第3話ー⑦ 好きなこと
教室を出た奏多は屋上へ来ていた。
先生からああいう風に聞かれるってわかっていて、なぜ私はあんな質問をしてしまったのだろうか――
「……バイオリンが好きだなんて、そんなことを簡単に言えるわけがないのに」
そして奏多は空を眺めながら、ため息をつく。
「みんなの前で思いっきり、演奏がしたいな」
でも私の音は人を傷つける。だから私がどれだけ願っても、その思いが叶う日は当分来ない。
そう思いながら、眉間に皺を寄せる奏多。それからゆっくりと空を見上げた。
所々に雲がありつつもその空は青々としており、奏多にはその空がとても遠く広く感じていた。
「私もこの空みたいに自由だったらな」
ぽつりとそう呟く奏多。
そして唐突にバンッという音が響き、奏多はその方へゆっくりと視線を向けると――そこには息を切らして扉の前に立つ暁がいた。
「奏多! やっぱりここにいた!」
「え、先生!? どうしたのですか?」
なにやら暁が急いでいることを察した奏多は、目を丸くしてそう言った。
「奏多、ここで演奏会をしよう! そしてみんなにも奏多の音を聞いてもらうんだよ!」
「え……?」
唐突なその言葉に、奏多は唖然とするのだった。
* * *
――廊下にて。
「部屋ってことは、やっぱり女子の生活スペースエリアに入らないとダメだよな――はあ」
困った顔をしたながそう呟いて廊下を進む暁。
暁は教室を出てから、自分の想いと名案をどのように奏多へ伝えようかと頭を悩ませていた。
「さすがに教師の俺でも、女子スペースには立ち入り禁止なんだよな……」
女子の生活スペースはこの建物の5階に位置しており、男子禁制のルールがあるため、暁は奏多の部屋には行くことができなかった。
どうにかして、奏多と話せないだろうか――
暁がそんなことを思い悩みながら進んでいると、
「あれ? どうしたの、センセー? なんか難しい顔してるけど?」
正面から歩いてきたいろはは、そう言って暁に駆け寄った。
「あ、ああ。奏多とどうしても話したいことがあるんだが、自室にいるとしたら、会えないなと思ってな」
暁はため息交じりにそう言う。
すると、「あはは!」と楽しそうに笑ったいろはは、
「んじゃあ、アタシが呼んでこよっか?」
そう言ってニッと笑う。
「本当か!? そうだとすごく助かるぞ!」
暁がそう言うと、アタシは優しーかんなっ! と腰に手を当てていろはは得意げな顔をする。
「いろは様様だな。よろしく頼みます」
暁はいろはへ両手を合わせながらそう言った。
それからいろはは嬉しそうに微笑むと、
「OK! じゃあちょっとそこで待っててね!」
そう言って奏多の自室へ向かって行った。
「とりあえず俺はここで待つか……」
暁は窓側へ移動し、外を眺めながらいろはの帰りを待ったのだった。
それから10分後。
「たっだいま~! 奏多の部屋を見てきたけど、部屋には戻ってないみたいだよ?」
「そうか……」
暁は肩を落としてそう言った。
それから暁は、自室じゃないなら奏多はどこへいったんだ――? と考えを巡らせる。
まだ夕食時間には早いことを考えると、食堂はないだろう。さっき窓から外を見ていたが誰の姿も確認できなかったからグラウンドってこともない。ほかには――
知り得る限りの施設の設備を思い浮かべる暁。
それからふと、暁は今朝のことを思い出す――屋上で見た朝焼けを浴びながら演奏をしていた奏多の姿を。
そしてはっとした暁は、奏多が居そうな場所にあたりをつけた。
「ありがとな、いろは! 今度何かお礼するから!」
暁はそう言って、奏多がいるであろう場所へ向かって歩きだした。
「期待してるからね~!」
そう言ういろはに、暁は右手を上げて応え、奏多の元へと急いだのだった。
――屋上にて。
暁が屋上の扉を思い切り開けると、そこには目を丸くして暁を見つめる奏多の姿があった。
「奏多! やっぱりここにいた!」
「え、先生!? どうしたのですか?」
本当は順を追って話したいところだけど、今は俺の想いを伝えたい――
暁はそう思いながら、奏多の前に立つと、
「奏多、ここで演奏会をしよう! そしてみんなにも奏多の音を聞いてもらうんだよ!」
ニッと笑ってそう言った。
「え……?」
唖然とする奏多の顔をまっすぐに見た暁は、「すう」っと息を吸う。
この名案を聞いて驚くなよ――?
奏多の喜ぶ顔が見られると確信していた暁は、そんなことを思いながらニヤリと笑った。
「奏多のバイオリンの音を誰も傷つけずに届ける方法があるんだよ!」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
困惑する奏多。
しかし、そんな奏多のことはお構いなしに、暁は話を続ける。
「俺が奏多をサポートする! 俺の能力があれば、奏多は能力を発動せずに、思う存分、バイオリンを弾けるだろう? どうだ!?」
奏多は一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに悲しい表情になり、俯いた。
「……いえ。せっかくのご提案ですが、遠慮しておきます」
「え……? でも思う存分、バイオリンを弾けるんだぞ?」
それが、奏多の願いじゃないのか――?
「先生は何を勘違いされているのですか。私は先ほども申した通り、バイオリンのことは好きではありません」
奏多は淡々と答えた。
「え、でもそれは――」
何も言わせまいと奏多は暁を睨むと、
「先生の『無効化』の力を借りても、根本的なことを解決できるわけではないのですよ。私はただ弾きたいのではないのです。幸せにする音色を私自身が奏でないと意味がないのです」
そう言ってから俯いた。
それってやっぱり、バイオリンを弾きたいってことじゃないのか――?
そう思いながら、俯く奏多をじっと見つめる暁。
暁が何かを言おうと口を開きかけた時、奏多は両手を震わせながらぎゅっと強く握り、
「――一時的な快楽のためにとお思いならば、そんなお考えはお捨てになってください!」
俯いたまま、そんな悲痛の声を上げた。そして、声を震わせながら、
「私は今のままでもいいのです。朝にこっそりと誰も聞いていない時間に、自分だけの音色を奏でられたら、それでいいのです」
そう言って暁の顔を見る奏多。その目には、うっすらと涙を浮かんでいた。
「ごめん奏多、俺――」
暁はそんな奏多へのかける言葉を探したが、すぐにその言葉は見つからなかった。
それから奏多は絞り出すような声で、
「だから――本当に申し訳ないと思うのなら、もう余計なことはしないでくださいますか?」
と暁にそう告げたのだった。
いつもは見せない感情的な奏多の姿に、暁は圧倒されていた。
「そう、だよな。中途半端にできるようになっても、もっと気持ちが募るばかりで辛いよな。俺も無神経だった。すまない」
その言葉にはっとした奏多は、慌てて頭を下げた。
「いえ、私も少し言いすぎました。すみません。……でも先生が私のことを思ってその提案をしてくださったことは伝わりましたので。どうかお気になさらず」
それから奏多は踵を返すと、
「では、私は今度こそ部屋に戻りますね。また食堂で」
そう言って奏多は屋上を後にした。
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