第3話ー⑪ 好きなこと

 ――翌朝。


 演奏会当日のこの日も暁は奏多の朝練に付き合っていた。


 今朝の奏多は何時にも増して、良い音を奏でているな――


 そう思いながら、朝から屋上で優雅に演奏をする奏多を見つめる暁。


 その後、一通り演奏を終えた奏多は持っていた弓を下ろし、「ふう」と一息ついた。


「今日は絶好調みたいだな!」


 演奏を終えた奏多に、暁は笑顔でそう言った。


「ええ。早くみんなの前で演奏したくて、ワクワクしているのです!」


 そう言って、可愛くガッツポーズをして見せる奏多。


 そんな奏多を見た暁は、今日の奏多なら、問題なく演奏会を終えられるだろう――と思い、微笑んだ。


「さて。サプライズの方は、どうなるかな」


 鼻歌を歌いながらバイオリンをケースへ戻す奏多の背を見ながら、暁は小さな声でそう呟く。


 奏多、喜んでくれるといいな――と思いながら、暁は楽しそうに笑った。


 その時の奏多の反応を楽しみに、暁は演奏会を心待ちにするのだった。




 ――昼食後、屋上にて。

 この日の午後がレクリエーションになることを事前に伝えていたため、生徒たちはいつもの半分のノルマを終えて、昼食後に屋上へ集まっていた。


「昼飯の時、キリヤの姿が見えなかったけど……あ!」


 昼食時、食堂にキリヤの姿がなかったため、演奏会に来てくれるだろうかと心配していた暁だったが、不機嫌ながらもマリアの隣でおとなしく座るキリヤを見て、ほっと胸を撫で下ろした。


 きっとマリアが声を掛けてくれたのだろうな。とてもありがたい――


 暁はそう思いながら、結衣と楽しそうに会話をしているマリアを見つめた。


「今から何が始まるのでしょうね、マリアちゃん」

「もしかして。また追いかけっことかかな?」

 

 マリアがそう言って首を傾げると、


「えええ、またですか!? それは勘弁していただきたいですね」


 結衣はそう言ってため息を吐いた。


 そういえば、2人は追いかけっこの時にそんなに攻めるタイプじゃなかったな、と暁はふと思い出しながら、ニヤニヤと笑う。


 大丈夫。今回は二人が心配するような企画じゃない。楽しんでくれよな――


 そんなことを思いつつ、暁は笑った。


 それから腕時計に目を遣った暁は、開始時間になったことを確認すると、笑顔のまま口を開く。


「よし! じゃあ告知通り、午後の授業はレクリエーションだ!」


 暁のその言葉に息を飲む生徒たち。


 そんな生徒たちの反応を少し面白いなと思いながら、暁は言葉を続ける。


「だが! 前と違って、俺を捕まえろなんてことは言わない。今日はなんと――神宮司奏多のバイオリン演奏会だ! さあ、みんな楽しんでくれよ!」


 その言葉の終わりと同時に、奏多は生徒たちの前に姿を現す。


「奏多、すごく綺麗! お姫様みたいじゃん……」


 紺色の髪色とよく合う黒と空色のドレスを身にまとっている奏多を見て、いろはは目を輝かせながらそう言った。


「うふふ。ありがとうございます、いろは」


 他の生徒たちもその奏多の姿に釘付けになっていた。


 そして試着段階で何度もそのドレスを着ている奏多を見ていた暁だったが、その時とは違いメイクアップされている今の奏多に魅了され、思わず見惚れていた。


 少し化粧をしただけで、女の子ってこんなに印象が変わるものなんだな――


 ふとそんなことを思う暁。


 それから『無効化』を発動しやすいように、暁は奏多の背後に回る。


 奏多は振り返り、暁の存在を確認してから正面を向くと、一礼をしてバイオリンを構えた。


 そして息をすっと吸い込んだ後、奏多はその音を奏で始めた。それと同時に暁は『無効化』を発動する。


 奏多が奏でるその音は、とても優雅で温かくて、聴いている者たちの心を癒していった。


 笑顔で楽しそうに演奏する奏多の姿を見た生徒たちは、あっという間にその姿や音の虜になり、奏多から目が離せなくなっていた。


 生徒たちが幸せそうな顔をして、その演奏を聴いていることがわかった暁は、まるで自分のことのように嬉しく思うのだった。


 1曲目が終わり、奏多がバイオリンから弓を離す。


 すると、生徒たちは笑顔で奏多に大きな拍手を送っていた。


 やはり奏多の音は、人を幸せにする音だ、と確信する暁。


 暁は奏多の背後にいて、その顔は見えなかったが、きっと奏多も他の生徒たちと同様に幸せな顔をしているだろう――と思い、微笑んだのだった。


 そして奏多が2曲目の演奏を始めようとしたとき、ゆっくりと屋上の扉が開く。


 奏多はそこに現れた2人を目にすると、


「え……なん、で!?」


 小さな声でそう呟いた。


 サプライズ成功だったみたいだな――


 暁はそう思いながら、ニヤリと笑う。


 唐突に屋上に現れたのは、昨夜暁が連絡をいれていた人たち――奏多の両親だった。


「俺が呼んだんだ。両親は奏多の演奏が好きだったんだろう? また奏多の音色を聴かせてあげたらいい」


 暁は目の間に立つ奏多へそう告げた。


 すると、奏多は振り返り、不安げな顔で暁を見つめる。


「先生。でも、私……」


 そう言う奏多の右の肩にそっと手を乗せる暁。


「大丈夫。俺がついているだろう?」


 暁がそう言って微笑むと、奏多は満面の笑みをして大きく頷く。


 それから奏多は正面を向き、バイオリンを構えると、次の曲の演奏を始めた。


 そして先ほどのように、聴く者たちは奏多の音に魅了され、その空間では幸せで満ち溢れていた。


 奏多の周りがなんだか輝いて見える。楽しいって気持ちがそう見せているのかな――


 そう思いながら、笑顔で奏多の音を聴く暁。


 それからふと奏多の両親が目に留まると、奏多の両親は揃って涙を流していた。


 きっと楽しそうに演奏する奏多の姿が嬉しかったのかな――


 暁は「ふふっ」と笑い、また奏多の音に耳を傾けた。


 それから暁は、そっと『無効化』を解除する――奏多にはもう必要ないものだと思ったからだった。


 そして奏多は暁の力を使わずに、最後まで演奏しきったのだった。


 演奏を終えた奏多にはたくさんの笑顔と大きな拍手が待っていた。


 奏多はそれに応えるように深く頭を下げてから、


「皆さん。最後までお聴きくださり、ありがとうございました!」


 嬉しそうな声でそう告げたのだった。


 本当によかったよ、奏多――


 暁はそう思いながら、大きな拍手を送ったのだった。




 ――演奏会終了後。両親のもとへ行き、奏多は楽しそうに話していた。


 そんな奏多を見て、自分の心が温かくなっているように感じる暁。


「俺でも少しは役に立てたかな……」


 微笑みながら、暁はそう呟いた。


 奏多や両親、他の生徒たちの表情を再度確認した暁は、やはり今回のレクリエーションは大成功だったんだなと嬉しく思っていた。


 奏多はこれで過去のトラウマを少しでも克服できただろうか。そうだったなら、嬉しいな――


 そんなことを思いながら、両親と楽しそうに話す奏多を見守る暁だった。

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