第3話ー⑩ 好きなこと
――授業時、教室にて。
学習ノルマを早々と終えた奏多は、勉強用具を片付けて立ち上がると、出口の方へは向かわずに暁の元へとやってきた。
「どうした? あの件は後から――」
「ええ。またあとで――そうお伝えしたかっただけです」
奏多は口に手を当てながらこっそりとそう言ってニコッと笑うと、楽しそうに教室を出て行った。
「奏多、なんだか楽しそうだな」
暁は奏多の出て行った方を見て、微笑ましく思いながらそう呟いた。
すると、
「なんかセンセーと奏多、怪しくない? できてんのー?」
いろはは怪訝な顔をして暁にそう尋ねる。
「な、何言ってんだ! ほら、変なこと言ってないで、勉強に集中しろ!!」
「ふーん。むきになるところがまた怪しいなあ、へへへ」
いろははニヤニヤと笑いながらそう言って、タブレットに視線を戻した。
「まったく、いろはは……」
ため息交じりにそう呟く暁。
奏多の演奏会はサプライズ企画だったため、他の生徒たちにはそのことについては話せずにいた暁。
しかし、こうコソコソと何かをやっているのは、怪しまれても仕方がないのかもしれないな――
それから暁は頬杖をついて窓の外を見つめる。
あまり怪しく準備していると、周りから変な目で見られかねないから、今度からは気をつけないと。俺と奏多はただの教師と生徒の関係なんだからな――
「はあ……ん?」
ふと誰かからの視線を感じた暁は教室内に視線を戻すと、一瞬だけキリヤと目が遭い、すぐにその目をそらされた。
気のせいか、な――?
その後、授業を終えた暁は、奏多と2人で演奏会の準備を始めたのだった。
――職員室にて。
あれから数日間、暁と奏多は演奏会の準備を着実に進めていた。
「――ここはもっとこういう感じにして、それでこうする。どうですか?」
奏多は自分が考えてきた演奏プランを事細かに暁へ説明していた。
「いいな、それ! じゃあその時、俺はここでこうすればいいってわけか?」
「ええ、そうです! さすがは先生。よくわかっていらっしゃいますね」
奏多はそう言って嬉しそうに微笑んだ。
そんな奏多を見て、暁も嬉しそうに笑う。
演奏会の準備をするようになってから、奏多は楽しそうな顔をよく見せてくれるようになったよな――
「奏多、最近はなんだか楽しそうだな」
暁がそう尋ねると、満面の笑みで頷いた。
「それと――演奏できることはもちろん、先生とこうやって過ごす時間も楽しいって思っておりますよ」
頭を傾けて暁の顔を覗き込むようにそう言う奏多。
そんな奏多を見て、暁は恥ずかしくなり、目をそらした。
「――お、おう。ありがとな」
今のは不意打ちだったな。ちょっと――本当にちょっとだけ可愛いって思ってしまった。奏多もなかなかの美少女だから、ああいうのは正直心臓に悪いぞ――
そう思いながら、小さなため息を吐く暁。
「ああでも。なんだか久しぶりにこんな気持ちになっているかもしれません。ここへ来てからの私はずっと灰色な日々を送っていた気がしていたんです……」
そう言って奏多は、物思いにふけるように上を向き、そのまま目を閉じた。
「能力がなくなるまで、私は何もできない。だったら、何も期待せずに生きていたほうがいいってそう思っていたんですよ」
それから奏多はゆっくりと暁の方を向くと、
「だからまた好きなことができるかもしれない今が、一番楽しいって思っています」
そう言って嬉しそうに笑った。
奏多はそんな思いでここでの日々を過ごしていたんだな。だから時々、退屈そうな表情をしていたってわけか――
好きなことを好きなだけやれるかもしれない――そう思う今の奏多から、暁は幸せな気持ちをわけてもらっているような気がしていた。
「ははは! じゃあ今度の演奏会は、きっと大成功だな。奏多自身が楽しんでいるんだから、見ている方はきっともっと楽しめると思うぞ!」
「ふふ。そうなるといいですね!」
暁と奏多は、その後も順調に準備を進めていったのだった。
――そして演奏会前日。
この日も暁と奏多は職員室でプラン練りをしていた。
暁たちは職員室の机で2人並んでスケジュールの確認をしつつ、他愛のない話をしながらも、順調にプランを仕上げていった。
「先生。ついに明日ですね」
ようやくプランがまとまり、奏多は感慨深げにそう呟いた。
「ああ。そうだな」
「うまく演奏できるでしょうか……」
不安げにそう言う奏多。
そんな奏多を見た暁は、
「奏多なら大丈夫さ。いつも通り、楽しんで演奏したらいい」
そう言って優しい笑顔をした。
「うふふ。そうですね! ああ……明日が楽しみです!!」
そう言って微笑む奏多を見て、暁も嬉しくなって同じように微笑んでいた。
「おう、俺もだ!」
それから暁たちは少しだけ話し合いをした後、この日は解散したのだった。
――その日の夜。暁はとある場所へ連絡を取っていた。
「そうですか。わかりました。でももし間に合うようでしたら、ぜひ宜しくお願い致します! はい、はい。では、失礼いたします」
暁は通話を終え、スマホを机にそっと置く。
「これでよしっと」
明日はきっと、奏多にとっても生徒たちにとっても幸せな一日になるはずだ――
そう思いながら、暁は心を躍らせて明日の準備を進めるのだった。
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