒業まで静かに過ごしたいだけなんだから、僕の平穏な日々をかき乱さないでよ。それに」


 そう言って真一は暁の目の前で足を止めた。それから暁を見下ろし、鋭い視線を向けると、


「言いなりなんて冗談じゃない。あんまり僕を怒らせないでよね」


 真一はムッとした顔をしながら、静かにそう言った。


 真一に対し、感情をあまり表に出さない生徒なんだな――と自己紹介時に思っていた暁は、「怒らせないで」と真一が言ったことに少し驚いて目を見開いていた。


 あの時間だけじゃ、わからないこともあるってことだな――!


 これから少しずつ真一と関わって、真一のことを知っていけるんだなと思い、嬉しくて顔が綻ぶ暁。


「何、ニヤニヤしてんの。気持ち悪いよ」


 真一は冷めた目をして暁にそう言った。


「あははは! まあでもさ。俺は真一の平穏な日々を崩すつもりなんかないぞ! けど――そう簡単に捕まったら、面白くないだろ?」


 暁はそう言いながら立ち上がると、真一に背を向けて走り出した。


「……そう。じゃあ僕も本気でやるから」


 ぽつりとそう呟く真一。


 すぐに追ってこない真一が気になった暁は、走りながら顔だけ後ろに向けた。


 するとそこには、両手に風を集めながら、まっすぐに暁の背を捉えている真一の姿があった。


 あれが、真一の本気ってやつか――


 そして真一は、両手の風を走る暁に向けて放つ。


 その風はまるでかまいたちのようで、触れたものすべてを切り裂いてしまいそうな勢いがあった。


 空気を切り裂きながら向かって来るそのかまいたちの風を見て、


「さすがにあれは避けられないか……」


 暁はそう言ってその風に対面し、右手を広げ前へ突き出した。


「馬鹿なの? まともに食らったら、本当に死ぬよ」


 不安な表情を一切見せず、淡々と暁にそう告げる真一。


「ははっ。残念だけど、お前の攻撃は俺には効かないぞ!」


 そう言って暁は向かって来たかまいたちの風を右手で受け止める。すると、そのかまいたちの風は暁を切り裂くことなく消滅した。


 その様子を見ていた真一は瞠目し、


「何だよ、それ。チートじゃないか……」


 そう呟きながら佇んだ。


「あはは! んじゃな、真一!」


 暁はそう言って真一に背を向け、再び走り出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る